ニポン39歩目 じゅもんをおぼえた! ヤバいです!
「あ~ん、美味しい? レオお兄ちゃん」
「んぐ……ああ、美味しいよ。リオナの顔を見ながらだからよりおいしいよ」
「~~~~!」
リオナが金髪のツインテールを振り回し、脚をバタバタさせている。
よかった。正解だったようだ。
私は徹夜で覚えた台本を必死で思い出しながら、リオナとのデートを行っていた。
眠気はあるが、楽しい。
なにより、
「ん? どうしたの? お兄ちゃん?」
落ち着くために先ほど私に食べさせてくれたパフェを口に運んでいたリオナがこちらを見て聞いてくる。
私は口元についていたクリームをハンカチで拭きとりながら質問にこたえる。
「いや、リオナが幸せそうで、私も幸せだよ」
「しびゃっ……! ばばばばばあか!」
そう言ってリオナは顔を真っ赤にして叫び、俯き、ぼそりと呟く。
「台本にないこと言うな、ばか、こころがもたん……」
あ。
あああああああああああああ!
またやったな! 愚かなレオンハルトォオオオ!
リオナを楽しませるための台本なのに、困らせてどうするのだ!
「す、すまない……その……」
「いいよ、べつに……うれしかったのはうれしかったし……」
「いや、だがしかし、こまらせたのであれば何か詫びを……」
「そ~お? にひ、じゃあね」
リオナは食べ終わったパフェにスプーンをカランと入れると私の手をとり立ち上がる。
「このあとはいっぱい『正解』を出してね、レオお兄ちゃん」
そう言って笑う。
彼女は賢い。リオナの言葉選びが私の心をほぐし、頑張ろうと思わせてくれる。
「ああ、頑張るよ!」
だが、しかし、私は背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じていた。
このあとの流れが、私にとって最大の難関なのだ。
騎士である私は元々魔法が苦手だ。
身体強化は出来るが、普通の魔法は、血反吐を吐くまで繰り返し漸く覚えることが出来るほど絶望的にセンスがなかった。ノリオ様と比べれば圧倒的だった。
そんな私にとっての難関。
それは!
「おじさーん、ヤサイマシマシアブラカラメオオメで!」
呪文だ!
リオナがらーめん屋に入り、食券を買い、席に着き、店の人間に何か呪文を詠唱していた。
店には行ってくる者みんな何事もなかったかのように呪文を叫んでいる。
「ヤサイマシマシカラメマシアブラスクナメニンニク!」
「アブラナシヤサイカラメマシニンニクスクナメ」
「ニンニクチョモランマヤサイマシマシアブラカラメオオメ」
なんだここは! 魔法ギルドか! にしては脂っこい匂いだ!
あと、リオナ、このらーめん量がすごいな!
「ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノ」
更に長い呪文!
向こうでは男性が多かったが、今度は女性が呪文を詠唱している!
「トールアイスライトアイスエクストラミルクラテ」
「グランデチョコレートチップエクストラコーヒーノンファットミルクキャラメルフラペチーノウィズチョコレートソース」
「グランデバニラノンファットアドリストレットショットノンソースアドチョコレートチップエクストラパウダーエクストラホイップ抹茶クリームフラペチーノ」
みな、何故こんな長い名前をすらすら詠唱できるのだ!?
ニポンはそういう場所なのか!?
あと、リオナ、あのジロウ系らーめんを食べておいて、ケーキが入るのか!?
すごいな!
「『お前など婚約破棄で追放だ!』追放された聖女はお兄ちゃんと慕っていた隣国王子に拾われて溺愛される。追放した国が大変?そう仰られてもお兄ちゃんが膝の上で寝ているのでもう遅い、の三巻出てたんだー」
『オマエナドツイホウダ!』ツイホウサレタセイジョハオニイチャントシタッテイタリンゴクオウジニヒロワレテデキアイサレルツイホウシタクニガタイヘン?ソウオッシャッテモオニイチャンガヒザノウエデネテイルノデシズカニシナサイ……。
きょ、極大呪文ではないかぁあああああああ!
