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wink killer 天界編  作者: 優月 朔風
第一章 消えゆく魂
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第五話 崇拝の対象は

 任務の説明を受けるため、隊長室に呼び出された私とリルの二人は、今回任務を共に遂行する仲間のシナと最悪の出会いを果たし、現在に至る。

 相変わらずリルとシナは喧嘩を続けており、それをなだめる隊長にも、そろそろ疲弊の色が見えてきていた。


 (隊長も大変だなぁ……)


 そんな中、私は二人の間に割って入る役割をすっかり隊長に押し付けたまま、ぼんやりと部屋を見渡していた。


 (それにしても、この部屋は相変わらず変わってないな……)


 部屋の至る所には「あの方」のポスターやら女神像やら(それと、どこから入手したのかは分からないが、「あの方」のミニフィギュアなんかも)が配置され、隊長の机には彼お手製の「あの方」ブロマイドがズラリと並んでいる。


 そう、我らが治安取締部隊隊長――死神ルイは、重度のアイドルオタク、もとい、「あの方」のファンなのである。


 いつもどこか気怠げで、怠け癖のある冴えない隊長。

 「現場の労働は過酷だからもう行きたくねぇなー」と宣い、いつも部屋に閉じ籠ってはぐーたらと過ごして机の上に積み上がった書類すら片付けようとしない怠け具合に思わず目を見張るものがある、そんな隊長。


 しかし、「あの方」のこととなると目の色を変え嬉々として語り出すので、その勢いの落差に周りの隊員は思わず困惑(ドン引き)している。


 どこで撮影したのか分からない「あの方」の写真の切り抜きを加工してはいつも肌身離さず持ち歩いているし、暇さえあれば「あの方」のブロマイドをうっとりと眺めては、何やら語りかけている。

 そこまでくると、もはや彼女が好きだとか推しだとかそういう次元ではなく、崇拝しているという感じがする。


 (やっぱり、隊長は変わってないなぁ)


 久々に訪れたこの部屋も、隊長自身も、昔のままで。

 面倒くさいと言いながらも二人をなだめる彼の姿を目にしたとき、どこか懐かしい感情が込み上げてきた。


 我らが治安取締部隊隊長は、隊員の一人一人をいつも気に掛けてくれている。

 そんな部下想いで優しい彼を、私は尊敬していた。


 あの時も、私は隊長に支えられて前を向くことができた。


 それは、前回リルと任務を共にした時のこと。

 私は、いつも彼女に助けてもらってばかりだった。


 あの時も、リルがいなければ私は何もできなくて、

 任務をこなせたのも全て、彼女がいたからで、


 自信を失くしていた私に、彼は気がついてくれた。

 隊長はたった一人の隊員のことを、気に掛けてくれる優しい人だった。


 《俺だって、自信なんてないさ》


 それは、いつものような気怠げな表情で、


 《それでも、お前らがこんな俺についてきてくれるからなぁ》


 四十路手前の隊長は、頭を掻きながら、


 《こんな俺だけど、何かできることがあるのかなぁ、なんて考えちまうんだよな》


 照れくさそうにそう言って、はにかんだ。


 続けて「もちろん、前に『あの方』が頑張れって言ってくださったのが一番の自信になっているんだけどな!」と付け加えたのが相変わらずの隊長らしくて思わず笑ってしまったのだが。

