第三話 百年の鯉
お口直し、三杯目。
そろそろ甘さが強くなるところです。
ブラックコーヒーを傍にお読みください。
「わ、すごいごちそう……!」
目の前には、お刺身がどーんと真ん中にあって、鶏肉、焼き魚、漬物、煮物、ご飯にお味噌汁、果物まで!
『主、これは確か賓客用にと時を止めて保管していたものでは?』
「だから出した。何か問題があるか?」
『ありませんね』
な、何かすごい事言ってない?
榊様は神様だから、お客さんも神様、だよね?
時を止めてって、さらっと神様っぽい事言ってるし……。
そんなすごいご馳走、食べてもいいのかな……?
「儂が久々に腕を振るったのだ。残されても困る。美紀も安座実も存分に食せよ」
「は、はい!」
『お相伴に預かります』
恐る恐るお刺身を取って、醤油につけて、ぱくり。
「んん〜! めちゃくちゃ美味しい!」
『いただきます』
器用にはしでお刺身を食べるアザミさん。
あ! 細い目が、かっと開いた!
と思ったらまた人間の姿に!
「……主! これは主神様がお見えになった時に出そうと取っておいた鯉ではないですか!」
「うむ」
「うむ、ってよろしいのですか!? これは百年じっくりと育てて参りました鯉ですのに……!」
え、そんなにすごいものだったの!?
百年って……! 神様はケタが違う……!
「安座実よ。美紀がここに来た経緯は聞いたな?」
「はい」
「ならば分かろう。懸命に生き、必死に抗い、伏して耐えるだけでも辛い嵐の中で、立ち、声を上げ、手を伸ばし続けた勇士のもてなしには、この逸品こそ相応しい」
どうしよう。
もうお風呂でいっぱい泣いたはずなのに……。
「しかも美紀は儂に攫われたい理由を、逃げたいだの迷惑をかけたくないだのではなく、一生怯えさせたいと言ってのけおった。何とも見事」
「美紀様、お涙を……」
「あいがどう、ごじゃいまず〜……!」
アザミさんの差し出した手拭いに顔を埋める。
嬉しくて、何か恥ずかしくて、たまらない!
「食え美紀よ! これは勝利の宴! 美紀の魂は敵の手の届かぬ我が懐まで駆け抜けたのだ! もはや何も恐れるものはない! 存分に己を讃えよ!」
食べられないよ〜! こんな嬉しい事言われたら……!
「主。美紀様は感涙で食べるどころではないようです」
「お、そうか。では美紀。そのままで良い。顔を上げ、口を開けよ」
「は、はい」
手拭いで前が見えないまま、言われた通りにする。
ん!?
口の中にお刺身が!
って事は榊様の『あーん』!?
「そのままで良いぞ美紀。儂が食わせてやるからな」
「だだだ大丈夫です! 自分で食べれます!」
「遠慮をするな。ほれ、もう一切れ」
「うあ……、い、いただきます……」
「全く主は……。刺身ばかりでは味が偏るでしょう。美紀様。次は煮物などいかがでしょう」
あ、アザミさんまで……。
「主の箸は受けて私の箸は嫌だなんて、酷な事は仰いませんよね?」
「は、はい……」
私は泣いてる暇もなく、二人から代わる代わる『あーん』をしてもらった。
恥ずかしいけど幸せで、とてもとっても美味しかった……!
読了ありがとうございます。
張り切る榊様。
ワイン蒐集家がヴィンテージものの栓をためらいなく開けちゃう感じです。
そして畳み掛けるようにイケメンとイケショタの『あーん』挟み撃ち!
これは満腹待ったなしですわぁ……。
さてこう甘いのが続きますと、ちょっと味変えもいるかと思うのです。
次話は少し甘さ控えめで参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。