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異世界転生とかしたなら剣を寄越せ

俺は落ちていた。

適当なビルの屋上から身を投げて、耳元でゴオゴオとうるさい風の音に身勝手にイラつきながら、コンクリートの地面につぶれるのを待っていた。……はずだった。

気付けば、ドサリと想像の数倍やわらかい衝撃で地面に到達し、慌てて起き上がって周りを見渡す。

そこは、だだっ広い草原だった。

コンクリートとアスファルト、時々ブロック、なんてものばかりの、緑化計画とは無縁の町中で飛び降りたはずだというのに、こんな原っぱに落ちるなんて誰が思う?


「……死んだと気付かないままあの世に来たのか?」


死んでしまえるなら一番。でなくとも寝たきりになれるくらいの怪我はしたいと考えていたので、それならば念願叶って喜ばしいばかりだが、なんだかそうとも思えない。

一体どういう事だと頭の中を疑問でいっぱいにしながら、とりあえず立ち上がろうと膝を引き寄せてそれに手をついた。力をかけて腰を浮かせて、やっと違和感に気付く。そしてそれに気を取られて、そのまま前のめりに転がってしまった。


「痛い。夢じゃ、ない」


間抜けに倒れ込んだまま、転んだ瞬間にぶった右肩の痛みを確認する。それからゆっくりと、ドキドキ逸る心臓を抑えながら左腕を目の前まで持ち上げた。


「左手がある!」


数年前になくしたはずの、そして俺が死んでしまいたいと思った一番の原因である左腕が、覚えてるままの姿でそこに生えていた。




少しだけ、意識を飛ばしていた。

あまりにも衝撃的だったためだ。

両手を一緒に動かしてみても特に問題があるようにも思えず、あれほど望んだ左腕の存在にやはりここは死後の世界なのかと疑いが首をもたげる。

にぎって、ひらいて、にぎって、ひらいて。

夢見心地で繰り返しながら、もう少し現実逃避をするためにまた周りを見渡した。遠くにひとつ、町のような影とそれの向こうに山がある。その他には地平線まで草原が広がるばかりで、見える範囲には木の一本も生えていない。これはこれで現実味のない光景だが、三途の川や賽の河原があるのだろうかと僅かばかりに期待していた地獄の姿がどこにも見当たらずに少し落胆する。とは言え、燦々と太陽の輝く真っ青な空が広がる地獄、なんて平和ボケしそうなところは出来ればごめん被りたいが。

ともかく、ここが死後の世界かは分からないが、日本でよく想像される地獄でない事は確かだろう。かくも自由な死後の世界に来られるような徳を積んだ覚えもないから、やはり死んでもいないのだろうか。


「だとしたら、この状況は一体なんだって話なんだが」


考えても答えの出ない事に一区切りついたところで、自分の混乱もいくらか治っている事を確認する。にぎってひらいてと続けていた手をグッと握り込んで止めて、まずは動いてみるかとひとまずの答えを出した。

動かない事には何にもならない。俺はようやく立ち上がった。


「こういう時は、まず町がセオリーか」


第一村人……ならぬ第一通行人でもいてくれたら山でもどこでも、そいつについて行く手もありだろうが、人の通った跡の一切見当たらないここで期待は出来ない。と言うわけで町を目標に定めて、体のあちこちについた草を落として歩き出した。

ところで、俺は直前に投身自殺を計った身であるが、靴は履いたままだった。あまりまともな精神状態でなかった事もあって登って降りる事しか出来なかったためなのだが、家族は俺の状態を知っていたし自死を疑わないだろう。なんだったら、自死を試みる事が増えた頃にあったまともだった瞬間に用意していた遺書も家にあるわけだし。そして、それらを置いておいても靴は履いたままでよかった。地面は草と土で柔らかくほどほどに歩きやすいが、それでも裸足では辛い距離が町までの間にはある。たとえ、なぜかサイズを合わせて買ったはずの靴がブカブカになっていたとしても、ないよりはよっぽどマシなのだ。

黙々と歩いて、飽きたら少し走って、どうしてだか、そう、なぜだかちっとも分からないし分かりたくもないが、動かすごとに違和感のある体と衣服で何度か転んだりしながら細部が見えるくらいに町に近づいた。

