その31
誤字報告いつもありがとうございます。
─ギルドマスター執務室─
「おいちょっと待てっ!」
パタン
声をかける暇もないくらいの速さでアリシア嬢が部屋を出て行ってしまった… これは失敗したか、ちゃんと事情を話して協力体制を取る方が正解だったのか。
今の速さを見るに、追いかけても追いつかないだろう。まぁ泊まっている宿は分かっているから後で話を通した方が良いだろう、あの顔は間違いなく水晶に触って来る気だ。
しかし、この町に来てまだ7~8日だろう? その僅かな時間で迷宮を攻略してしまうとは、使徒とやらの戦闘力は計り知れないな。
見た所間違いなく貴族令嬢だろうから、今後の取り扱いは注意しないとダメだな。まずは機嫌を損ねないように交渉していかないと… 交渉人を誰にするか。
ギルドマスターは、山のように積まれている書類仕事を放り投げてギルドを出た。向かう先は自宅なのだが、今日非番の妻が家にいるはずだ。
妻はギルドのサブマスターの職に就いていて、主に頭脳労働を担当しているのだ。女性にしか分からない何かが命運を分けるため、ここは妻に頑張って交渉してきてもらおう。ちょうど報酬としてブラックコカトリスの肉があるからな、きっと引き受けてくれるだろう
「おーい、いるか?」
自宅に入るなり妻を呼んでみる。
「あら?こんな時間にどうしたの?まだ仕事終わっていないんでしょう?」
「ああ、非番の所すまないが、お前にちょっとやってもらいたい仕事が出てきたんだ」
「あらあら、休日出勤は高いわよ?」
「もちろん分かっている、ブラックコカトリスの肉を報酬として用意してある、今日の夕食で食べようじゃないか」
「え? それって40階層以降で出るって言われてる?」
「そうだ、例の使徒から買い取ったんだ。現状そこまで行ける冒険者は他にいないからな」
「なるほど、その仕事受けるわ!」
どうやら引き受けてくれるらしい。 なので… ボンボンの迷宮が踏破された事、迷宮のコアにはまだ触っていない事、機密だと言って詳しい話を避けたらニッコリと笑いながら立ち去った事、明日もまた入ると言っていた事などを一気に話し、水晶の権利を譲渡してもらえるよう交渉してくれと頼んだ。
「はぁ… なんとも面倒な仕事を寄こしたわね。相手は異世界の人で、どうやら貴族の令嬢で、しかも辺境伯領の魔物の氾濫を防ぎ、迷宮を単独で踏破するほどの戦闘力を持っている…と。 そんな人を怒らせちゃったって訳?」
「いや、怒らせてはいないぞ? …と思う。ただ、普通の冒険者に対する対応をしてしまったってだけだ」
「相手が貴族令嬢なら、なんだかそれが致命傷の気がするわね、それで? 私はまだ会ってないからわからないけど、どんな娘なの?」
「割と小柄で、ギルド証を見る限りじゃ18歳との事だ。14~5歳にしか見えないが… 大人しそうな印象を受ける感じだな」
「はぁ… まぁいいわ、とりあえず泊まっている宿に行って話をしてくるわ。権利を譲渡してもらうにしたって、その娘に連れて行ってもらわないといけないんでしょう? 護衛の含めて報酬はどうするの?」
「うーん… 迷宮のコアの価値は法外だからなぁ、どうすれば納得するか聞いてみてくれ」
「それで? どこまで話していいの?」
「機密だという事を理解してくれれば全部話しても問題は無さそうだな、むしろ全部話さないと聞いてくれないかもしれん」
「了解したわ、それじゃあ準備が出来たら宿に行ってくるわ」
「頼んだ」
我が妻ならばきっとうまくやってくれると期待している、頭も良いし見た目も良い。まさに才色兼備の見本のような女だ、自慢の女房なんだぜ。
俺はやり残した仕事をするためにギルドへと戻るのだった。
─迷宮都市ボンボンの高級宿─
むぅ… 夕食の前にこれからお風呂というタイミングで来客が来ました。何という事でしょう…
「突然ごめんなさいね、私は冒険者ギルドのサブマスターをしている者で… って、なんか機嫌が悪そうね?」
「ええ、夕食の前にお風呂でさっぱりしようとしていた所を邪魔された形なので。それで、用件はなんです? 1分で済ませてください」
「ええと、そ、そうね… そう! お風呂が終わるまで待ってるわ! お風呂を済ませて夕食後にまた来るからそれを覚えていてもらえるかな?」
「わかりました、夕食後ですね? それではその時に」
なかなか話が分かる人でしたね、ギルドのサブマスターでしたか… まぁいいです、お風呂に入ってきましょう!
本来であれば、人を待たせての入浴だと気が急いて満足できないんですが、今回はお風呂の後の夕食後ですからね、気兼ねなく入れます。
しかしギルド関係ですか… まぁ当然要件というのはコアの事ですよね。何を企んでいるのか知っておく必要があるかもしれませんね…
現状だと、恐らく50階層に行く事も出来ないでしょうから安全かもしれませんが、いつかは届いてしまうと思うし、私個人としてはお肉さえ手に入れば文句はありません。 落としどころをどうするか…くらいですかね。
元の世界に帰る予定があるからこの世界での財産に興味はありませんが、何もしてないものが利益だけを総取りするというのは気分が悪いです。
「まぁ、ギルドマスターのように譲渡しろというのであれば、速攻で却下しましょう」
コアの価値というのにも興味はありますしね、一応聞いてみて答えないようでしたら自分で探るのも有りですね。
さて、それでは夕食にしましょうか。
この宿も高級というだけあって、食事は美味しいですね。せっかくなので通常のコカトリスのお肉を寄付して、明日のお弁当にサンドイッチでも頼んでみましょうか。残りのお肉は好きにしていいといえば報酬になるのではないでしょうかね、これも確認してみましょう。
「と、いう訳なんですが」
「は、はぁ」
料理長さんと思わしき人が何とも言えない顔をしています。さすがにこれでは理解してくれませんね、今のは私が悪いですね、ハイ。
「コカトリスのお肉を1つ寄贈しますので、明日のお弁当のサンドイッチを作ってもらえますか? 残ったお肉は売り物にしても良いですし、職員さん達で食べても構いません」
「え? いいんですか? それであればこちらからお願いしたいくらいですよ」
「明日の朝に出ますので、よろしくお願いしますね」
「お任せください!」
どうやらお肉は喜んでもらえたようですね、お弁当が楽しみになりました。