魔法の名でこの長さなんてヴェルゲルガルでも聞いたことがない。
私が知る限り最も長いのがノリオ様の『ダークネスドラゴンブラックダークネスカタストロフィーショット』だ。
それをゆうに超える魔法……やはり、リオナは天才だ!
「あ、妹が勇者になった途端に『お兄ちゃんと結婚して良い』という法を作らせたので本物兄の僕は自称お兄ちゃん共から命を狙われています。なお、妹は僕にデレデレ他にギラギラも新刊出てるし、兄と妹~妹は何故か未来が視える予知能力を持っているらしく世界が滅ぶ前にやりたいことをお願いしてくるんだけど、それはお兄ちゃんがやる必要ないし恋人にやってもらった方が? え? 恋人がいない? じゃあ、しょうがないけど、本当に世界って滅ぶんだよね? 滅ばないとお兄ちゃんの社会的地位が滅ぶんだが?~の新刊もかー」
長い長い長いぃいいいいいいいい!
なんて長い呪文だ!
「きゃあ!」
その時、店の外で女性の悲鳴が聞こえる。
慌てて飛び出すと、女性が座り込んで、遠くを見て手を伸ばしている。
「どうされました!?」
「ひ、ひったくりが! わたしの鞄を!」
女性の視線の先を見ると男が、似つかわしくない女性ものらしき鞄をひっつかんで走っている。こういう輩はヴェルゲルガルドだけでなくニポンでもいるのだな。ひったくり男は身体が大きいせいか目立つうえにそこまで足は速くなさそうだ。
私は追おうと足に魔力を込める。
その時。
「レオお兄ちゃん!」
店から飛び出してきたリオナがこっちを見ている。
すまない、リオナ、リオナが一生懸命考えてくれた台本通りには……。
「お兄ちゃん! やっちゃえ!」
リオナはそう言って親指を立ててこっちに向ける。
妹のその言葉だけで私は……。
「ああ、お兄ちゃんに、任せろ!」
とてつもない魔力がこもった足で私は駆け出した。
「……と、いかん。さっきの呪文はなんだったか、忘れてしまいそうだ」
ひったくり男の足の速さは大したことないすぐに追いつく。
さっきリオナが言っていた呪文を忘れそうな方が心配だ。
リオナが好きなものなのだ。私も覚えておかねば……。
そう思っている内にひったくり男がもうあと少しの所まで見えてくる。
だが、まずい! 忘れる!
男が振り返る。
なんだったっけ?
呪文の名前!
そうだ!
「『オマエナドツイホウダ!』ツイホウサレタセイジョハオニイチャントシタッテイタリンゴクオウジニヒロワレテデキアイサレルツイホウシタクニガタイヘン?ソウオッシャッテモオニイチャンガヒザノウエデネテイルノデシズカニシナサイ……『オマエナドツイホウダ!』ツイホウサレタセイジョハオニイチャントシタッテイタリンゴクオウジニヒロワレテデキアイサレルツイホウシタクニガタイヘン?ソウオッシャッテモオニイチャンガヒザノウエデネテイルノデシズカニシナサイ……『オマエナドツイホウダ!』ツイホウサレタセイジョハオニイチャントシタッテイタリンゴクオウジニヒロワレテデキアイサレルツイホウシタクニガタイヘン?ソウオッシャッテモオニイチャンガヒザノウエデネテイルノデシズカニシナサイ……」
「うわああああああ! なんか変な呪文を呟きながら顔面イケメン細マッチョ背中にミニブルドーザー背負ってんのかい、が走ってくるぅうう! くそう! これはワタシのプロテイン代なのだ、絶対に渡すものか!」
ひったくり男がこちらを見て何か叫んでいる。
だが、そんなことは関係ない! ひったくりなど愚かな行為をする者の言葉など聞くものか! あと、記憶が薄れるから喋るな、貴様!
「大体……」
私は地面を勢いよく蹴って飛び上がる。
ガンメンイケメンホソマッチョ?
「わけわからん事言うなぁああああ!」
私は男を思い切り蹴り上げる!
