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あの日以来、少年とは顔を合わせることがなくなった。今日も一本遅いバスの座席に、遠夜は独り腰掛けている。手もとには買ったばかりの小説を広げているが、ページを繰る動作はいまいち鈍い。書籍をじっくり読める環境にあるのに、なかなか気が進まないのだ。
読書に飽きた遠夜は、小説を太股に放り投げて窓外に目を遣った。雪を山積みにしたトラック数台と擦れ違い、その後を、未明に仕事を終えた除雪車が追う。積雪は日に日に多くなり、地上を真っ白な世界に深く閉じ込めた。雪が降り積もるのは、天使がその美しい羽を生え変わらせているからではないか。さっきまで読んでいた小説になぞらえて、遠夜は羽根に埋もれゆく街を非現実的な眼差しで見つめた。
バスは交差点を曲がり、早くも学校へ着こうとしている。誰かが押した降車ボタンの音が車内に響き、ぼんやりしていた遠夜を慌てさせた。うっかり手が滑って、定期入れが床に落ちた。遠夜が拾おうとすると、腕が伸びてきて代わりにそれを拾い上げる。
遠夜は一瞬はっとなって、目の前の人物を仰いだ。だが期待していた相手ではなく、他校の男子学生が好意で拾ってくれたのだった。お礼をしたものの、遠夜は内心肩を落とした。