05:03
暴虐の限りを尽くしたライアーの最期は、以外に呆気ないです。
―前回より・サウスウイング一階・雅子―
「…とりあえず〜とりあえず〜そーっとそーっと見てみよう〜…。
とりあえず〜とりあえず〜きーっと何処かに居る筈さー…」
そんな歌を歌いながら、ホテル内部にて静かにライアーを探す雅子。
と、その時であった。
雅子の背後から、聞き覚えのある声がした。
「何が何処かにいるって?」
「!!!???」
驚きの余りワイルドに飛び上がって声の主―ライアーと10mも離れる雅子。
「そう怖がるなよ…別にお前を今すぐに殺そうだなんて、そんな馬鹿なことは思っちゃ居ないんだ」
「…どういう事…?」
「楠木雅子。
俺が見るに、お前はとても優秀で面白い人間だ。
私は今の今まで、人間なんぞ餌か玩具程度にしか見ていなかったが、お前だけは別格だ。
素晴らしい奴だよ、お前は。
本当に最高だ
だからこそ、私はお前に敬意を払う」
「敬意?」
「そう…敬意だ。
今までの人間はどいつもこいつも喰い殺したり罵る気持ちで卑怯な手を使って殺していたが…お前は…お前だけは…真っ当な勝負の末に殺してやろう」
「真っ当な勝負…?」
「そう…真っ当な勝負だ…。
それにはまともな武器が必要だが…手持ちはあるか?
無ければ取ってこよう」
「武器…?
なら有るけど。
ほら、自作したヤスリ刀」
雅子は鞄から鞘に入ったヤスリ刃物を取り出す。
細長く、鋭く、頑丈なそれは、忍者刀のような輝きを発していた。
「そうか…ならば良かろう…。
ではルールを説明する。
一に、一戦15分間。
お互い手持ちの刃物のみで戦い、人間はこれを取り替えても良しとする。
二に、生体兵器は能力を制限する。
肉体再構築及び片腕を刃物にする以外の変身行為は全面的に禁止。基本形態は人間のものとする。
三に、戦闘時間終了に関して。
戦闘時間が終了した場合、そこから20分間の休憩とする。休憩時間中に相手を攻撃した者は、自殺しなくてはならない。
四に、人間の自由について。
人間が生体兵器を殺す為に用いる道具・方法は、制限されない。但し、休憩時間中の襲撃は別とする。
以上だ…」
「案外簡単なのね…で、戦闘開始は…?」
「お前の意志で決めろ…」
「了解…じゃ、初め!」
開始宣言と共に、ホテルの奥へと逃げていく雅子。
「…つくづく面白い奴め…!」
それを追いかけるライアーの表情は、他のどんな時よりも楽しそうだった。
―サウスウイング二階・雅子、ライアー―
「…よし…取り敢えず此処にガソリンを―
「待てェ!楠木雅子ォ!」
「き、来たぁ!
…く、こうなったら応戦するしか無いね…」
雅子はヤスリ刀を鞘から抜き、ライアーに斬り掛かる。
しかしライアーは雅子のヤスリ刀を、刃状に変化した自らの右腕で受け止める。
ガギィン!
「流ッ石ァ…!」
「お前も……なァッ!」
ギャイン!
鍔迫り合いに勝ち、雅子を突き飛ばすライアー。
ドサッ!
「く…」
雅子はどうにか起きあがり、鞄の中から直径5cm程の球体を3つ取り出すと、それをライアー目掛けて投げつける。
ヒュン!ヒュヒュン!
しかし球体は面白いようにライアーを逸れていき、ライアーの直ぐ後ろで砕け、緑色の液体を撒き散らした。
ライアーは動かぬ雅子に近寄りながら、言った。
「…中身は何だ…?
一見すると毒か酸のようだが…」
すると雅子は落ち着いた様子で答えた。
「…ご想像にお任せするよ…」
「そうか…」
そして、座り込んだままの雅子に歩み寄るライアーが、ついに雅子の眼前へと近付いた。
と、次の瞬間。
「…ぬんッ!」
タンッ!
雅子は突如その場から垂直に跳ね上がると、右腕を握り後ろに引いて力を溜める。
「!!??」
「っラア!」
ドグヮシ!
ライアーの胸の中央にストレートをたたき込む。
「ぐォッ?」
ドアッ…ベチャ!
吹き飛んだライアーは、床に仰向けに倒れてしまう。
賺さず起きあがろうとするが…
「…!?
なんだ…コレは!?
背中が張り付いて…動けんッ!!」
ライアーは丁度あの緑色の液体が撒かれた場所に倒れていた。
雅子はその真相を語る。
「超強力粘着液。
とは言っても、ペイント薄め液で剥がした鼠取りマットの粘着液に、その他色々と混ぜモノをして緑色に着色しただけの液体だけどね。
でも粘着力は確かな訳よ。
何たって、ワイヤーを繋いだベニヤ板と重さ数百キロの鉄骨をそいつでくっつけて、ベニヤ板をクレーン車で引っ張り上げたら相当な高さまで堕ちなかったからね。
クレーン車担当の後藤さんには本当感謝だよ」
そしていざ束縛されたライアーへとガソリンを撒こうとした時であった。
雅子は廊下に何かを見付けた。
「んお?
