その107
誤字報告いつもありがとうございます。
─迷宮都市ボンボン、高級宿… 大浴場─
「まいりましたね、まさかカラメル様がいまだに滞在しているとは。タルト家を護送する騎士達の行程と、カラメル様が追いかけていった時期を考えたら、とっくに事を済ませて帰還しているものと考えていました」
湯船に浸かりながら髪の毛の手入れを受けているミルフィは、こぼすようにその言葉を口にした。髪の手入れをしている侍女は、なんと返事をすれば良いかと困った顔をしているが、体勢の都合でミルフィがその顔を見る事は出来ない。
「カラメル様の行動は、私ごときではとても想像がつきません」
「とりあえず、挨拶は明日にしましょう。このような時間に訪れるのも問題がありますしね、今晩は貴女もゆっくり休んでくださいね」
「もったいないお言葉…」
誰に対しても丁寧な言葉を紡ぐアリシアの真似をし、侍女に対しても丁寧な言葉を使う事を始めたミルフィの行動に、侍女が少し寂し気な顔を出すが、今後、辺境伯令嬢となるミルフィのためになるのではないかと、不満を押しとどめた。
ガナシュ家長女という立場、それは貴族として堅苦しくなく、家に仕えている侍女達とは、今までかなりフランクな付き合いをしていた。
侍女から見ても、ミルフィは妹のような存在で、皆から可愛がられていたのだ。それが、辺境伯家に養子に出る事が決まり、今までのような付き合い方は減ってきているのだった。
元々ガナシュ家は子爵位を賜っているが、父親であるロシェは3男坊。子爵は長男が継ぐので、爵位が兄に移れば子爵家令息という肩書は外れ、ただのレクタングル辺境伯領、城塞都市ビターの代官… これだけになってしまう。
代官の職に就いている期間は、領主を除けばビターの町の最高権力者ではあるが、その権力を代々紡ぐ事は出来ない。現在10歳である長男が、辺境伯家からの指名を受けなければ代官の立場は別の者の手に渡ってしまうのだ。
だから代官は、ミルフィを養子に出し、次の代官の指名をミルフィにやらせようとしているのだ。
ミルフィ本人も、弟の行く末を案じ、養子の件を受けたような感じがあったので、せめてそれまでの短い期間だけでも、好きなように行動してほしいと思った末での判断で、今回の家出に付き合ってきたのだ。
「ミルフィ様、お手入れが終わりました」
「ありがとうございます、この宿の大浴場… アリシア様の言う通り広くて良いですね」
「そうですね、そろそろあがりましょうか、のぼせてしまいます」
「わかりました、今日は久しぶりのベッドですから、ゆっくりさせてもらいますね」
「アリシア様… 魔法を教えていただけると良いですね」
「ええ、とても楽しみです」
ニッコリと笑うミルフィを見て、今日までの旅の疲れが一気に癒された… そんな思いを噛み締める侍女なのであった。
─迷宮都市ボンボン高級宿、2階─
コンコン
「ふぁ? どなたです?」
「あ、チロルです、おはようございます。ギルドのサブマスターがお見えになられていますが」
「え… まだ夜が明けていませんよね?」
「それが、朝に来ると約束をしていると言われまして…」
「そうですか、まぁ確かにそう言いましたね。すぐに支度をするのでそう伝えてもらえますか?」
「わかりました」
くぅ… 確かに朝で間違いはありません、ですが… さすがに夜明け前に来るとは考えていませんですよ! 商人の中では、朝一と言えばこの時間なのでしょうかね、これは今後の戒めに… 商人相手に朝一という約束はしないと心に決めましょう。
まだ頭が寝ぼけていますが、とりあえず急いで支度をしましょうか。
「おはようアリシアさん、朝早くにごめんね?」
てへぺろ! っていう顔をしています。朝からこれはイラっとしますね… まぁいいですよ、受けて立ちますよ! 今後二度とこのような取引は致しません!
「それで、お肉はどうしますか?」
「外に馬車が待機しているから、指定する数をそれぞれの馬車に出してくれるかな?」
「わかりました。それでは」
外へ出ます、まだ暗いです。そんな暗がりの中、馬車が4台待機していました。
「ちょっと数に変更があるんだけど、在庫の方は大丈夫かな?」
「ええ、昨日一応狩って増やしておきましたから」
「ありがとう! それじゃあ1台に25個ずつ卸してもらえるかな、100個分のお金は持ってきているから大丈夫!」
早朝から一仕事を終え、お肉を積み込んだ馬車は、まだ暗いというのに出発していきました。商魂逞しいですね…
今回の卸値は、黒コカ肉1個が金貨3枚。それ×100という事で、減りつつあった金貨の補充が完了しました。
「しかし、土壇場で3倍以上の数の変更を要請してくるあたり、計画性という物が足りていないのでしょうね…」
普通そんな突然変更されたら怒りますよ? 最初から30個と言われて準備しているわけですし、まぁ私の場合、在庫があるというのはテネシーさんも知っているからの対応だったのでしょうけど…
まぁいいです、金貨は大事、これが無いとお風呂付の宿に泊まれませんからね。
ちなみに、テネシーさんは馬車と共にどこかへ行ってしまいました。恐らくギルドに戻ったのでしょうが、昨日の話の続きをされるかと思っていましたが… 何事も無くて良かったですよ。
さて、朝食はまだ早いですし… どうしましょうかね。チロルさんと雑談… という訳にもいかないですよね、宿屋の朝は大忙しのはずですから。
とりあえず、一応チロルさんに声でもかけてみましょうか、可愛い子とお話しするのは楽しいですからね。
「チロルさん、朝食はもう取れるのですか?」
「えっと、まぁ出せない事は無いんですけど… もう少しお時間を頂けたら、いつも通り出せるんですが」
「そうですよね、まだ外は暗い時間。テネシーさんがこんなに早くに来るとは思っていなかったので、時間を持て余しているんです」
「そうですか… それはなんと言ったらいいか」
「ところで、チロルさんは嫁入りの予定とかないんですか?」
「ふぇえ? 無いです無いです、まだまだ修業中の身ですから!」
「そうなんですか? チロルさんは可愛いし仕事も出来るし、モテると思っていたんですが」
「いえいえいえいえいえ! そんな事は無いですよ!」
ふふふっ、顔を赤くして本当に可愛いですね。あまりからかうと機嫌を損ねてしまうかもしれませんので、この辺にしておきましょうか。




