机の中
三題噺もどき―ひゃくじゅうきゅう。
※流血表現アリ※
お題:置き去り・黒板・届かない
「―ん、、、」
大きなチャイムの音に目が覚めた。
始業や終業を伝える、学校でよく聞くあの音。
寝ていたせいか、やけに音が大きく響く気がする。
腕を枕にして、机にうつぶせになって眠っていたせいで、腕が痺れている。
「……、」
周囲を見渡すと、見慣れた我がクラスの風景。
30数名分の机と椅子が規則正しく並ぶ。
私のクラスは、男女別に列が分かれている。
廊下側から、男子の一列、女子の一列、男子の一列―というような感じで。
今は諸事あって、名簿順に並べられているのだが、そろそろ席替えをしようかと担任が言っていたので、もうこの席ともお別れかもしれない。
ついでに男女の列もごちゃ混ぜにするかもしれない、し、そのままの並びで行くかもしれない。
そこは神のみぞ知る―というより担任の御心によるというところだろう。
ま、心底どうでもいいので気にはしていない。
私の場合、視力がよろしくないので問答無用で前の席になる、席替えも何もない。
この席ともお別れかとか思ったが、せいぜい横にズレるぐらいだろうから、たいして変わらないな。
「……、」
外に目をやると、もう夕方、空が赤く染まっていた。
校庭にはどうやら人は居ないようだ。
もう部活動生は帰ったのか、それか帰宅の準備のために部室にこもっているという線もある。
この学校に全く人がいないということはないだろう。
生徒がいなかったとしても、教師の一人や二人は確実にいると思われる。
教師とはかわいそうに、申し訳なく思うぐらいにブラックな職業であるから、残業なんて当たり前なのだろう。
私のような愚か者に、あれやこれや詰め込むためにあんなにも、身を粉にして働いている姿を見ると、ホントに心苦しく思えてしまう。
―教師にだけは絶対なりたくないとも。
「……、」
それより、だ。
いつの間にこんなに眠ってしまっていたのだろう。
帰りのホームルームから寝てしまっていたのか、その時間の記憶がない。
もしや六限目から寝ていたりするのか…?
記憶がやけに朧気であやふやである。
というか、クラスの人間たちは少々ひどすぎやしないか。
たいして仲のいい人は居ないし、進んで話すような仲の人間なんてもっといないが、眠っている人間を置き去りにするような、非情な人間達だったとは、残念で仕方ない。
と、そんなことを考えてはみるものの、私は真っ先に置き去りにしていくだろうから、もうこれ以上の文句は言うまい。
「……、」
さて、そろそろ現状の把握に努めるとしよう。
頭も覚醒してきたし、このクラスの人間たちへの悪意をつらつらと述べたところで、現状は変わらない。
しかし、現状把握も何も、起きたのだからさっさと帰ればいいのだが…なんとなく、妙な胸騒ぎがして、動くに動けないのだ。
下手に動いては、いけない気がする。
「……、」
正直時間を確認して、門限を過ぎていないか確認したいのだが、その妙な気持のせいで、時計に目を向けるのすらできないのだ。
そもそも、こんな時間に学校にいたことがないから、それだけでも不安を煽るのだ。
特に部活にも入っていない私は、事が済めば即帰宅という人間なので、今の、この時間の学校に見慣れない。
そのせいで、胸騒ぎがしているのかもしれない。
―そういうことにしておきたい。
「……さて、」
なぜそんな行動をとったのか、全く分からないのだが、机の引き出しに右手を突っ込む。
たぶん、この中に筆箱か何かを忘れていたのかもしれないし、何か違和感を感じたのかもしれないし、よくわからない、
体が、自然に、動いた。
普段そこには、教科書類をはじめとした勉強道具たちが収まっている。
いわゆる5教科は基本的に家に持ち帰るのだが、副教科の教科書類は、ここに置きっぱなしにしている。
ので、そこには何かしらの教科書がいるはず、なのだが、
その感覚が、ない。
なにか、違うモノが、入っている。
なんだ、ぬるりとした、生暖かい、何かが
「―――?
とっさに手を引き抜く。
その勢いで、同時に何かが飛び散った。
手に触れた、、、なにか、、赤い、これはー、ちー?
指先には、それがべったりとまとわりついていた。
「―――――――っ!?」
一気に血の気が引いていくのを感じた。
自分の耳にすら届かぬ、声にならない小さな悲鳴が漏れた。
そして、机の引き出しからは、
ドロドロ、と、ドロドロドロドロと、
あふれだしてきていた。
滝のように、雨のように、何かが流した涙のように、止まらず、留まらず、
ドロドロ、ベチャベチャ、流れ、私の足まで濡らしてく。
あまりの恐怖に動くことさえかなわず、ただ短い呼吸音が耳に届いている。
「―、
声を上げようにも、悲鳴が邪魔をして、うまく息ができずに、声が出ない。
目の前の現象から目を反らそうと、視線を、上げる、
「―――
黒板が、緑のあの黒板が、赤く、赤いチョークで、塗りつぶされていた。
外からの、赤い光のせいで、それが、血そのもののように見えた。
顔を上げなければよかったと、後悔した。
「
いつの間にか、ガタガタと震え始めていた、手のひらで、どうにか、この現状から逃げようと、顔を覆い、視線を断ち切ろうとする―
「?」
右手しか見えない。
右側しか覆えない。
「?」
視界に入ってきたのは、赤く、べったりと、濡れた、右の、手のひらと、
手首から、先が、
なくなった、
左の、、私の、、、、左の、、わたしの、その断面が、、赤黒く、はっきりと、、左手、、私の、赤く赤く濡れた―――赤―?
「―ん、、、」
大きなチャイムの音に目が覚める。
ガタガタと周囲のクラスメイトは、各々帰宅の準備を始めている。
「―っ、」
ズキーと、左の手首のあたりに、痛みが走った。