このポリタンク…は…?
………この臭い…間違いない!
何故かこんな所に大量のガソリンがある!」
そう。
ライアーの化けた「偽りの仮面合唱団」が歌を歌い終わった時、恐怖の余り逃げ出した天津は、ガソリンとライターを落としていたのだ。
「ほんじゃま…そう言うことで…。
ほんの僅かな間だったけどさ…楽しかったよ」
雅子は貼り付いていて動けないライアーに、最高の笑顔を贈った。
それに対しライアーは、
「…此方こそな…。
人の手で作られた、本来あり得てはならない存在であろう私を、こうも呆気なく倒せてしまうお前は…間違いなく最高の人間だ。
…生きろ…雅子…」
「最高…ね。
余る言葉をどうも有り難う。
そんじゃ、かけるから」
頷くライアー。
雅子はライアーに、追悼の意味も込めてガソリンを注ぎ始めた。
―数分後・同位置・雅子、ライアー―
雅子はライアーと20mほど離れた位置にいた。
「準備完了…っと。
あとは…点火だけだね…」
そう言って雅子が取り出したのは、長さ8.5cm程の小さなミサイルのような玩具。
先端は金属製、後ろの羽はピンクのクリアパーツで出来ており、中間部位にはバネがついている。
ここにカネキャップ―音だけの鳴る玩具銃に付属する弾薬―を装填。
投げつけて硬いものに衝突させるなど、先端の金属部位が衝撃を受けると、中の火薬が炸裂。
大きさに似合わずそこそこな爆音と共に、火花を散らす。
実際のルスツリゾートでは確認できていないが、実在するカプセルトイである。
少しの火花や静電気すらも火種として大爆発を起こす乗用車用ガソリンならば、これでライアーを焼き払うことも可能だろう。
念のため、ストックも用意してある。
「んじゃね。
さよなら。ライアー…。
さよなら。正直な嘘吐き君。
さよなら…さよなら…さよなら…」
雅子は玩具のミサイルにカネキャップを装填し、それをライアーの居る位置目掛けて投げつける。
うまくいけば爆発するだろう。
うまくいかなければ、ストックを投げればいいし、それが尽きても、自分が道連れになってやれば良いだけなのだ。
ライアーの言葉には反する事になってしまうが。
雅子は力を振り絞り、ライアーの居る位置目掛けて玩具ミサイルを投げると同時に、急いで三階への自室へと向かう。
そして雅子が自室の鍵を開けて中に入ったとき、
バァン!
ドゴォォォォォォン!
ゴォォアアアアアアッ!
カネキャップの小さな爆発が、ガソリンの大爆発を招き、サウスウイング二階廊下の一部を焼き払う。
荷物をまとめ上げた雅子は、ルスツリゾートを一目散に逃げ出した。
外の駐車場には、自衛隊のようなカラーリングのジープが1代と、トラックが何台か留まっていた。
中から降りてきた細身の男は、雅子を見てこう言った。
「楠木雅子様。この度は大変お疲れ様でした。
お初にお目にかかります。
私、株式会社シンバラの緊急特務科副長補佐官の木伏斑と申します」
メタ発言とも取れる台詞をいきなり吐く男に、混乱する雅子。
「何で…私の名前を…?
それに…緊急特務科って、陽一さんの居た?」
すると男は、優しい笑顔で答えた。
「はい。私は緊急特務科で安藤副長のお手伝いをさせて頂いていた者です。
詳しいことは車の中でお話し致しましょう」
「お願いします」
雅子が斑から聞いた話では、何でも緊急特務科の者は身体に小型の録音機械が埋め込まれており、本人が死亡すると(または一定の間隔で)機関員周辺の音声情報を本部のコンピュータに送信するのだという。
斑が雅子の名前を知っていたのはこういうわけだったのだ。
更に、陽一はライアープロジェクトを大変支持していた男であり、今回の仕事はかなり危険だから部下を危険に晒すわけには行かぬという理由で、単身ルスツに出向いていたとのことだった。
「そうですか…」
斑は語り出した。
「ライアーは…歴代緊急特務科の三強肉体派と呼ばれた百戦錬磨の安藤副長すらやられてしまうほどに恐ろしい相手でした…。
だから…あの場で果たして誰がライアーを止められるのか…私は不安で不安で仕方なかったんです…。
雅子さん…いえ、楠木様。
我々の失敗の尻拭いをして頂いて…本当に…本当に…有り難う御座いました…」
涙を流しながら礼を言う斑。
「泣かないで…泣かないで下さい、木伏さん」
そう言って木伏を慰め、車の外に目をやる雅子。
東天。
既に夜は明けていた。
青い空と、紫の雲。
美しい朝日が、上っていた。
禿狗禄の頃は本編に限り一話平均4000〜6000文字だったよな…。