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wink killer 天界編  作者: 優月 朔風
序章 それは、紛れもなく
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第零話 それは、紛れもなく

 それは、下界時間において約三十年前のこと――。


 ある事件が、人々を恐怖に陥れた。

 それは、人間が次々と、不可解な死を遂げていく事件。


 《どうしてだ! 何故被疑者が死亡している!》

 《まさか……また例の……》  《くそっ、やられたか……!》

 《もう嫌だ……もう帰らせてよ……!》

 《きっと……俺も殺されるんだ……》 《お願いだ……どうか助けてくれ……!》


 死因も、凶器も、殺害の動機も。

 何一つとして分からない、不可解な事件。


 その犠牲になる者の多くは、死亡時に何らかの凶器を持っていたり、誰かを傷つけようとする意思を持っている者だった。


 殺意を持った者を裁き、事前に被害を防ぐ「救世主」、あるいは「神」――

 中には――その犯人をそう呼ぶ者も居た。


 《証拠を一切残さないことなんてできるはずがない。それに、殺意や悪意を持った人間を認識して殺害するなんて、人間にできるはずがない》

 《それができるとするなら、この事件の犯人は――あるいは、神に近い何かなのかもしれない》


 人智を超えた不気味な事件に、犯人を追う者は一人、また一人と減っていった。



 やがて、一連の不審死事件の犯人が判明した。


 人の手によるものとは思えないその事件の犯人は、

 とある一人の少女だった。



 《何とか言えよ、連続殺人犯》

 《――娘を殺したのは、お前なんだろ?》


 しかし、

 犯人を特定した最後の一人も、

 やがてその命の灯を失うこととなった。



   ――ドウイノ ナイ コクソヲ シタモノ ハ


   キョウハンシャノ テニヨッテ コロサレル


   ソレガ コノゲーム ノ ルール。



 少女は多くの罪を犯し、そして最期に、自らその生命を絶った。


 目を覚ました少女は、「あの方」の前にいた。

 そして、生前の記憶を失った少女は、天界を統べる「あの方」に告げられた。




 これは、契約。

 罪深い少女は、その生前の記憶を封印された。

 そして今後、「死神」として、その身を「あの方」に捧げるのだ、と――。




wink killer 天界編


第零話 それは、紛れもなく




 光。

 私が初めて見た景色は、光に包まれていた。


 真っ白な世界の中で、天から差し込む光の柱の下に、私は佇んでいた。


 「…………」


 ここは、何処だろう。


 私は誰で、

 私は、何処から来たのだろう。


 温もり。

 目の前の人物が私の頬に触れる。


 温かくて優しい手。

 金色の光の粒が、私を包み込んでいく。


 彼女の柔らかな微笑みは、真っ白で空っぽだった自分に、初めて光の色を灯した。

 真っ白な地面に零れた絵の具は周囲に広がっていき、様々な色へと変わっていった。


 白一色だった地面には虹の花が咲き、

 何もなかった天には青い空が広がっていく。


 陽の光を浴びて輝く一面の花畑の中で、目の前の彼女は優しく微笑んだ。

 爽やかな風が吹き、彼女の金色の髪がサラサラと風に揺れた。


 ゆったりとした大きな白いローブを身に纏った彼女は、女神様のように穏やかな微笑みを湛えている。

 ふと、チラリと地面を見やると、水溜まりに自分の姿が映っていた。


 青空の下、黒いコートを纏った人物の姿がそこにはあった。

 短く切った栗色の髪と同じ色の瞳が、じっとこちらを見つめていた。


 《貴方の名前は、タミ》


 彼女は私に、名前を与えた。


 《貴方に授けた力は、きっと――貴方の大切なものを守ってくれるでしょう》


 彼女は私に、力を与えた。


 《貴方は死神――》


 彼女は私に、使命を与えた。


