第五話 星夜の雨
お口直しはこれにてお終い。
ですがその分甘さもどん!
青汁くらいしか飲めるものがない……。
血糖値を振り切って、どうぞ最後までお付き合いくださいませ。
「いやぁめでたい! 美紀が我らと共にある事を望んだ! 実に喜ばしい!」
『主、嬉しいのは分かりますが、些か飲み過ぎではありませんか?』
「祝いの酒はいくら飲んでも酔わぬ!」
『そんな訳ないでしょう』
榊様はあの後、また台所で料理を作り、最初の日と同じくらいに豪華なご飯を作ってくれた。
そしてお酒を飲んでご機嫌になっている。
やっぱり榊様はカッコよくてかわいい。
そばにいていいって言ってもらえた事がめちゃくちゃ嬉しい。
『美紀様。こうなると主は朝までご機嫌ですので、眠くなったら寝てくださいね。私が相手しますので』
「アザミさん、ありがとうございます」
小声で私を気づかってくれるアザミさん。
今のキツネの姿はもふもふでかわいい。
人の姿もぷくぷくでかわいい。
さりげなく私を気づかってくれる優しさもステキ。
「折角の祝いだ! 安座実も飲め!」
『仕方がないですね。お付き合いいたします』
ぽんっと音を立てて、金髪の髪がふわりと揺れる。
人の姿になったアザミさんが、器を受け取ってお酒を注がれた。
……見た目だけなんだけど、小学生みたいな姿でお酒を飲まれると、何だか悪い事を見ている気になったしまう。
「よし、美紀も飲むか!」
「え? あ、お酒を、ですか?」
ど、どうしよう。
飲んだ事ないし、そもそも未成年だし……。
「わ、私、まだ未成年なので……」
「みせいねん?」
「主。今の人の世では二十歳を超えるまでは酒は飲まないのが決まりだそうですよ」
「ふむ。人の世の決まりか」
……そうだ。
私はもう人の世界には戻らない。
だったら今さら人のルールを守ってどうする!
「ならば仕方ない。無理強いをする気はな」
「いただきます!」
私は榊様に器を差し出した!
「よ、良いのか? 別に五年やそこら、待てない儂ではないぞ?」
「いいんです! いただきます!」
「……なら、少しだけ、な」
少し金色っぽい澄んだお酒。
ドキドキしながらちょっとだけ口をつける。
……ん? 甘い?
もう一口、今度はちょっと多めに飲んでみる。
……あ! 熱い! 喉とお腹の中がかーって熱くなる!
これはちびちび飲んでたらダメだ!
三口目で一気に飲む!
「あ! 美紀! その飲み方は!」
「あちゃー……」
ふえ? 何で榊様慌ててるの?
アザミさんは顔を押さえちゃってるし……。
私、何かひちゃったかなぁ……。
はれ? おなかの、あつさが、あたまにも?
うわぁ、ふわふわするう。
あったかくて、きもちいい……。
「美紀? 大丈夫か?」
「大丈夫ですか? お水、飲めますか?」
ぎんいろと、きんいろが、きらきら……。
あったかくて、やさしくて、いいにおいで……。
「だいすき……」
しあわせ……。
……? 雨の音?
夕方は雲一つなかったのに、にわか雨かな?
「目が覚めたか美紀」
「きゃあ! さ、榊様!?」
覆い被さるようにのぞきこんでくる榊様に、私は思わず悲鳴をあげてしまった。
「主。美紀様を驚かしてはいけません」
「目を覚ましたのを確認しただけなのだが……」
バツが悪そうに頭をかいて、顔を離す榊様。
ってあれ? 榊様の顔、胴体が見えて、足は……、私の頭の下!?
「あ、ご、ごめんなさい! 榊様の膝枕なんて……!」
「良い。酒を飲んで目を回したのだ。そのままで楽にしていろ」
「で、でも……!」
「私の膝の方が良いですか?」
「えっと、いや、その……」
アザミさんならキツネの姿でしっぽの方が、なんて言えない。
「さ、美紀様。お水を飲んで」
「あ、ありがとうございます」
榊様が背中を支えてゆっくり起こしてくれて、アザミさんが、急須みたいな道具で水を飲ませてくれる。
冷たい水がおいしい……!
「すみません、こんなにしてもらって……」
「構わぬ。もはや儂らは家族であるからな」
「か、家族? そ、それって」
「ちょっと頭を傾けて、窓の外を見てください」
榊様の言葉を聞き返す前に、アザミさんがすだれを巻き上げた。
わ! キレイな星空! なのに、雨?
「美紀が簡易とは言え、三三九度の作法で酒を飲んだからな。我が山への嫁入りが成った」
「え!?」
「儂はもう少し大人になってから、と思ってはいたのだがな」
三三九度って、結婚式の!?
私そんなの知らない!
「でもまだその盃を主にも私にも返していないので、まだどちらと夫婦になるかは決まってないですけどね」
よ、嫁入り!? め、夫婦!?
「人の世から攫った責任があるからな。盃は儂に返すが良い」
「おや、責任で言うならば、湯殿で肌身を見てしまった私にも生じると思います」
「それは人の世の理であろう? 今更気にする事もあるまい」
「それを気にするか否かは美紀様のお心次第かと」
「ふむ、一理ある」
何か二人で盛り上がってるんだけど!?
「美紀よ。夫はどちらが良い?」
「ふぇっ!?」
「美紀様のお好きなようにお決めください」
「そ、そんなの決められないですよ!」
「ほほう。決められぬと言う事は両取りか。くはは。なかなか豪気だの」
「えっ違」
「両取りなら実質今の生活は変わりませんからね。これからもよろしくお願いします、美紀様」
「あ、あの……」
な、何かまとまっちゃった!?
「ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします……」
「では証を立てようかの」
「そうですね」
証って、何?
え、ちょっと、二人の顔が、両側から迫って来る……!
このままだとほっぺにキスされちゃう!
でも避けたら榊様とアザミさんでチューしちゃう!
動かない! 動けない!
「……ん」
そして私のほっぺに、榊様とアザミさんが同時にキスをした。
あああ嬉しいんだか恥ずかしいんだかわからないけど涙が出るううう!
「我が妻よ。永久に」
「美紀様を伴侶とできて、私は幸せでございます」
「〜〜〜っ!」
嬉しさと恥ずかしさと感動と照れと、何かもう幸せな感情があふれすぎて、私は仰向けに倒れた。
窓から見える、星から降っているような雨は、お祝いの拍手のようにずっと屋根を叩いていた……。
読最後までお付き合いくださり、ありがとうございます。
……あのですね。この話、最初は「少女は神様の元で幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」を書きたいだけだったんですよ。
それでね、お口直し終了だったんですよ。
……でもね、短編で三千字超えた辺りで気づいちゃったんですよ。
「……これ、短編じゃ収まらないなー」ってね。
でね、連載形式にして書いていったんですけど、文字数と甘さはどんどん増えるのに、なかなか終わりが見えてこないんですよ。
で、怖いなー怖いなーと思って文字数を見たら、
八 千 文 字 超 。
いやー、溺愛系って怖いんですねー……。
ともあれイケメンで格好良いのに、家庭的な面と素直さがギャップ萌えな榊と、マスコットとイケショタを自在に使い分ける上に、隙のないお世話焼きという癒し系しっかり者の安座実。
二人の甘々なもてなしに皆様の血糖値が上げられたなら嬉しいです(笑)。