表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

02:32

何つったって長すぎるもんは長すぎる。

―18:22・ルスツリゾート屋内プール―


監視員に見張られながら、その場の十三人はプールでの時間を堪能していた。

その中に、一組のカップルが居た。

どちらも適度な美形で、互いに理解し合う良いカップルである。


プール内をゆっくり足並みをそろえて歩きながら談笑する二人の内、女の方が口を開く。

「俊之、今日は本当に有り難う。

二人の為にこんな素敵なリゾートで予約を取ってくれるなんて」

男の方がそれに返す。

「構わんよ、百合。お前は血縁でなく、俺を初めて愛してくれた女だ。

それに今まで何度もお前の世話になっているから、これくらいの事はしなければ俺の存在価値なんて無いに等しいだろ?」

すると女の方は、男の左腕に抱きつきながらこう言った。

「そんな事無いわ。何でそうなるのよ?

それだけで貴方の存在価値が失われるなんてまず有り得ないってヴァ!

私だって相当迷惑かけて来たんだし、恩返ししたいのは私の方だって」

「そうか?」

「そうよ!」


あっはっはっはっはと笑う二人。

そして俊之は右腕に違和感を感じ一瞬目をやるが、特に変わったこともない。

しかし、次の瞬間。

水中眼鏡をかけてプール内を自由に泳ぎ回っていた少年が、突如立ち上がって叫び声を上げた。

「うああああああああああああああああっ!」

その顔は恐怖に歪んでおり、人差し指は俊之の方向を向いていた。


「「「!?」」」

俊之と少年以外、その場の全員の視線が俊之に向かう。

そして叫び声の後、少年の口から驚きの言葉が発せられる。


「おッ、お兄さんッ!


う…う……腕がッ!




右腕が…右腕の肘から先が無くなってッ!?」


「!!??」

驚いた俊之は右腕を水から上げ、自分の腕の惨状を見て凍り付いた。

彼の右腕の肘から先は、鮫か鰐にでも喰い千切られたかの如く失われていたからだ。

女は勿論男まで悲鳴を上げては絶叫し、子供は失禁し泣き出す始末。


悪い予感しかしないが、俊之は有りっ丈の勇気を振り絞って愛する恋人・百合の方を見る。

「…うわあああああああああああっ!!

ゆっ…………百合ィィィィィィィ!!」

そして恐怖の余り、俊之は叫び声を上げて百合だったもの(・・・・・)を投げ捨て、水着姿の利用者達は一目散に陸まで泳ぎ去ろうする。




百合は身体の左半分を綺麗に削られており、悲鳴も上げず息絶えていた。

投げ捨てられた事でプールの水は血色に染まり、百合の胸を覆い隠していた黒ビキニは波に攫われ、彼女の整ったふくよかな乳房が露わになるが、そこに艶やかさやいやらしさというものは一切感じられなかった。

