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ぬらりひょんのぼんくら嫁~虐げられし少女はハイカラ料理で福をよぶ~  作者: 蒼真まこ
第四章 対決と終い

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対峙

 月の光が雲に遮られながらも健気に闇を照らす夜、九桜院家の屋敷では、蓉子が鏡台で長い髪をとかしていた。黒髪はとかすほど艶やかさが増し、蓉子の妖しい美しさをより際立たせている。


「蓉子様、御報告がございます」


 蓉子の背後に、膝をつくものがいた。おかっぱ頭には猫の耳、ひょろりと長い尻尾。

見た目は愛らしい少女のような姿であったが、耳と尻尾から人間ではないことがわかる。


「なぁに、猫又(ねこまた)ちゃん、何の話なの?」

「秘かに見張っていた、ぬらりひょんの屋敷に、入り込めなくなりました。入ろうとすると、一つ目小僧やろくろ首らに見つかり、追いかけられてしまうのです」

「あら、それは残念ね」

「どうやら、あたしの正体を見破れてしまったようです。ずっと猫の姿を保っていたので、これまで気付かれることはなかったのですが」

「そのようね。いずれ結界か何かを張られてしまうかもしれないわ」

「今後はいかがいたしましょう?」

「しばらくは控えていてちょうだい。何かあったら、また指示を出すわ」

「わかりました。蓉子様。それで、あの……」

「なぁに、猫又ちゃん。まだ何かあって?」


 猫又と呼ばれた少女は、恥ずかしそうに、もじもじと尻尾をくねらせている。調査の報告をしていた凛々しさはどこかに消え失せていた。


「あのぅ、蓉子様。ずっと見張っておりましたので、頑張りましたので……。そのぅ、ごほうびを、いただけないでしょうか……?」

「ああ、そうだったわね。猫又ちゃん、こちらへおいでなさい」


 蓉子が呼ぶと、猫又は嬉しそうに彼女の足元へ飛びこんでいった。

 猫又の少女が蓉子をおそるおそる見上げると、蓉子は猫又の喉をゆっくりと撫でまわしていく。猫又の少女は、ごろごろと喉を鳴らし、うっとりとした表情を見せている。


「ああ、蓉子様。お美しい蓉子様。蓉子様に喉を撫でていただくのは、至福の喜びでございます……」


 猫又の少女は蓉子に喉を撫でられるのが、何よりのごほうびだった。今日は喉だけでなく、頭や耳元まで入念に撫でられ、猫又少女は恍惚(こうこつ)の表情を浮かべている。


「さぁ、これで満足したかしら。猫又ちゃん。今晩はゆっくりお休みなさい。ああ、猫の姿に戻ることも忘れずにね」


 猫又の少女が、にゃん! と鳴くと、少女の姿は消え失せ、ごく普通の猫の姿が現れた。


「可愛い子ね。これからもわたくしのために、情報を集めてきてちょうだい」


 ただの猫となった猫又が、にゃん! と鳴いた時だった。

 

「フーッッ!!」


 猫となった猫又が、突然うなり声をあげ始めた。全身の毛を逆立たせ、怖ろしそうにうなっている。


「あら、お客様が来たようね。うなるのをお止めなさい、猫又ちゃん。心配しなくてもいいわ。そろそろおいでになる頃だと思っていたから」


 洋室のバルコニーの窓が音もなく開いた。カーテンが風にあおられ、ゆっくりと姿を見せる者がいた。巨大な頭をもち、好々爺(こうこうや)のような姿をした、ぬらりひょんである。


「ようこそいらっしゃいました、ぬらりひょんさん。お待ちしておりましたのよ」


 蓉子はさして驚く様子もなく、ぬらりひょんを迎え入れる。


「ほう……わしを待っていてくれたのはな。それはありがたいことだ」


 ぬらりひょんもまた、飄々(ひょうひょう)と返事をする。


「あら、今日はその御姿ですの? 若武者のような凛々(りり)しい姿を期待しておりましたのに」


 ぬらりひょんはわずかに眉をひそめた。どうやら、ぬらりひょんがいくつもの顔を持つことも知っているようだ。


「期待に添えなくてすまんのぅ。人間でもあやかしでも、心にやましい感情をもつ者と話すときは、この姿と決めておるのよ」


 今度は蓉子が少しだけ険しい目を見せたが、すぐに優雅に微笑んだ。


「まずはお座りになって。立ち話もなんですから。たいしたおもてなしもできませんけど」

「もてなしなどいらんよ。とりあえず座らせてもらうか」


 猫又の少女にお茶をもってくるよう指示すると、蓉子は洋式のソファーに腰掛け、ぬらりひょんを手招いた。軽く頷いたぬらりひょんも、ゆっくりとソファーに腰を下ろす。


 ぬらりひょんと九尾の狐。

 共に強い力をもつふたつの存在が、九桜院家にて対峙していた。


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