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遠夜は文具店で買った、合皮素材のモカ色の定期入れを、少年に判るように提示した。あんなに見たがっていたのに、いざ目にした少年は面白味のなさそうな表情を浮かべる。まるで、自分のほうが数段上とでも言いたげだ。
乗降口が開き、生徒たちが揃って車内を出て行く。少年に立ち上がろうという気配はなく、遠夜は一人席を後にした。本当は少年のことが気がかりだったが、今はバスを降りなければならない。
「遠夜のことなら、大抵知ってるよ」
陰りのある独特の声が耳に反響する。少年を乗せたバスは、一向に止もうとしない雪によって掻き消された。唯一残った轍も、次第に見えなくなる。
以前に使っていた定期入れは、初雪が街に降り立った日にどこかへやってしまった。道の途中で失くしたのか、バス停に着いてから落としたのかは定かでない。バスを降りる間際になり、定期入れを紛失したことにようやく気が付いた。
アクリルでできたパールホワイトの定期入れは、この雪の中に紛れて埋まっていることだろう。もちろん、シーズン毎に買い替えていた、まだ新しい定期券も一緒だ。
「本当は、こんなのじゃあ嫌なんだ」
遠夜は手にしていた馴染まない定期入れを、そっと鞄に仕舞い込んだ。