 《どうか私と一緒に、この天界を守ってください》


 ぼんやりとした景色の中で、彼女の微笑みは眩しく、崇高に映った。


 自分が何者かすら分からない――記憶を持たない、空っぽだった私に、彼女は意味を与えてくれたから。

 空っぽで、真っ白だった私の世界は、今――虹の光に包み込まれ、色に溢れている。


 「私は……」


 目の前の彼女は、途切れてしまった映像のように、口を開くことはなかった。

 自分に色を与えてくれた彼女に、何かお礼を言いたい――そう思って手を伸ばそうとしても、その手が彼女に届くことはなく、空しく宙を掴むだけだった。


 「私は……あなたのために、何か――」


 そこまで言いかけた瞬間、私は気がついた。


 目前の彼女の、細くて華奢な手足に。

 女神様の、弱々しく今にも崩れてしまいそうな、その笑顔に。


 近くにいるのに手の届かない彼女は、何も言わずただ微笑んでいた。


 色を取り戻した世界の中で、青い空から七色の光が降り注ぐ。

 彼女を包み込む淡い光の粒はシャボン玉のように次々と色を変えていたが、やがて透明になって弾けて消えていった。


 「あ……」


 私は理解した。

 女神様の微笑みは儚く、脆いものなのだと。


 《我々死神は、「あの方」を守るために存在している》

 《それが我々の使命だ》


 ドクン、と胸が跳ねた。

 突如聞こえてきた誰かの言葉が、私を強く突き動かす。


 「守らなきゃ。あなたを……」


 《貴方に授けた力は、きっと――貴方の大切なものを守ってくれるでしょう》


 「大切なものを……私が……」


 《貴方は死神――》

 《我々死神は、「あの方」を守るために存在している》

 《どうか私と一緒に、この天界を守ってください》


 《それが我々の使命だ》


 「それが、何もなかった私の存在理由――」


 気がつけば女神様の姿はなく、

 真っ白で何もなかった私の世界には、一面に虹の花だけが咲き乱れていた。


 光。

 私が初めて見た景色は、光に包まれていた。


 私に温もりを、色を与えてくれた彼女の姿はもうそこにはなかったが、

 私はただひたすら繰り返した。


 私は、何故「死神」となったのか。

 自身に記憶がない不安を掻き消すように、ひたすら繰り返し、自分に言い聞かせた。



 ――自分の、存在意義を。


 「守らなきゃ。『あの方』を……この世界を」



 ――自分の、存罪意義を。


 「ま、も……らな、き……ゃ……」



 ――自ブンの、存ザイイ義ヲ。




 全ては虚構に過ぎない。


 気がつけば、偽りの光は途絶え、周囲の景色が静止していた。

 世界からは色が失せていき、一面に白と黒だけが広がっていく。


 《我々死神は、「あの方」を守るために存在している》


 誰かの言葉が、私を支配する。

 灰色になった世界の中で懸命に咲き続ける虹の花の最後の一輪は、今にも光を失いかけていた。


 「守……らな……きゃ……」


 最後の光に手を伸ばす。

 しかし……伸ばした手は届くことなく、ガラスの花は突如ひび割れ、世界はピシリと音を立て――やがて粉々に砕け散った。



 砕け散った世界の破片が、様々な模様を映し出した。


 初めは規則的に並んでいた綺麗な模様も、

 次第にその序列を乱していき、


 終いには――何も映さなくなってしまった。




 気がつけば、私の周りからは光が消え去っていた。


 辺り一面に広がっていたのは、真っ赤な池。

 池の面に、ゆらゆらといくつもの灯籠が浮かんでいる。


 今にも消えてしまいそうな微かな灯り達が、どす黒い水面をあかあかと照らしている。



 どこからか、誰かの足音が聞こえた。

 心臓の鼓動が、強くなっていく。


 ――ピチャン、ピチャン。


 足音が少しずつこちらへ近づいてくる。

 音が大きくなる度に、全身に危険信号が鳴り響いた。


 冷や汗がじっとりと肌に纏わりつくのを感じた。

 呼吸が浅くなる。

 顔は火照り、冷たい水がタラリ、と耳の横を流れる。


