ニポン35歩目 家族になれた!
嘘を吐いてしまいました。申し訳ありません。
今回はコメディでもなければ、第一部最終話でもありません。
「『だれ』……とは?」
私は曖昧に笑い誤魔化そうとするが、ノリオ様の母上様は微笑をこちらに向けたまま目をそらさない。
「そのままの意味よ。あなたはだあれ?」
母上様自身は怖くはない。優しい目をしている。
だが、それがこわい。私がこの優しい目をしたひとに嘘を吐いていたという事実が私の身体を震えさせる。このひとを、一人の母に対し、息子だと嘘を吐いて……。
「お、俺は……!」
目を見れば。
目を見ればわかる。この人の目はノリオ様を見る目ではない。
真実を見通すような目。確信を得ている目だ。
私は、必死に呼吸を整えながら、言葉を探す。
「……何故、分かったのです?」
「分かるわよ。だって、母親よ」
分からない。
私には、分からない。
だって、母親など知らないから。
だったら!
「何故、私を迎え入れたのです! 不用心ではないですか!」
何故、私は声を荒げているのだ。この人は何も悪くないのに。
すらりとして細身な彼女は、私が声を荒げても穏やかな笑みを浮かべたまま私にこたえてくれる。
「そうね、でも、なんでかしらね。あなたはそういう人じゃないって思ったの」
「何故!?」
何を声を荒げているレオンハルト。何をそんなに。
「何故かしらね。でも、そう思ったの。それに、なんとなくだけど、ノリオに頼まれたんじゃないかって気がしたのよ。あの子、すぐに嫌な事から逃げ出そうとするから」
「だからって、簡単に……私の身体を見れば分かるでしょう! 貴女も二人も襲われたらひとたまりもないんですよ!」
ヴェルゲルガルドにいた私からすれば不用心にもほどがある。愚かだ! 愚かすぎる!
「そうね」
「金を盗られるかもしれない!」
なのに。
「そうね」
「油断させておいて家を乗っ取るかもしれないっ!」
なんで、このひとは。
「そうね」
「家族のみんなの人生をめちゃくちゃにしてしまうかもしれない!!!」
まっすぐに。なんで、このひとは!
「でも」
なんで、見るんだ。
「あなたはしなかったわ」
『私』を、見るんだ。何故……!
「これから裏切るかもしれない……」
「あなたはそんなことしないでしょう? だって、いつも真剣にわたし達のことを心配してくれたわ」
「嘘を吐いているのかも、しれない……」
「嘘つくの下手でしょ? 美味しい時は本当に美味しそうに笑うし、驚いたときは本当にわあって驚くし、悲しい時は涙だって浮かべてた」
「ヤバイ……ヤバイ奴かも知れない……」
「ヤバイ子じゃないわ」
「なんでそんなに! そんなに、信じられるん、だよ……俺から、離れてくれないんだよ!」
嘘を吐いてる悪い子なのに。
「だって、あなたを助けたいと思っちゃったんだもの」
目の前のひとはそう言った。
「助けたい……? 私を……?」
助ける? 私を?
だって、私は王国騎士で守る側なのが当たり前で。
生きるためには、命も、誇りも捨てて、壁に、盾にならなきゃいけなくて。
今回だって、ノリオ様の代わりに皆を守らなきゃいけなくて。
なのに。
「何故……?」
「だって」
困ったように笑う。そして、
「あなたの目、助けてって目をしてる」
まっすぐに『私』を見る。
このひとは、『私』を見る。
そして、照れたようにはにかんで、
「勘違いだったら、ごめんね」
おかあさんは、膝を折り曲げ、わたしの目線に合わせて、いってくれた。
「あなたがさみしそうだったもの」
「あ、あ、あ……あぁぁぁ……」
おかあさんは、そういってくれた。
『私』の頭をなでながら、いってくれた。
孤児の私。
好きな人を失った私。
たった一人の異世界人の私。
そんな私に、言ってくれた。
このひとは、ノリオ様の代わりではなく、私を、レオンハルトを見てくれていたのだ……!
「今まで、『ノリオ』を頑張ってくれてありがとうね。でも、もう、いいのよ、もう、無理しなくて……」
愚かなレオンハルト! 愚かなレオンハルト!
ノリオ様の、いや、この人のやさしさをはかりそこねているなどと!
このひとは……『おかあさん』だ。
おかあさん、なのだ。
「あなたが、りおなのことをはらはらしながら見守ってることも」
「あなたが、みおりのケガを自分のケガのように苦しそうに見ていることも」
「あなたが、わたしのために偶然を装って買い物袋を持ちに来てくれたことも」
「それが、本気だったってことも」
「みんな知ってる」
「あなたはいつだって、家族の事を考えて頑張ってくれてたのを知ってるわ」
「あなたは、わたしにとってはもう大切な家族。勝手にそう思ってる」
「勝手、じゃない……勝手じゃない!」
言葉が出ない。ああ、愚かなレオンハルト! 愚かなレオンハルトォオオ!
搾り出せ! 言うべき言葉を!
「わたしは、みんなと家族になりたい……」
そうじゃな……くない!
もし『私』の言葉が許されるなら、
「家族になりたい!」
「もう、家族よ」
「……あ、ああ……あああぁああ、うあぁあああ……」
涙が止まらない。情けない。情けないぞレオンハルト……。
お前は人々に涙を止める騎士で……。
でも、私も人なのだ。人なんだ。
「あなたのお名前、おしえて?」
「レオンハルト、です」
「まあ、かっこいい名前ね。レオンハルト」
「も、もういちど、よんでもらえませんか?」
「いいわよ、レオンハルト」
「もういちどだけ」
「レオンハルト。ふふ、遠慮しなくても何度でも呼んであげるわよ? レオンハルト」
「あ、の……お願いが……」
「なあに? いっぱいお手伝い頑張ってくれたレオンハルトのお願いだもの。出来る事はやってあげるわ」
「おかあさん、とよんでもいいでしょうか?」
「……!」
ノリオ様の母上様は、背を向けて歩き出し……そして、くるりと振り返る。
その顔はとても美しく……私に向かって両手を広げ……まるで、聖母のようで。
「ふふ、どーぞ」
そういってくれた。
だから、よんだ。
「おかあさん」
よんだ。
「なあに? レオンハルト」
よんでくれた。
「おかあ、さん……!」
「レオンハルト」
よんだ。よんでくれた。
「う、あ、あ、あああああああああああああああ! ああああああああああああ……! あぁ……あぁあああ」
そして、『私』は、『レオンハルト』は家族になれた。
お読みくださりありがとうございます。次回、ほんとに第一部最終話です。
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