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その日遠夜は、上空から純白の羽根が舞い落ちてくるのを逸早く見つけた。長い冬の報せは、睫毛を掠め、頬を濡らし、道行く人の肩に車のルーフに、最終的には街全体をあっという間に白一色に染めた。
初雪に気を奪われていたために、この場所で定期入れを落としたことに遠夜は気が付かなかった。定期入れは誰に拾われることもなく、次第に雪深くなるなかで春が訪れるのをじっと待っていたのだ。顔を上げると、微笑んだ少年が根本に佇んでいた。
「もっと早く、君の居場所が判ってたらな」
「いいのさ別に。少しの間だけど楽しかったよ」
「でも、急にいなくなることはないじゃないか」
「その定期券じゃあ、遠夜の学校の近くまでしか行けないよ」
少年は遠夜の手を握る。冷たい指先が、いくらか熱を帯びていた。ずっと雪の中にいたせいで、少年はあんなに冷たかったのだろう。遠夜の気持ちを察したように、少年ははにかんでから遠夜を抱き締めた。お別れだっだ。
「もう僕は君の、温かい手の中さ」
クラクションが鳴る。振り返るとバスはとっくに到着しており、遠夜だけがまだ乗っていない状況だった。少年はいない。だが、これからも遠夜と常に一緒にいるのだ。
遠夜はアクリルの定期入れを胸に抱いて、ステップを駆け上がった。