   ――ピチャン。


 その瞬間、足音が止まった。

 心臓が破けそうなほど、ドクン、ドクンと耳元で強く拍動する。


 そして、しばらくの沈黙の後――

 “何か”が、私の腕を掴んだ。


 「……ひっ」


 咄嗟に後ろを振り返ると――そこには同じ年くらいの女の子の姿があった。

 二つ結びの髪。真っ赤に充血した瞳が、こちらを見ている。


 ふと、掴まれた腕に視線を落とすと――

 彼女の指――剥がれ落ちた爪先から、血が滴り落ちていた。


 そして彼女は、乾いて千切れた唇で、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


 「た……す……け……て……」


 全身が硬直する。

 口を開き、思わず叫び声を上げそうになったその瞬間――どこからか、乾いた笑い声が聞こえた。


 冷たく響き渡るその声は――



 「目障り……消えてよ」


 それは、紛れもなく――自分のものだった。



 混乱する間もなく、私の身体は彼女の手首を振り払い、彼女の身体を突き飛ばしていた。

 景色が目の前を素通りしていき――まるで、遠い出来事を眺めているかのような感覚がした。



 乾いた笑い声が、真っ赤な世界に響き渡っていく。



 脈拍は落ち着きを取り戻し、気がつけば私の中から「恐怖」は消え去っていた。

 そして私の心に僅かに伝わる感覚に――私は絶望した。


 「やめて……殺さないで……」


 バランスを崩し倒れた彼女が、池の中から縋りつくように私の足を掴んだ。

 赤く染まった瞳が、こちらをジッと見つめている。


 何とかして助けないと――

 そう思った。


 ……筈だった。


 しかし、その意思とは裏腹に、私の足は容赦なく、縋りつく彼女の手を蹴落としていた。

 それはまるで、生ゴミでも扱っているかのような。


 腐りきった彼女の手が、ボロボロと崩れていく。

 彼女の悲痛な叫び声が、何もない空間にこだましていた。


 ごめんなさい――

 しかし、そう思った私の口から零れたのは、


 ただの「高揚感」だった。


 私の心に微かに伝わるその感覚に絶望する。

 喉の奥から零れ出る低い笑い声は、とても自分のものとは思えなかった。


 ――思いたく、なかった。



 薄暗い灯籠の灯りが、一つ、また一つと消えていく。

 血の池の中から幾つもの人間が現れては、彼らの手首が私の足を掴む。

 そしてその度に、私を引き摺り込もうとする彼らを、私の身体は躊躇いもなく蹴落としていった。


 自分の意思とは関係なく動く身体が、まるで機械人形のように。



 《貴方に授けた力は、きっと――貴方の大切なものを守ってくれるでしょう》

 《どうか私と一緒に、この天界を守ってください》


 ああ、いつか誰かがこんなことを言っていた気がする。

 でも、私には……。


 私には、そんなこと――



 「あんた……人間じゃないよ」


 一つの、正義感に満ちた真っ直ぐな瞳が、こちらを見てそう言った。

 彼女は周りの惨状を目にしてもなお、真っ直ぐに私を見て言った。


 「私はお前を絶対に許さない……この、」


     ヒトゴロシ。




 気がつけば、辺りにはシンとした静かな空間だけが広がっていた。

 崩れた人々の山はもはや何処にもなく、自分以外誰一人としていなくなっていた。



 真っ暗な世界の中、行くあてもなく、私はゆっくりと歩を進めた。


 ――ピチャン、ピチャン。


 冷んやりとした空気が肌に触れ、灯籠ゆらめく赤い水面を、頭上に輝く大きな白い月が照らしていた。


 《あんた……人間じゃないよ》


 ふと、そう言った彼女の正義感に満ちた眼差しが思い出され――

 くつくつと込み上げる笑い声を抑えながら、煌々と輝く月に照らされた私は、静かに呟いた。



 「だって私は――『死神』だもの」

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