集まりの利
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふああ……や〜っと朝礼も終わったか。毎度毎度、先生たちもよく話すよなあ。正直、俺は話の3割も覚えてねえ。こっからまた列を作って教室行きか……。
つぶらやはよ、集団行動って好きか?
特に学校という場だと、ちょくちょくあるよな。班行動、集団行動、全校ほにゃらら、などなどだ。束縛嫌いな奴が、学校ふけることも、まあ理解できる。
俺も指図されたり、縛られるのは嫌いな性質だからな。正直、少し前までは学校そのものに行こうか行くまいか、迷っていたんだぜ? 表に出さないよう努めていたけれどさ。
けれど、それを戒めるかのような話を聞いてからは、がらにもなく少しびびっちまってさ。ずっと尾を引いてるんだ。
その話、お前も聞いてみないか?
俺の親父の話になる。
親父もまた集団行動、いや学校という場に集まることに、嫌気がさしていたという。
なぜなら、自分がどうしても苦手な奴と顔合わせたり、近づいたりしないといけなかったから。
親父は自分の同好の士とか、気心知れた相手でない限り、そばにいたいとは思わない人だったらしい。
だって、何を仕掛けてくるか、何を考えているか分からないから。手の内の分かっている相手とだったら安全なラインも熟知しているから。
超えてはならない一線。それを踏み越えること、踏み越えられることを、当時の親父はえらく不快に思っていたようだ。
その親父にとって、年に屈指の嫌な行事がやってくる。
球技大会だ。学年によって種目が異なるも、全員参加が求められていた。事前に先生方からも休まないようにと、生徒へ何度も通達するほどだったらしい。
体育の時間だけならまだいい。ほんの一コマの時間だけだから。しかし、それが一日中続くとなれば、もはや親父にとって拷問にさえ思える。
運動会などは親が観にくる。ここを逃げ出してしまえば、何を言われるか分からないという恐れが、親父の抑止力になっていた。
しかし球技大会は、保護者が参観に来るようなものじゃなかったらしい。少なくとも、親父の学校では。
皆勤賞などは、とっくにもらえる立場でなくなっている。分かり切っている、不快に染まる一日。それから自分の意志ひとつで、逃げることができるのなら……。
親父は球技大会を休んだ。衝動的なことだった。
いつも通りに家を出て、そのまま学校とは反対方向へ向かったんだ。
約束破り。それも時間が決まっているものだと、そこに至るまで胸が異様にざわつく。
「いま、戻ればなしにできる」「まだ、走って戻れば間に合う」……。
時計を見るたび、そう考えてしまう自分に気がついてさ。心のどこかで、自害じみたことをこばむ働きがあるのかもしれない。
そうして、いよいよ間に合わない。やがて定刻を迎えてしまうとき。それまでの辛さが、ウソのようにすっきりしていく。
開き直りの心境だ。こうなった奴をはたから見ると、「反省の色が見られない」などと判断されがちだが、そいつは少し違う。
本人はもう十分に苦しんだ後だ。その苦しめる瞬間が、過ぎ去った後なんだ。気が楽になることを、誰が責められるだろう。
定刻を過ぎたとき、親父は学区外の公園にある、土山の上に腰を下ろしていた。
ただサボるということのみ、念頭に入れた行動。そこで何をするかなど考えておらず、ぼうっと空を見ていたんだ。
学校の方角。こうして広がる青空の中で、ぷっかりと浮かぶ茶色い雲の塊が、ひとつだけ浮かんでいたらしい。炭の中からほじり出したように、その色は親父の前でどんどん黒ずんでいく。
「妙だなあ」とぼんやり眺める親父の耳に、聞きなれたサイレンの音。
パトカーのものだ。それも4秒間隔。急を要するタイプだと、この音になると前に聞いたことがある。
公園からは道路と店をひとつずつはさんで、国道が横たわっていた。ちょうど駐車場になっていて、遮られない視界の先をパトカーが通り過ぎていく。
サイレンは急ぎのものなのに、その歩みはやけにのろい。国道で道も空いているようとはいえ、ほぼ徐行といっていい速度。
やがてパトカーの音は小さくなっていき、親父がほっとするのも束の間。
サイレンはより一層大きく、確かな響きをもって、その勢いを盛り返す。
出てきたんだ。公園のすぐそばの道路に。国道から角を曲がって、この真ん前に。
思わず固まる親父の前で、パトカーは公園に横付けする。後部座席から出てきたのは、学校の先生だったんだ。
なぜここに! と親父は自分の顔が引きつるのを悟ったが、先生がこちらへ駆け寄ってきながら叫ぶ。
「逃げろ!」と。
はっと親父が顔をあげたとき、自分の頭上には黒い雲が溜まっている。
そう、本当に頭の上だけだ。そしてその雲が空に架ける小さな橋。身体の一部はずっと遠方から伸びていたんだ。
あの、学校の方角に溜まっている雲。その一部からさ……!
親父が土山をあわてて降りきるのと、その土山へ完全に影が落ちたのはほぼ同時だった。
振り返った親父が見たのは、暗くなったなんてほど遠い、まるで黒いゼリーのような肌に包まれる土山の姿だった。
大きくひとゆすりした後、ぱっと土山はまた姿を見せるものの、親父は気がつく。
この土山、さほど手入れがされていなかったのか、先ほどまであちらこちらで雑草の葉や双葉などが、そこかしこに頭をのぞかせていた。
それがなくなっている。バリカンでもかけられたように、ばっさりとね。
親父はそのまま学校へ連行され、球技大会に参加させられる。
あの奇怪な光景を見たこともあり、なんとか不快を押し殺して加わる親父。頭上には当初、くだんの黒雲が立ち込めていたが、親父が加わって数十分がするころには、すっかり晴れてしまったらしい。
大会後に先生が教えてくれる。
学校など子供が一ヵ所に集められる場所とその行事は、しばしば邪なるものを退ける手続きとなるのだと。
今回、親父が無事でいられたのは、すべてがうまくかみ合った結果に過ぎない。次にまた同じようなことが起こるとも限らないから、なんとか頑張ってほしい、とのことだったとか。