表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
wink killer 天界編  作者: 優月 朔風
第一章 消えゆく魂
2/34

第一話 可憐な桃の花のように

 ハッと目を覚ました私は、思わず飛び起きた。

 そこには、いつもと同じ景色が広がっていた。


 窓から差す朝の陽ざし。

 肌を包み込むのは、綿素材の軽くて手触りの良い布団。


 少し上を見上げると、質素な木製の二段ベッドの裏側と――上のベッドの端からこちらを覗き込む、薄桃色のツインテール。


 「おはよ、タミ。やっと起きたのね」


 彼女は呆れた口調で「もう少しで遅刻ギリギリだったじゃない」と零しながら、二段ベッドの上からふわりと身を翻し、一瞬青い光に包まれ姿を消したかと思えば、緩やかに地面へと着地した。

 彼女は私をチラリと見やってから、澄ました顔で「怖い夢でも見たの?」と尋ねた。


 「まぁ、ね……またいつもの夢だった」

 「……あら、そう」


 ――また、“あの夢”だった。


 ここ最近の私が悪夢にうなされて目を覚ますことは、珍しい事じゃなかった。

 見るのはいつも決まって同じ夢。

 夢の中の色が、音が、感触が、未だにリアルな感覚として身体に残っている気がする。


 不気味で仕方がない。

 ただでさえ――私には“あの時”以前の記憶がないというのに。


 未だに小刻みに身体が震えるのを抑えながら、私は不安を誤魔化すように笑ってみせた。


 「ねぇ、リル。寝覚めが悪いからもう一回寝直して良い?」


 少し引き攣った笑みを浮かべながら、私は「じゃあ寝るね」と言って布団に手を掛けた。

 こうなったら、良い夢が見られるまでチャレンジしてやる。


 「ねぇ、バカなの? 遅刻ギリギリって言ったよね?」

 「部屋出る五分前に起こしてくれればいいから。私は再チャレンジします」

 「な……!」


 もぞもぞ、と布団に潜りながら「おやすみ~」と呟く。

 でも、やっぱり怒られた。


 「起きなさい!!!!」


 左耳元で大きな爆発がしたかと思えば、それ以降小一時間ほど、私の左耳はログアウトしたまま帰ってこなかった。


  ☆★☆


 「しっかりしなさいよ。今日からこの私と組んで合同任務なんだから。足、引っ張らないでよね」

 「はい。くれぐれも精進いたします……」


 ここは「天界」と呼ばれる世界の、宮殿直轄部隊の「死神」が集まる女子宿舎の中。

 質素な木造りの部屋は二人部屋になっていて、私の部屋の相方は、今目の前で私を説教中である。


 彼女――死神リルは、不満げに組んだ腕の上で、桃の花を思わせる可憐な髪をくるんと遊ばせている。

 ラベンダー色の瞳がこちらを見つめているが、そちらからは「気合入れろ」というささやかなメッセージが読み取れた。


 (そういえば、私まだパジャマのままなんだよね……)


 私は木製の椅子に座りながら、ぼんやりと着替えのタイミングを伺っていた。

 起床するなりリルの説教が始まってから、かれこれ十五分ほど経過しているような気がする……。


 (それにしても、リルはいつも早起きだなぁ)


 件の彼女は既に着替えを終えており、死神用の黒いコートに身を包んでいた。


 彼女は膝下まである長い革製のコートを身に纏いながら、その中からはチラリと細い足が覗いている。

 コートの隙間から垣間見える漆黒のミニスカートは、まさにお洒落上級者の彼女らしい死神スタイルだった。


 (……今日は「大人可愛い」路線で行くんだ)


 遥か昔から、死神の装束は決まっている。

 黒いコート。それに、全身に纏う服は黒一色。

 先代の、そのまた前の総督のときから、この装束は変わらないまま――って、養成学校で習ったっけ。


 でもそれ以外は自由だから、女子は結構オシャレしてる子が多い気がする。

 私はミニスカはチャレンジできないけど……リルは足綺麗で許されるから、いいよね。


 「前回は私がアンタのこと助けてあげたから何とかなったけど、今回は失敗が許されないんだから……って、ちょっと! 話聞いてる?」

 「えっ。あぁ、うん。もちろん、聞いてるってば」

 服装もオシャレして気合入れないと、って話だよね?

 「……聞いてないじゃない」


 そろそろ着替えないと、と立ち上がってから、私は服に袖を通した。

 ミニスカートの代わりに、膝丈ほどの黒いスカートを穿いて。

 身支度をしてから、壁に掛けてあったコートに手を伸ばしたとき、横目にチラリと窓の外の景色が映った。


 「ちょっと、窓開けていい?」


 一言、彼女に声を掛けてから木枠の窓を開けると、外からそよ風が中に吹き込んできた。

 窓の外には、広大な景色が広がっていた。


 (綺麗……)


 手に取れそうなほど近くの、夏の雲。

 大地に広がる若葉色は、所々で黄色や橙と混ざりながら、陽の光を浴びて生き生きと色づいていた。


 ふと、遠くの水面に視線を移す。


 透き通ったガラス細工のような水色に、頭上から降り注ぐ虹の光が色を落としている。

 その奥に広がる街の景色が、水面に映ってゆらゆらと揺れている。


 外の風景をぼんやりと眺めながら、ふと、先程のリルの言葉が蘇った。


 《前回は私がアンタのこと助けてあげたから何とかなったけど……》《って、ちょっと! 話聞いてる?》

 《えっ。あぁ、うん。もちろん、聞いてるってば》


 本当は、聞こえていたんだ。

 でも、それは私が一番よく理解しているから。


 ――私は、いつもリルに助けてもらってばかりだ。


 養成学校の時から、ずっと。

 出来の悪い私を、リルはいつだって見放さずに助けてくれた。


 《貴方に授けた力は、きっと――貴方の大切なものを守ってくれるでしょう》

 《どうか私と一緒に、この天界を守ってください》


 これは、私の最初の記憶――「あの方」から貰った言葉。

 それ以来「あの方」に会ったことはないけれど、彼女の言葉はいつまでも――私の心に「色」を灯してくれる。


 この景色のように。

 この降り注ぐ、虹の光のように。


 (でも、いつだって私は守ってもらうばかりで)


 それでも、いつか。

 私にも、大切な人を守れる時が――



 《私はお前を絶対に許さない……この》

 《ヒトゴロシ》


 その瞬間、不意に耳元で聞こえた言葉に――ドクン、と胸が脈打ち、息が止まるような思いがした。



 「そろそろ食堂に行かないと、朝食抜きになるわよ?」

 「ごっ……ごめんごめん、あはは、もう出るから」


 既に廊下で待つリルが「早くしろ」と急かす声が聞こえたので、私は申し訳ない心持ちで苦笑しながら、急いで窓を閉め、部屋の鍵を掛けた。

 食堂へ向かいながら、私は引き攣りそうになる笑顔を隠すことで精一杯だった。


 気を抜くと、自分の両手が真っ赤に染まってしまうような気がしたから。


 ――“あの夢”のように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