真上に近い位置にあった太陽はすっかり落ちて周りを赤く照らしている。それだけの時間と労力をかけて来たが、町の手前には関所が設けられていてしっかりと武装した兵士らしき役人もいた。頭の片隅では予想していたが本当にそうなると一気に疲労が背中に伸し掛かる。

もうこのままここで野宿でもするかと自棄になりそうになるが、なんとか重たい足を引きずって兵士に近付く。身分証明になるものも金品もなしに素直に通してはもらえないだろうが、野宿して状況が打開出来るわけでもないならいっそ不審者として牢にでも入れられた方がマシに賭けたためだ。

しかし、兵士達は俺に気づくと、それだけで武器を構え始めた。まさか丸腰のまま初手で敵と思われるとは予想していなかったが、逃げようにもだだっ広いだけの草原で逃げ場はなく、大人しく投降するが吉かと覚悟を決めようとした、その時。


「ギュァアー!」


例え様にも例え難い、あえて言うなら映画だとかで出てくるフィクションの怪鳥がよく出すままの鳴き声が頭上から聞こえてきた。骨の間に皮膜が張られた羽をバサバサと羽ばたかせ、カエルよりももっと飛び出た目玉を全方向に回す、まさに怪鳥としか言いようのない化け物が俺の頭の上に飛んでいた。

驚いてその場から飛び退いたが、その先は先ほど武器を構えた兵士達のすぐそば。けれど、目の端で伺った彼らはその武器の先を怪鳥にむけていた。もしかしたら、さっきも俺ではなく先にあの化け物に気づいてそっちを警戒したのかもしれない。


「ギャア! ギィェー!」


耳障りに叫び続ける怪鳥は、兵士達の持つ槍のギリギリ届かないくらいの上空を飛んだままだが、どうやら俺が狙いなのか動き回って焦点の定まっていないように見える目でもこちらを見ているのが分かる。俺が武器を持っている人間の射程範囲内にいるから近づけないらしいが、俺達の上を旋回して諦める様子はない。全身皮かウロコだけのくせに、頭頂部だけカラフルな飾り毛が生えていてそれがチラチラ見えるのが最高にムカつくやつだ。

もう沈みかけている日が完全に隠れて仕舞えば、奴はすぐに仕掛けてくるだろう。俺だけを攻撃して満足するならまだしも、その前に手を出すだろう兵士達を先に攻撃するのなら最悪の場合犠牲者は三人。兵士達があっさり勝ってしまう可能性ももちろんあるが、武器の届かない相手だとしてもそのまま手をこまねいているだけ。つまり、敵か味方か存在の怪しい俺に対しても何のアクションも取らないところを見るとその実力はあまり期待は出来ないだろう。それであれば、俺が囮になった方が話が早い。

覚悟を決めて、ブカブカで走り辛い靴を脱ぎ捨てる。飛び降りでは脱がなかったくせに、結局自殺行為をするために脱いでしまうんだから笑ってしまった。おかげで少し体の力が抜けて、勢いよく走り出す事が出来た。


「お、おい!」


後ろから兵士の呼び止める声がする。


「キャアァァ!」


被さるように怪鳥が鳴いて、一際強く羽ばたいたために起こった風が追い風として迫ってきた。

ほんの数秒。一体何歩進めたのだろうか。ちっともあの兵士達から離れられた気はしないうちに怪鳥の気配は真後ろまで来て、開けた嘴から吐き出された生暖かい息まで感じた気がした。

出来る事なら、兵士達が俺を追ってきた怪鳥を後ろから攻撃してくれるのが一番なんだが、この分では無理だろうか。諦めなのか呆れなのか、疲労の溜まりきった後に無理を重ねた足が止まりかけた。


「よく頑張った! その覚悟を讃えよう!」


広い草原に響き渡るほど通る声がして、次いで目に眩しいたなびく金髪が俺とすれ違う。うっかりそれを目で追って、足も止めていないのに振り返ったせいで本日何度目かの無様な転倒。その間際に、金髪の持ち主が美しく夕日を反射する剣で、怪鳥を一刀の下切り捨てる所を見た。

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