否、死体に欲情するような奴でもなければそんなもの、感じられるわけがない。



高い椅子に座っていた監視員も慌てて逃げようとするが、突如真後ろの壁が目鼻のない巨大な口に変化し、監視員の上半身を一瞬で食い千切る。

続いて襲われたのは真っ先に逃げ出した俊之で、ミミズのような形に変化した手摺りに絡め取られ、それが体内に侵入。一瞬で俊之の中身を喰い荒らす。


続いて赤子、その母親、その夫と、人々は壁や床に次々と喰われ続け、謎の口や触手は、半分残った百合の身体も平らげると、姿を消した。


唯一生き残った異変を察知した水中眼鏡の少年は、恐怖の余り着替えることも忘れてロッカーの中に隠れ続けた。



肉片一つ、血痕一つ無いプールは、ただただ人為的に作られた波が行き来をするばかりであった。


食事の帰り、誰も居ない静まりかえったプールは多くの客の目に入ったが、それを異変だと感じる物は一切居なかった。

そう、雅子も含めて。


―20:00頃・雅子―


何もすることが無い雅子は、只呆然と最新式のテレビに、持参したDVDレコーダーを繋ぎ、大好きなアニメのOVAを見ていた。

今は丁度序盤、乳自慢(と、雅子は思っている)のヒロイン陣が屋外に設置された露天風呂に集う劇中随一の色シーンであった。

しかも厳密に指し示すなら、大事に育てられている捨て子が洗われている最中に、のぼせてぶっ倒れていた仲間の一人が捨て子を抱かせて貰っているというシーンである。


「いやーまさに平成乳祭り…とは言わなくても、流石OVA。

やりすぎでもなく控えめでもなく、適度なフリーダムって奴ね。

声優の演技も輝いてるし、最高の出来だわッ!

(ってか作者も今動画サイトでこれ再生しながらこの原稿書いてるのよね…)」



暫くスナック菓子を頬張りながらOVAを見ていた雅子。

本編は遂にクライマックスへと突入していた。

捨て子への愛故に逃亡を試みる女(Uと仮定)を諭すため、親友として正義の心と愛用する剣を振りかざすUの親友(Kと仮定)との白熱した戦闘シーン。

捨て子を抱えたままのU目掛けて、Kの剣が振り下ろされるその瞬間!

雅子は柄にもなく大口でスナック菓子を頬張って、北海道限定のキリンガラナを思いっ切り飲むと、画面を食い入るように見つめる。


と、その時であった。





ブチッ!




「!!??」


ブレーカーでも落ちたのか、突如部屋への電力供給が絶たれ、部屋を照らす光はその夜の満月だけになってしまった。

OVAも当然中断である。


「っぁぁああああああああっ!!

久々に見た名作がぁあああああああっ!!」

絶叫する雅子。


「確かこの後、暴走する親友に向かって、

『お前の何処がその子の母親と呼べる!?

何も知らぬ無垢な赤子を持ち去るお前の行いは、人攫い同然だ!』とかそんな名台詞が飛び出し…たよね…戦闘前に。

で、この後の展開どうだっけ…」


と、頭を抱え込む雅子。


「とりあえず外に出なきゃ!スタッフさんと合流できたらしよう」


雅子は瞬時に荷物をまとめ上げ、とりあえず懐中電灯と部屋の鍵と財布と携帯電話だけを持ち出そうと廊下に繰り出す。


ガチャ


―ドドドドドドドドドド!

「うおぉおお俺が先だぁあああ!」

「アタシが先よぉぉお!」

「年寄りを大切にせぇ〜」

「子供を思いやれ〜」


バタン


混乱した大勢の客の波を恐れ、急いで部屋へと退避する。

「やばいやばい。

あんなのに巻き添え喰らったら只じゃ済まされないよ…」

雅子は混乱が収まるまで、暫く部屋で待機することにした。

当然部屋の鍵は閉めてある。

と、次の瞬間。





―GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA…―



―HUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA…―


―AAAAAAAAAAAAAAH―




恐らくは人間のものであろう、絶叫や悲鳴が四方八方から聞こえてくる。

「(…何?外部で一体何が起こってるの…?)」

暗闇の中、雅子は悲鳴が止み、混乱が収まるのを待ち続けた。

そして待つこと10分後。

漸く喧騒が収まったので、雅子は最低限の持ち物だけを持って部屋の外に出る。

そしてそこで彼女が見た光景とは




「……ッ…何………これ…?」




本来穏やかなクリーム色をした壁は血糊で深紅に染まり、



腹を裂かれ内蔵を食い荒らされた男は天井に磔にされ、



女の上半身は壁から生えているかの如く埋め込まれ、



少女は縦半分に引き裂かれ、



少年は横半分に引き千切られ、



老人の頭が足下に転がっている。





そう。それはまさに地獄という表現に相応しい光景。



雅子は吐き気こそ催さなかった物の、その光景を見て背筋が凍り付いた。

しかし、すぐさま我に返った雅子は、ホテル内の探索を続けることにした。



「この死体の数と有様から考えて、この人達を殺したのは…何?」

「この惨劇の元凶は何か」という疑問はどれほど考えても消えなかった。

そして雅子はそのまま探索を続けながら、死体のポケットを漁っては使えそうな物を採取し続けた。


「…さて、と。



確実に死者冒涜だけど、脱出の為には悪事も羅生門理論でチャラって事にしておこう。


で…この階の死体は全部調べ終わったね。

よし、降りよう」

そう言って雅子は階段へと歩き出そうとした。

次の瞬間。


「待ってくれ、お嬢さんッ」  ガシッ!

