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「ねえ、定期入れ見せて」
少年が突然口にした言葉は、遠夜を少なからず戸惑わせた。初対面の相手に、定期入れを見せろと言われるとは、誰が予期できるだろう。少年は至って正気といった顔で、笑顔を浮かべている。遠夜は、少年を奇妙なものでも見るかのように、まじまじと眺めた。
灰色の少し毛羽立ったダッフルコートに、先程雪を払い除けた紺色のマフラー。顔はほんのりと上気し、湿った髪の間からは控えめな眼差しが覗いている。おかしなことを言った点を除けば、至って普通の学生にしか見えない。遠夜は真意が掴めず、少年が次に口を開くまで待った。
「君は持っていないの?」
「……何を」
「定期入れだよ」
またしても少年は、同じことを訊いてくる。彼にとって、定期入れとはよほど気になる物であるらしい。だが、遠夜は素直に自分の定期入れを見せるつもりはなく、反対に少年へ尋ねてみた。
「君のは、どんなふうなんだい?」
「……僕の?」
「そうだよ。見せて欲しいなら、まず君から見せるべきだと思うけど」
「僕のは、その……」
少年は急に言葉に詰まって、遠夜から視線をはずす。あんなに他人の定期入れを見たがっていたのに、いざ自分のとなると困るような反応を示した。