ニポン33歩目 せくはらされた! 代わりに!
終業時間を迎え、皆嬉しそうに笑顔で帰ろうとしていた時だった。
「な、なあみんな!」
オーク部長がお肉を揺らしながら社員さん達に呼びかけた。
「今日は鈴木さんの息子さんのお陰で早く終わったし、どうかな? みんなで食事会ってのは?」
「え? で、ですが……」
オーク部長が母上様を見る。母上様は、リオナやミオリ姉さんを思い浮かべたのだろう。
難色を示していたが、
「なあに、そう遅くはならんよ。ぱっと食べて終わればいいじゃないか。それで、お弁当包んでもらって姉妹の分も持って帰ってあげれば喜ぶんじゃないかな? ねえ、いいじゃないか。私も息子さんやみんなともっと仲良くなりたいのだよ」
「は、はあ……」
オーク部長のその一言に母上様の顔が曇る。
ヴェルゲルガルドの事を思い出すな。
貴族が平民に、いや、貴族同士でもある自分より上の位の人間が無理やり動かそうとする時の空気。
おふぃす内の空気が重い。
オーク部長はおふぃすを見渡しながら誰も逃すまいと笑っている。
母上様も困っているようだ。ここは……。
「部長! 我が家は……」
「ノリオ、大丈夫だから。お母さん、行ってくるから、ノリオは」
「いやいや、酒を飲ませようってわけじゃないんだ。美味しいものを奢ってあげるし、社会勉強だと思って、なあ、ノリオ君」
「はい!」
母上様の表情は曇ったままだった。
「さあ、みんな、ノリオ君のお陰で早く終わったことに感謝して、かんぱーい! ぐひ」
オーク部長の元気な発声に対し、皆さんの雰囲気は暗い。
恐らく何度か行われて楽しい思いをしたことがないのだろう。
オーク部長が動こうとするたびに、社員さん達の間に緊張が走る。
「ぶひ、なんだなんだ、みんな暗いな~、ノリオ君のせいみたいでかわいそうじゃないか。ねえ、鈴木さん?」
「ま、まあまあ、部長、おひとつどうぞ」
母上様がオーク部長のおしゃくに向かう。
オーク部長は嬉しそうに笑っているが、母上様の表情は硬く、時折、ぴくりと震えている。
社員の皆さんも何か言いたそうにしながらも唇を噛んでいる。
なるほど。
「ちょっと、失礼します」
母上様が顔を強張らせたまま席を立つ。
オーク部長は愉快そうに笑うと、自慢げに周りを見回しているのが見えた。
「遅かったねえ、鈴木さん。もうちょっと時間がかかるようなら息子さんに来て色々お話してあげようと思っていたところだよ」
「申し訳ありません」
オーク部長は『母上様』を手招きすると隣に座るよう促す。
そして、耳元に顔を寄せると、
「あの生意気な若造に、自分の母親がこんな目に合うんだぞと教えてあげようと思ったんだがねえ、どこにいったんだか。全く、最近の若いもんは……ああ、来た来た」
そう囁きながら、オーク部長は身体に手を這わせる。口からはミントの匂い。
気にしていたようだ。
「若造の無礼は、君がこれだけ素晴らしいものを持っているからねえ、大目に見てあげようじゃないか。良い母親だ。子供の為に耐えているのか……ぶひ」
ミント臭いオーク部長は机の下で手を伸ばし、鼻息荒く尻を揉みしだく。
「ぶひぃいい、ぶひぃいいい……! はあはあ……なんだあ、随分硬い下着をつけているなあ。儂対策のつもりかね、ま、それでもさわるけどねえええ……! ほら、君の息子が今こちらに気付いたよ。殴りでもするのかなあ、それは大変だ」
涎を垂らしながらオーク部長は更に勢いよく『私』に見せつけるように揉みしだいていく!
そして、『私』は震えながら口を開く。
「部長、私の息子に何をやってらっしゃるんですか?」
「ぶひ?」
『私』に見せつけるように母上様の尻を揉みしだいていたオーク部長。
だが、
これはさぶ賢者様に幻覚魔法を掛けられたオーク部長の見えていた風景だ。
実際は違う。
「聞こえていなかったんですか? なら、もう一度言います。部長、私の息子に何をやっているんですか……?」
「むすこぉお? って、ぶひぃいい!?」
『幻覚魔法しゅーりょー』
サブ賢者様の合図で幻覚魔法が解けてオーク部長にも実際の光景が見えてくる。
そう!
オーク部長が触っているのは……。
私の尻だ!
「ど、どおりで随分硬いと……じゃなくて! なんで、いつの間にぃい!?」
肉を振るわせながらぶるぶると周りを見るオーク部長。
彼を見ていた社員さん達の目は冷たい。氷魔法並みに冷たい。
そして、大魔法クラスに冷たい目をしているのが母上様だ。
いや、むしろ怒りの青い炎が見える。魔王?
「私は、別に構わない。もうおばさんだし、子どもの為なら、それにみんなが無事に過ごせるなら耐えられると思っていました。だけど、だけど私の子どもに手を出すあなたを見てよく分かりました……こんなもの見るに耐えられない!」
「違う! 儂だって男の尻なんて触りたくなかった」
「ウチの息子の尻の触り心地が悪いって言うんですか!? ウチの息子は今、トレーニングも頑張っているし、貴方と違ってだらだらしてないし、かっこよくていいお尻でしょうが!」
母上様……! 尻を褒めて頂けてレオンハルト無上の喜びです!
「そういうことじゃない!」
「もう決めました。私の大切な息子の尻を揉みしだいた貴方を、ころします」
「ひぃいいい!?」
母上様? それは社会的にということですよね?
目がヴェルゲルガルド随一の暗殺者、【静寂の影】と同じ目をしているのですが?
「ちがうちがう! ちが……ぶっひぃいいい!」
パアンと鋭い音が響き渡る。
母上様がオーク部長を平手打ちした。
いい、動きだ……! 流石、ノリオ様の母上様。あと、こわい。
とんでもなく怖くて体の震えが止まらない。魔王と初めて対峙した時より怖い。
「ぶ、ぶひ! わ、儂に手を出したな! いい度胸だ! 覚悟するがいい、ぶひ、ぶひひひひひ!」
「覚悟するのは君の方じゃないかね?」
「ああん?」
オーク部長が振り返ると、白髪を後ろに流して纏めた姿勢の良い男性が現れる。
一目見て貴族の生まれだと分かるほどの高貴な気配がある。
「って、社長!? なぜこんな居酒屋に!?」
「家に帰ろうとしたら雷に打たれたような天啓を受けてね」
すみません! それはさぶ賢者様のあばかと。
「ここに、来いと。いや、来てよかったよ。私が知らないということは、こういうよろしくない事をする派閥があるのだろうな。まあ、誰がいるかは大体想像はついている。態々弱みを見せてくれて助かるよ」
「ぶひ! ち、違うんです! 私は、罠に嵌められて男の尻を触りたくもないのに触らされて!」
「ウチの息子のお尻はさわりたくなるでしょうがあ!」
「ぷぎい!」
母上様が再び平手。いい、平手だ……! あと、こわい。
多少酔っているのかもしれない。顔が赤いし、ふらついている。あと、こわい。
オーク部長の肉を思い切り掴んで顔を持ち上げる。こわい。
「いい? 部長? 私の子どもを貶めるようなことがあったら……絶対にゆるさない」
こわい。
社員さん達も震えあがっている。氷魔法を喰らった時のようだ。
だが、やはり、ウチの母上様はかっこいい。
「いきてることをこうかいさせてあげる」
だが、こわい。
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