何者かに呼び止められると同時に右足首を掴まれる雅子。

「な、何ッ!?」

声のする方を懐中電灯で照らすと、肩幅の広い中年の男が、雅子の右足首を掴んでいた。

懐中電灯で照らすと、男の下半身は既に失われていた。

気味悪がって逃げようとする雅子に対し、男は言った。

「待ってくれ!どうか逃げないで私の話を聞いてくれないか?

大丈夫だ。悪いようには決してしない!」

男の真剣な眼差しに説得された雅子は、ひとまず廊下に座り込んで話を聞く事にした。

「私は安藤陽一。

シンバラ社緊急特務科の者だ」

そういって陽一は雅子に名刺を差し出す。

「あ…有り難く受け取らせて貰います。私は、楠木雅子。

岡山の大学で動物学の研究をしてます。どうぞ宜しく」

雅子は名刺を受け取り、陽一に軽く挨拶をした。


陽一はそれに軽く頷くと、ルスツを襲った事件の真相と、自分が何故此処に居るのかを話し始めた。


―中年説明中―


「そんな事が…」

「信じて貰えない事は百も承知だ。

だがしかし、君がどう思おうとこの事は事実以外の何者でもない」

「信じないだなんて、そんな馬鹿な事が有るとでも?

死体の傷口、所要時間、死体の状態…どれをとっても、こんな事は人間には出来ません。

つまり信じるほか無いという事ですよね?」



陽一が雅子に話した内容とは、こういったものであった。


・彼はシンバラ社の中でも滅多に活動をすることのない部署「緊急特務科」に所属し、会社絡みで恐ろしい事態に発展した場合それを解決する為に動くのが仕事。

・ルスツを襲ったのは、シンバラ社が人為的に作り出していた実験生物こと通称「ライアー」である。

・ライアーは元々、オホーツクの無人島に建てられたシンバラ社の研究施設で育てられていた。

・世界最高峰のセキュリティシステムによって厳重に管理され脱出は不可能だったが、ある時突如として施設の機材全てを破壊し、本土へと逃亡。

・後に施設を調査した所、頭のない成人男性の死体が見付かった。死体は何とあの国際指名手配中の怪盗「アルセーヌ・コガラシ」のものである事が判明。

・更にシンバラ社に設置されているPCのメール履歴を見ると、会社に属する全てのメールアドレス宛てにアルセーヌ・コガラシの犯行予告メールが届いていた。

・この事から推理すると、恐らくアルセーヌは己のターゲットとして、よりによってライアーを選んだのであろう。

セキュリティを破るのはアルセーヌにとって朝飯前だったが、彼にとってライアーは未知の存在だった。

ライアーを只の青い心臓だと思いこんだアルセーヌはそれを素手で盗み出そうとするが、ライアーは突如アルセーヌの顔に飛びかかり、彼を殺してしまう。

そしてライアーは施設を抜け出し、空腹感を覚えルスツリゾートへ侵入。己の本能が侭に食事を開始した(推測)。

・ライアーは喰うため以外にも、楽しむ為など高度かつ低俗な目的の為にも殺人を行う非道な存在である。


「ライアーが何者なのか…それは私の部屋に保管されているマニュアルに書いてある…。

鍵だ…受け取ってくれ…」


既に命が尽きかけている陽一から鍵を受け取る雅子。


「さぁ…

…私に……

…構わ…ず…行…け……ラ…イアーは…

…人…間の……油断……に…漬け込…


…ん……でく……る…」



陽一はその言葉を最後に、この世での生を全うした。

無言の雅子は涙も流さず、鍵を握り締めてその場を走り去った。


―3042号室内―

雅子は淡々とマニュアルに目を通していた。

「『…ライアープロジェクト。特秘名狼少年の心臓ウルフボーイズ・ハート…』


こんなものが…日本で…。


『計画概要…本計画の概要は「進化の限界速度を極めた生命体の創造」である』

進化の…限界速度?

