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「……わかってるよ」
少年は、渋々ダッフルコートのポケットから定期入れを取り出す。その瞬間、遠夜は自分の目を疑った。以前使っていたパールホワイトの定期入れとそっくりだったからである。アクリルでできたそれは、角のひとつがひび割れており、特徴も遠夜の持っていたものと一致していた。
「君がどうしてボクの物を……」
「今はそんなことはいいだろ。とっとと外に連れていきなよ」
少年に言われるがまま、遠夜はバスから飛び降りた。テールランプは忽ち見えなくなり、雪の砂漠に置き去りにされた二人を強風が襲う。斜め後ろにいる少年が何かを叫んでいるが、耳に吹雪が打ちつけているため、よく聞こえない。
遠夜は少年の手を固く握り締めて、十メートルとない校門まで走った。距離感がよく掴めなかったが、わずかに残された足跡を辿り、校舎まで一気に走り抜ける。玄関へ入ると、それまでの視界が嘘のように開け、くぐもった唸りも遠くのものとなる。
ひと息ついて、遠夜は少年を振り返った。凍てついた手の感触が確かにあったはずなのに、少年の姿はどこにもない。途中ではぐれたのだろうか。玄関扉からは、校門の位置さえ判らない。
始業時間を知らせるチャイムが鳴る。我に返った遠夜は、急いで教室へ向かった。




