おりんという女
次に目を覚ましたとき、横になっているさちを心配そうにのぞき込んでいたのは、おりんだった。
「あ、起きたかい? 大丈夫?」
透き通るような白い肌に美麗な容姿は、姉の蓉子を思い出させる。
(きれい……お姉様みたい……)
しばし状況を理解できなかったが、伸びた首で体を締め付けられた恐怖が脳裏に浮かび、さちは慌てて飛び起きた。
「きゃああ!」
「あ、急に起きたら駄目だよ」
部屋の隅に逃げ込み、さちは震えながら、おりんを見た。するとおりんはその場で、さちに向けて土下座をしたのだ。
「申し訳ありませんでした!」
「え……」
意味がわからず、きょとんとするさちだった。おりんは頭を下げたまま顔をあげようとしない。
「さちさんだったね、あんたの事情をぬらりひょん様から聞いたよ。一つ目小僧にも油すましからも怒られたよ。理由も聞かず、突然あんなにひどいことをして、本当に申し訳ないと思ってる。ほら、あたしって慌てものだから……って、ごめん、いいわけだよね。ほんっとに、ごめんなさい!!」
おりんはひたすら詫びながら、何度も頭を畳に叩きつけていく。呆然とするさちの目の前で、ひたすら詫び続けるおりんに、何を言ったらいいのかわからない。
「えっと、あの、おりんさん、もういいです、から……」
「本当にごめんなさいっ!!」
さちの声が聞こえないのか、おりんはなおも謝り続ける。なんともいえない居心地の悪さに、さちは詫び続けられる側の気まずさを思い知る。
(ぬらりひょん様もこんな気分だったのだわ。だから、私が謝り続けると不機嫌になられたのね)
むやみに謝られることを嫌うぬらりひょんの気持ちを、初めて理解できたさちだった。
「あの、おりんさん!」
今度は少し大きめの声で、おりんを呼ぶ。
「え?」
さちの声に驚いたのか、おりんはようやく顔をあげた。うっすらと涙がにじむ、おりんの目元を見て、心から申し訳ないと思ってくれていたのだと知る。
「おりんさん、謝罪はもう結構ですから。お気持ちはよくわかりました。私のことをわかっていただければ十分ですよ」
さちは精一杯笑って伝えた。とても怖い思いをしたが、心から詫びてくれるなら、もうそれでいいと思う。九桜院家では姉の蓉子以外、自分に謝ってくれる者などいなかったのだのだから。
「本当に? 許してくれるかい?」
おずおずとこちらの様子を伺うおりんの姿に微笑みながら、さちはおりんの近くまでいき、腰を下ろした。
「ええ。もう二度としないと誓っていただければ。おりんさん、とても怖かったですもの」
おりんはようやく笑顔を見せた。
「これでもあやかしの、はしくれだからね、人を怖がらせるのは得意だよ! ……っていばることじゃないね。本当に悪かった。九桜院家の人間と聞いて、さちさんをぬらりひょん様に押し付けていった、と思ったから。なんて勝手な人間と思ったら、無性に腹が立ってね」
さちは不思議に思った。なぜ九桜院家が勝手に押し付けたと思ったのだろう? 九桜院家とぬらりひょんは、契約婚で成り立つ関係と聞いているのに。
「九桜院家の娘は、代々ぬらりひょん様に嫁いでいたと聞いてますが……」
「それは昔の話だろ? そもそも、ぬらりひょん様は嫁をもらいたがる方ではないし」
「え? でも女好きで、女の人をもて遊んだあげく、いずれは食べてしまうって……」
おりんは目を丸くして、突如笑い出した。
「それは人間たちが勝手に作った話さ! もしも人間を喰う方だったら、あんたを嫁として大事にしてないだろ?」
さちにとって、初めて聞く話だった。たしかに、ぬらりひょんが人を喰うことを好むなら、とうにさちは喰われていたことだろう。
「で、でも、ぬらりひょん様は、『おまえの体がふっくら丸くなったら、心も体も美味しくいただく』って初めてお会いした時に言われましたけど……あの方になら喰われてもいいかな、って、わたし……」
おりんは笑うのをぴたりと止め、顔をさちのほうへ寄せ、耳打ちした。
「そりゃあ、あんた。それは、『寝所で』ってことだろ? ぬらりひょん様と同じ布団で、毎夜仲良く寝てるんだろ?」
さちの耳元に囁いたおりんは、うふふと楽しそうに笑った。




