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程なくして冬期休暇に入り、バスを利用する機会自体がなくなった。定期入れは鞄に仕舞われたまま、遠夜の目に触れることなく休暇を過ごした。月が替わり、あの少年が常に頭の片隅にあった遠夜も、休暇が明ける頃にはほとんど思い出さなくなっていた。雪は幾重にも層を作り、遠夜の心にあったわずかな希望をも厚く覆い隠した。
バス停へ行く道すがら、民家の軒先から伸びた梢に薄紅色の蕾ができていた。もうそんな時期かと、遠夜は蕾に軽く手を添えた。あれほど降り積もった雪は春の兆しとともに姿を消し、今は道端に小さくうずくまっているだけである。
一本遅いバスへ乗車しなくなって随分経つ。通常通りの時間に停留所へ到着した遠夜は、新年度を迎え、真新しいスーツや制服に身を包んだ人たちの列に並んだ。彼らの頭上では、街路樹である銀杏がささやかに芽吹き始めている。しかしながら、根本にはまだ小さな雪の塊が解けずに残っていた。
遠夜はふと、その残雪に違和感を覚えた。よく観察すると、何かが埋もれているようだった。雪を掻いて取り出してみると、失くしたはずのアクリルの定期入れだった。もちろん、入れてあった定期券はとうに有効期限が切れている。
「こんな処にあったのか……」
遠夜は角の割れた定期入れを優しく撫でた。