「いや、お前の言ってることの方がわけわからんからぁああああ! プ、プロテインンンンンンン!!!!」
ひったくり男は吹っ飛びながら何かを言っていた。
ちょっと何言ってるかよく分からなかった。
その後、とらえられたひったくり犯は、リオナが呼んでくれたケイサツに連れていかれ、鞄は無事持ち主の元へかえった。
何度もお礼を言ってくる持ち主とも別れ(「お礼にお茶を」とその女性に言われたが、リオナがものすごい勢いで断っていた)、二人で帰り道を歩く。
同じ家だから勿論家までずっと一緒だ。
「『オマエナドツイホウダ!』ツイホウサレタセイジョハオニイチャントシタッテイタリンゴクオウジニヒロワレテデキアイサレルツイホウシタクニガタイヘン?ソウオッシャッテモオニイチャンガヒザノウエデネテイルノデシズカニシナサイ」
「ねえ、おにいちゃん、そんな覚えようとしなくても、おにひざまくらって言えば買えるから」
リオナが笑って教えてくれる。りゃ、略式詠唱があったのか! 便利!
驚く私を見てまたリオナが笑う。
「くす。ねえねえ、レオお兄ちゃん?」
「ん?」
リオナは私の手をぎゅっと握り私を見上げる。
「レオお兄ちゃんのいたヴェルゲルガルドには、魔法があったんでしょ? その、さ……人を好きにさせる魔法とかなかったの?」
人を好きにさせる魔法。
もしかしたら、あったのかもしれない。
『魔の者』は人の心を操る魔法の研究をしていたし、自分で魔法を作り出していたノリオ様ならあるいは……。
だけど、
「ないよ。人を好きにさせる魔法なんてそんな方法なんてない」
そんなものはなくていい。私は願いを込めてそう告げる。
簡単に手に入れたものは、簡単に失う事が多いのだろう。
大切にするために、色んな時間を共にして色んな経験を共にして色んな思い出を作っていくのだろう。
私の言葉を聞くとリオナはほっと息をつき、微笑む。
「よかった」
彼女の微笑む顔は可愛らしく、そして、美しく……。
「じゃあ、ユイちゃんも同じ立ち位置なわけだ」
ちょっと邪悪だった。
「むしろ、同じ家で暮らしてる私の方が有利。お姉ちゃんは照れ屋だから大丈夫。最大の敵は絶対おかあさんね。あの身体と母性はおにいちゃんの弱点だもんね」
何か言っている。
「あ、あのー、リオナ?」
「レオお兄ちゃん!」
「な、なんだ!?」
リオナがじっと私の瞳を覗いてくる。その目は、純粋で真剣で。
「その……すすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすす」
すごく長い詠唱だ。
しかもそんなに『す』を繰り返す詠唱があるのか。
リオナは顔を真っ赤にし、一息つくと顔を上げて叫んだ。
「すきだからね! リオナは、レオお兄ちゃんの事! それを忘れたらぜったい許さないからねっ!」
妹がびしっと指を突き出して私にそう言った。
私は思わず笑ってしまう。
そんな風に言ってくれる可愛らしい妹がいる。
ああ、家族の言う『すき』は魔法のようだ。
どんどん力が湧いてくる。
そして、勇気も。
だから、私も彼女に小さな魔法を、それは、短くて単純で小さな魔法。
「リオナ、私も君のことが、すきだよ」
少しずつ家族になっていこう。
感謝と愛情の気持ちを伝えて行こう。
姉さんにも母さんにも。
リオナにも。
「……リオナ?」
「ふぎゃ……ほぎゃ……ば、ば、ばばばばばばばばばばばばばばば」
ばが多い。次はなんの詠唱だろうか。
「ばかぁあああああああ! からだとしんぞうがもたないよぉおおお~」
ばたりとリオナが倒れる。
「リオナ! リオナぁあああああああああ!」
ああ、リオナ! 私のすきのせいで!
愚かな愚かなレオンハルトォオオオ!
私の魔法の言葉は付与魔法どころか即死魔法ではないかぁああああ!
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