 そんなところも含めて、飾らない隊長の優しさに救われた自分がいて。


 いつもお手製のブロマイドに語り掛けている残念な隊長だけれど、

 他の隊長と比べてあまり隊長らしくない隊長だけれど、


 私にとっては、彼は一番の隊長だ、と思う。

 ……なんて、久々に隊長に会ったせいか、何だか懐かしいことを思い出してしまった。



 「まあ、お前らは治安部としてよくやってくれてるからな。それがあって、三人とも今回のメンバーに選ばれたってことだろ」

 「フン、この俺が英雄的精鋭部隊として選ばれるのは当然だな」

 「なっ、私が選ばれるのは当然として、何でこんな奴が!」

 助けて。このメンバー、キャラが被って喧嘩してるよ。

 「だから言ったろ、俺が決めた訳じゃないんだって。今回は『あの方』直属の『連絡係』様からのご命令だからな」


 隊長はハァ、とため息をついてから、「直に『連絡係』――ケト様もいらっしゃるだろうから、ちゃんと心して聞けよ」と釘を刺した。

 それから、主にリルとシナの二人をジトリと見やってから、言葉を続けた。


 「お前ら、俺の話を聞かないのは構わないが――ケト様には、あんまり失礼しない方が身のためだぞ」

 あ、隊長さんはそれで構わないのね。


 大して身のしまってない返事が二人から返ってくる中、隊長は改めて私達の任務と「連絡係」様について、説明を続けた。


 「お前らを含め、俺達『治安部』が何のために存在しているかは分かってるよな」


 当たり前、と得意げな表情を浮かべたのは王子様で、馬鹿にするなと顔をムスッとしかめたのはリルだった。


 私達、治安取締部隊――通称「治安部」に所属する死神達は、天界の平穏を脅かし得る様々な脅威から天界を守るため、それから、「あの方」とそのご意思を守るため、日々任務をこなしている。

 治安取締部隊は、宮殿直轄部隊と地区部隊とに分かれており、地区部隊は各地区の治安維持をその仕事としているが、私達の所属する宮殿直轄部隊は、ある特定の事案を取り扱うことになっている。


 宮殿直轄部隊の取り扱う事案――それは、“特別牢獄”行きとなる罪人を捕えること。


 宮殿には、総督直轄の特別な牢獄がある。

 そこには天界の平穏を特に乱した者――「あの方」のご意思に背く者が、収容される。


 その牢獄に入る罪人は記憶を消され、暫くの刑期を終えたのち、天界のあるべき住人として、今までとは違った新たな道を歩むことになっている。


 もう二度と、定められたレールから道を外れることがないように。


 「分かっていると思うが、『あの方』の微笑みを守れるか否かは、お前達に掛かっていると言っても過言ではないんだぞ!」


 ものぐさな隊長の言葉に突如熱がこもったかと思えば、案の定、いつの間にやら握りしめていた切り抜き写真に何やらブツブツと話しかけ始めてしまった。

 その様子を見て、リルは呆れたようにハァ、とため息をつき、私は「またスイッチが入ったな」と思いながら思わずクスリと笑ってしまった。

 ちなみにシナはというと、何が起きたのかイマイチ理解していない様子であった。


 でも、隊長の言う通りだ。

 何もなかった私達に存在意義を与えてくれた「あの方」のために、自らの使命を果たしたい――その思いは、どんな形であれ皆が持っている。


 それでも、私には自信がなかった。

 成績も悪い臆病な私が、優秀なリルと一緒の部隊に配属されたのは、持ち前の精神エネルギーが膨大であるという理由で適性判断が出たから。


 ――ひとえに、それだけの理由に過ぎないのだ。

 それ以外に、こんな私に価値がある訳でもなく。


 ……それでも、私だって。


 《俺だって、自信なんてないさ》

 《こんな俺だけど、何かできることがあるのかなぁ、なんて考えちまうんだよな》


 こんな私だって、大切な人を守れるようになりたいから。

 だから、今回こそは、守ってもらってばかりの私にだって、何か――。


 「それに、さっきも言ったが、今回は『連絡係』のケト様から直々の指令だからな。くれぐれも面倒事だけは起こすなよ?」


 宮殿直轄部隊の仕事は基本的には地方部隊からの連絡を受け応援に向かうのだが、加えて「連絡係」様からのご命令を受けて任務を果たす場合がある。


 私達の直接の上長は隊長になるが、その上には「連絡係」様、さらに「あの方」お付きの「秘書」様がいる。

 「連絡係」様は複数名いて、彼らは「あの方」と私達を繋ぐパイプ役を果たし、象徴としての「あの方」に代わって司令塔のような役割を果たしている。


 「あの方」が天界の心臓なら、「連絡係」様は天界の頭脳、といったところだろうか。


 「もうすぐケト様がそこの扉から入ってくるから、そしたらちゃんとお辞儀するんだぞ? ケト様は俺達よりもずっと長く『あの方』に仕えてらっしゃるんだか――」


 隊長がそこまで言ったところで、部屋の扉がキイ、と音を立てて開いた。

 恐ろしくタイミングが良過ぎるような気もしたが、ここで入室する人物となると、ただ一人しか思い浮かばなかった。


 (ケト様――直接お会いしたことはないけど、一体どんな方なんだろう……)


 緊張が走る三人。

 しかし、そこに現れたのは――


 「呼びました? それより、余計なこと教え込まないでくださいよ、ルイ隊長」


 私達が想像したよりもずっと若くて――天使のように愛らしい、少年だった。

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