んでー何々…

『「個体詳細」…

当個体はライアー―嘘吐きという名前の通り、全身の細胞が周囲全てに嘘を付く…つまり究極の変身能力を持つ生命体である…。

その変身対象は生物に限らず、無生物も可能である。

複雑な構造を持つ機械類への変身も可能だが、その機械として機能することは出来ない。

その姿は変幻自在であり、分裂すれば小さな物体に、膨張すれば巨大な物体にも化ける事が出来る』

うわぁ…じゃあ遊園地付きのリゾートホテルとか王国じゃん…。




『但し分裂は必ず複数に分かれなければ為らず、分裂したそれらの質量は同じでなくてはならない。

また体積15倍以上の大幅な膨張を行った場合、変身対象の物体の質量と感触を両立させる事は不可能となる。

また体積の40%程で有れば単一での縮小や、質量・感触を両立させた膨張が可能となる。

プラナリアを上回る再生能力を有し、物理攻撃を受けてもすぐさま身体を再構築する事が可能だが、それは身体の修復であり傷を癒すことではない。

傷を癒すためには膨大な量の栄養素が必要となるが、研究所では適当な餌を与えて育てていたため残念ながらどれほどの量で傷の治療が出来るかは不明。

更に寿命も極端に短く、残念ながら生命科学における永遠の課題「不老不死」が実現できたわけではない』


そりゃね。

って事は、危険は大きいけど寿命でくたばるのを待つってな最終手段もあるわけだ。

まぁ、そうは言っても寿命でくたばるまで何年も閉じこめていられる場所が必要だろうけど。


『変身可能な物体は個体と半個体に限られ、自身を液化させる事は出来ても液体・気体への変身は不可能。粒子にも変身可能だがその大きさは炭素原子を下回らない。

また火・酸・塩基・酵素系毒素には極端に弱い』


ガソリンで焼けっての?

そりゃまぁ、リゾートホテルにニトログリセリンやTNTが有るわけ無いし、ましてやオクタニトロキュバンなんて夢の又夢だものねー。


『致死或いはそれに満たなくとも一定以上負傷させると強制的に変身が解除されてしまう。

研究段階での初期状態の姿は直径50cm程で4本の血管に似た触手を持つ青い心臓の姿をしているが、脱出段階で怪盗アルセーヌ・コガラシを殺害し初期状態の姿として認識することに成功した模様である』




アルセーヌ・コガラシ死んだって聞いたけど…こんな真相だったのね…。



『また心臓形態のみ寄生能力を有し、動物の脳を支配することで生きているかのように操ることが出来る』…って怖っ!ライアー怖ッ!


『身体の一部が切り離されると、それを再び吸収しなくては元の質量に戻ることが無く、その分質量と体積を小さくしなくては為らなくなる。

これは一見長所に見えるかもしれないが、歴とした短所である。

何故なら質量と体積が小さいと言うことは、それだけ体内に保有するエネルギーの量が少ないと言うことと同義である。

保有エネルギー量が少ないほど、擬態の持続時間は低下していくため、見破られる確率が格段に上がる。

また身体の再構築速度も低下、傷を癒す為に必要な栄養分も大量に取らなくては為らない』


……よし。

とりあえず武器と安全の確保だね。あと居るかどうか分かんないけど生存者も出来れば探したいところ…」



女子大生、楠木雅子。

今の彼女は、地獄に咲く花弁にルシフェリンを有した一輪のカロライナジャスミンであり、暗黒の深海で光り輝く透き通る身体のクラゲとも言い表せる。

つまり、暗い中でも自分なりに光って明るくなろうと努力しているのだ。


彼女の戦いは、まだまだこれからだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