第二話 湯殿に溶ける
お口直し、二杯目です。
まださほど甘くはないので、濃い目のお茶をお供にお読みください。
アザミさんに案内されて廊下を進む。
広いお家……。
だけどお家より、前を歩くアザミさんの、一段低い頭が気になる!
金色! ふわふわ! いい匂いする! 顔をうめたい!
「湯殿はこちらでございます」
「ふぇ!? あ、はい!」
扉を開けると脱衣所。その奥は……。
「わぁ、素敵……」
湯気の先に見えたのはヒノキ風呂!
木のいい香り!
「お気に召しましたか?」
「はい!」
「では服をお脱ぎください」
「え?」
「脱がねば風呂には入れませぬ故」
「ちょ、ちょっと待って! えっとアザミさん、男、ですよね?」
「はい。それが何か?」
「私、女だから、ちょっと恥ずかしいかなって……」
「……?」
わ! 小首を傾げるアザミさん可愛い!
金色の髪の毛が、しゃらんと音を立てそう!
「あぁ、失念しておりました。人は家族や恋人でなければ異性の前で肌身を晒さないのでしたね」
「えっと、あ、うん、そうなの」
「これは失礼を。しかし困りました……」
あ、またぽんって音を立てて、アザミさんがキツネの姿に戻った。
『湯殿での垢落としは私の役目。この尾で汚れを落として差し上げたかったのですが……』
しっぽ!? もふもふ!?
『尾を切り落とす訳にも参りませんし、これは主に頼むしか……』
「アザミさんお願いします!」
『よ、よろしいのですか?』
「はい! 人とキツネならノーカンだと思うので!」
『納棺……?』
「大丈夫って事です!」
『大丈夫なら良かったです。では服をお預かりいたします』
私が制服を脱ぐと、アザミさんはキツネの手で器用に畳んでくれる。
キツネの姿なら恥ずかしくないもんね。
『おや、襟から紙屑や埃が』
「あ……」
頭からかけられたゴミ箱の……。
『! お顔の色が……』
「……大丈夫、大丈夫です……」
やっとあそこから離れられたのに。
榊様が優しく救ってくれたのに。
引きずっていたらいけないのに。
『……美紀様。私、垢落としには自信がございます』
「え……? あ、はい……」
『俗世の垢なども落とす手伝いをさせていただきますれば』
私の背中を、柔らかいしっぽがふわりとなでる。
毛布みたいに、あったかい……!
『お辛かった事、どうぞお話しください。お身体を清めながら、心の澱も流されると良いでしょう』
「……あざみざぁ〜ん!」
「あったか〜い……」
『落ち着かれましたか?』
「……ごめんなさい。あんなに泣いて……」
『いえいえ。お気が少しでも晴れましたなら良かったです』
う〜恥ずかしい……。
思わず鼻まで湯船に沈めてしまう……。
身体を洗ってもらいながら、私はアザミさんに辛かった事を全部話した。
小学校の頃から今までいじめ続けられてた事。
親も先生も助けてくれなかった事。
それを延々と泣きながら……。
アザミさんは優しく相槌を打ちながら、丁寧に話を聞いてくれたけど……。
情けないよね、私……。
『美紀様はお強い。そしてお優しい』
「へ?」
湯船のお湯から顔としっぽを出しているアザミさんが、にっこりと笑う。
『大勢の相手に責められ、味方もなく、それでも美紀様は自らの思いを訴え続けた。卑に屈せず、助けを求める声を上げ続けた。何より、暴力で相手を害しようとしなかった。ご立派です』
「……っ……!」
褒められた。
頑張った事を、褒められた!
『美紀様、またお涙が……』
「……ううん、大丈夫。これは嬉し涙だから……」
私の涙は温かい湯船に溶けて、消えていった。
読了ありがとうございます。
アザミさん、男前。
ちなみに尻尾は洗う時には当然湿ってもふもふではありませんが、水を含ませた大きな筆で優しく撫でられる感覚は、榊をはじめ神々からも高評価です。
美紀には今回味わう余裕はありませんでしたが。
ちなみにアザミは、キツネの姿の時は思念で話をするので『』、人間の姿の時は口で喋るので「」となっています。
……間違いがあったら誤字報告お願いします……。
さぁお次は夕食。榊の腕前やいかに。
どうぞお楽しみください。