その137
誤字報告いつもありがとうございます。
「はぁ~、最初は恥ずかしかったんですけど、湯船に浸かってしまえばそんな事どうでもよくなってしまいますね~」
「ええ、その意見には同意します。もちろん他人に肌を見せる気はありませんので、その辺の防御は徹底しますけど」
「いえいえ、アリシア様のお肌は自慢できるレベルで綺麗ですよ。羨ましいです」
ミルフィめ… 私はそのお胸が羨ましいですよ!
お風呂を済ませ、後片付けをした後はいつものベッドを出して寝る準備です。当然ですがベッドは一つしかありません… はい、添い寝決定ですね!
もちろん今日から寝るまでの時間に魔法の修練です、まずは女性としての嗜みであるクリーンの魔法からですね。
これを覚えてしまえば身だしなみを整えるための基盤が簡単に出来るのです。自分の着ている服も含めて、不浄な物… 汗や埃、汚れだけでなく、寄生虫などの害虫まで排除できるのです。他に泊まる場所が無くて、ついつい泊った安宿でも、ダニなんかの心配をすることが無くなるのは大変喜ばしい事です。
もちろん欠点もあります。
クリーンの魔法はあくまでも上記の物の排除、駆除だけであり、髪の毛やお肌の潤いまでは対応してくれません。だからこうしてお風呂に入る事で、髪やお肌に潤いを与えていくのです。
「そんな訳で、まず最初はクリーンの魔法から覚えていきましょうか。これを覚えてしまえば、数日から長期に渡る出征や遠征などで非常に役立つものとなるでしょう。汗臭くなるのは嫌でしょう?」
「確かに嫌ですね、いつもは仕方がないと諦めていましたが… さすがです!」
「私はこうして湯船を職人さんに作ってもらい、魔法でお湯を張れるから持ち歩いていますが、収納魔法が使えないと持ち歩く事なんてできません。それでも水で湿らせた手拭いなどで体や髪を拭くだけでも潤いは与えられますので十分だと言えます」
ベッドに腰を掛け、クリーンに必要なイメージを教えていきます。向上心の高いミルフィなら数日もあれば覚えるとは思いますが、はじめの一歩をどうにかしてあげないと、なかなか覚えられるものではありません。
「なんとなくわかりました、明日の移動中にも練習して使えるようになって見せます!」
「その心意気は結構ですが、明日のお昼には着いてしまいますよ? それに迷宮に入ったとなれば攻撃魔法の訓練もありますし… 焦らずに行きましょう」
「はいっ!」
外はすっかり日が暮れて、周りを見通せないほどの暗闇が広がっています。時計を見ると午後9時を過ぎた所… 13歳のミルフィはたくさんの睡眠時間を必要としますから、今日はここらでお開きとしましょうか。
「それでは今日はここまでにしましょう。旅の間に夜明けとともに目が覚めるようになってほしいので、もう寝るとしましょうか」
「もうそんな時間ですか? もう少し練習したいのですが」
「ダメですよ、無理をしたからといって上達する訳ではありません。体調がバッチリの時にうまくコツを掴むのです、コツさえ掴めば後はいつでも使えるようになりますから」
「わかりました… あの、腕を貸していただけますか?」
「ふふっ、いいですよ?」
今日もミルフィに腕枕をして眠りにつきます。前回のように朝起きたら腕が痺れて大変な事にならないよう、圧迫されないポジションを狙って枕になってあげますか。
今にして思えば… 前世でも今世でも、このように人の温もりを感じながら眠るなんて事、全然ありませんでしたね。
まぁ前世の私は男でしたし、お付き合いをした女性はいましたけど… 大学を卒業後はお仕事に時間を取られすぎてそのような余裕なんてありませんでした。
今世でも公爵家に生まれたせいなのか、幼い頃から勉強ばかりでしたし、親とも兄妹とも仲良くありませんでした。親は跡継ぎである兄を可愛がり、政略結婚用である長女の私を淑女に仕立て上げるだけで、いつの間にか特に重要性の少ない妹に愛情を注ぎ始めました。
そう考えると今までの私の人生というのは不遇だったと言わざるを得ませんね…
しかし前世の記憶を取り戻してからは別でした。
前世である日本人の持つ常識… いかに日本人の素養が高いのかが非常に良く分かりましたね。貴族教育はもとより、王太子殿下の婚約者になってから始まった王妃教育… こんなもので良いの?ってくらい簡単な物ばかりで拍子抜けしましたし、特に苦労とか感じませんでした。
強いて言えば… 王太子の婚約者っていう身分だけが苦痛でしたね…
まぁともかく、すでに実家もろとも国も滅んでしまっていますし、元の世界では優秀な職員と子供達に囲まれて思い通りの生活が出来ていました。
もう18歳になっていますが、今からでも青春したっていいですよね?
ミルフィは素直で可愛いですし、いずれ元の世界に帰る私とは別れる運命なのですけど、それまでの間… 少しくらい親密になっても良いですよね?
隣から聞こえるミルフィの寝息を聞きながら、私も眠る事にしました。
─創造神フローラの治める世界、フローラ自治区─
「そっちに行ったぞ! 撃ち抜け!」
「おう!」
仲間が追い立てた角うさぎに向かって弓を構え、しっかりと狙いをつけて矢を放つ。その矢は角うさぎの首元を撃ち抜き、走っていた勢いのまま絶命し、しばらく転がった後に止まった。
「よし、これで獲物は十分だろ。血抜きをしたら院に戻ろう」
「そうだな、この時間ならこの肉を夕食に使えるな」
「ああ、院長先生がいなくなってオーク肉が食べられなくなった分俺達がこうして肉を狩らないとな!」
「そうだな、急ぐとするか」
俺はウィン、アリシア孤児院でお世話になっている14歳の男だ。
国家ぐるみで創造神フローラ様と、その使徒であるアリシア様に剣を向けたという事で神罰が下された日、俺の中にあった加護の力も消えてなくなった。
そう… 俺には貴族の血が流れていたんだ。まぁもっとも、貴族だったという父親の顔なんて見た事も無かったけどな。
俺は所謂落とし子というやつで、貴族だった父親は身籠った母をあっさりと切り捨ててしまったと聞いている。はっきり言って神罰を受ける程貴族として生きてきたわけじゃないのに、完全にとばっちりを受けたって奴だ。
だけど世の中の連中にとってはどうでも良い事らしく、加護を失ったという事実だけを見て、町に住む連中は俺に向けて石を投げてきたもんだ。
そんな俺は町に住む事も出来なくなり、野良犬のように森の中に入って人目を避けていたんだけど、そんな時に院長先生に見つけてもらい、この孤児院に入る事が出来たんだ。
院長先生には、加護が無くても生きて行けるように読み書きの勉強や、効率の良い筋力トレーニングを考えてくれ、ようやく加護を持った同年代の連中とも一緒に狩りが出来るようになった。
そんな大恩のある院長先生がフローラ様からの仕事で留守にするという… いつ帰ってくるかは分からないけど、帰って来た時にがっかりしてしまわないようにアリシア孤児院を盛り立てていかないといけない。
そう、これはきっと俺に課せられた使命なんだ! 他の連中も同じように孤児院のために働いている…
「いくら加護が無いからと言っても、院長先生への恩返しで負けるわけにはいかないんだ!」
分かってる、そんな事に勝ち負けなんて無い事に。でも俺は、院長先生が作った孤児院のためなら頑張れるって所を見せないとな! 男として当然の事だよな!
こうして、アリシア孤児院は院長不在の間も、職員や子供達に守られているのだった。




