さちとあやかしたち
問われたさちは、笑顔で答えた。
「はい。そこにじゃが芋がありますし、さちが一番好きなコロッケを召し上がっていただこうかと思っております」
「ころっけ……? たしか揚げ物と聞いたことはあるが」
「はい。本来は牛脂で揚げるのですが、他の油でもかまいません。ただ多めの油が欲しいのですが、油はどこから購入してきたらよろしいですか? あと豚肉とそーすも用意しませんと」
「そいつは、おいらに任せてくださいよ、おやびん」
竈がある土間の勝手口が、大きな音を立てて開けられた。坊主頭の少年がひょっこり顔を出す。少年といっても、普通の子どもではない。少年の目はひとつしかなかった。顔の中心にある、ぎょろりと大きな目玉が、さちを視覚に捉える。
「こちらの御方が、おやびんのお嫁様でやんすか? おいらは一つ目小僧と申しやす。どうぞよしなに。御寮さん、コロッケをお作りになるんで?」
見たことのない、一つ目小僧の異形な姿を、まじまじと見つめてしまったさちだった。
くるくると動く大きな目は、なぜか愛嬌があり、さちの心は綻んだ。
「御寮さん、見つめられたら照れるでやんす」
一つ目小僧は顔をほんのり赤くしながら、頭を掻く。
「あ、ごめんなさい。でも、あの『御寮さん』とは何ですか?」
「『若奥さん』のことでやんすよ。商家に嫁いだ花嫁さんが、そのように呼ばれていましたんで。若奥様のほうがよろしいですかい?」
「若奥様だなんて。私はさちです。ぬらりひょん様の元へ参りましたが、『様』と呼ばれるほど立派なものではありません。どうぞ、『さち』と呼んで下さいな」
さちは朗らかな笑顔で、一つ目小僧に言った。
明るい笑顔を向けられた一つ目小僧は、少しだけ戸惑ったようで、ちらりとぬらりひょんを見やる。
「おやびん、若奥さんがあのように仰せでやんすけど、いいんですかい?」
ぬらりひょんはかすかに微笑み、その場で腕を組んだ。
「好きなように呼んでやってくれ」
「へぇ、わかりやした」
ぬらりひょんは一つ目小僧の坊主頭に片手を置くと、ぐりぐりと乱暴に頭を撫でる。
「こやつは見ての通りの、一つ目小僧だ。わしを勝手に『おやびん』と呼んでおる。人間が作るものをつまむのが好きでな、いろんな人間の間を渡り歩いては、食べ物を恵んでもらっているというわけだ。器用なのはいいが、おかげで幽世に帰る機会を見失った大馬鹿者だ」
「馬鹿者はひどいでやんすよ。おいらは美味いものに目がないだけでやんす。美食家なんすよ」
「何が美食家だ。孤児に化けては食い物をもらっているだけだろうに」
やわらかな微笑みを浮かべ、一つ目小僧の頭を撫で回す、ぬらりひょんの姿にさちの顔も和んでいく。まるで兄弟のようだとさちは思った。
(他のあやかしに慕われているのね。ぬらりひょん様って優しい方だわ)
「さちさん、コロッケを作るなら、豚肉とウスターソースが必要でやんすね。おいら、ひとっ走りして買ってくるでやんすよ」
「一つ目小僧さん、お願いしてもいいんですか?」
「おやすい御用でやんすよ。代わりと言ったら何ですが、おいらもコロッケをひとつ、ご相伴にあずかりたいでやんすが……」
「もちろんです」
「おいら、揚げたてが食べたいでやんす!」
「こらこら、一つ目。調子に乗るな」
幼子が悪戯を咎められたように、一つ目小僧は舌をぺろっと出して頭を掻く。
「そうそう、揚げ物するなら油もいるでやんすね!」
一つ目小僧が声を発した時だった。
「そいつは、おれが用意してやろう」
一つ目小僧の背後から、蓑を着た男がひょっこり姿を見せる。優しげな顔をしているが、頭がふつうの男より大きく、彼もまた人ではないことがわかる。
「油すまし、来ておったか」
油すましと呼ばれた男は、肩に陶器の油瓶をぶら下げている。瓶をぶらぶらと揺らしながら、油すましはにやりと笑った。
「ぬらりひょんのところに人間の嫁が来ると聞いてな。ちょいと興味があって来てみたのよ。そしたら、ハイカラな料理を作るというではないか。おまけに油がいるという。おれの出番と思うてな」
「ふん。呼んではおらんわ。油だけ置いて去るがいい」
「つれないことを。せっかく祝いに来てやったのだなら、おれにも『ころっけ』とやらを食わせてくれ」
油すましは肩から瓶を下ろすと、自らの油瓶をさちに差し出した。
「ぬらりひょんの嫁御さんよ。驚かしてすまんな。おれは油すましだ。この油を使ってくれ。量は十分あるはずだ」
瓶を受け取ると、油瓶はずしりと重く、量は十分足りそうだった。
「ありがとうございます! おかげでほくほくの美味しいコロッケをお作りできそうです」
次々と現れるあやかちたちに少し戸惑ってしまったさちだったが、誰もさちを虐めたりしない。さちにとっては、それが一番嬉しかった。さちを怒らず、笑顔をみせてくれる。さちにとっては、何よりありがたいことだった
何よりあやかしたちのおかげで大好きな料理ができると思うと、さちの顔は自然と笑顔になる。
「すぐにお作りしますので、少しお待ちくださいね!」
さちの元気な声が、土間の台所に響いた。
ぬらりひょんの屋敷の台所は、さちの声に応えるように、きらりと輝いてみせた。