不穏な気配
砂煙が晴れ、ぽっかりと空いたクレーターの中の様子が明らかになってくる。
ウェアガウルは半身を吹き飛ばされ、すでに絶命していた。
ルシエールは魔力を使い果たしたのか片膝をつき、息を荒げていた。
そして俺は、満身創痍である。
目に入った血で視界はぼやけ、四肢は思うように動かない。
かろうじてHPが残っている状態だった。
「ちょっとアナタ!どうして?なぜ私は無事なの?。」
「ダメージを肩代わりしたのさ。今度は自分の魔法に自信が持てそうかい?。」
「軽口を言ってる場合じゃないでしょ!早くこれを飲んで!。」
彼女は懐のポーチからポーションを取り出して俺に飲ませてくれた。
仰向けに倒れたままHPの回復を待つ間、彼女に語り掛けた。
「どうしてこんな無茶を?って顔してるな。最後にルシエールは俺に巻き添えを食らうから離れろって言ったよな。ウェアガウルの振り下ろしを食らいそうな状況で、だ。その言葉を聞いて、敵味方問わず魔法をぶっ放すって噂が尾ひれが付いたでっち上げだって確信したんだ。優しくて不器用な魔術師さんを放ってはおけなくてね」
「私は優しくもないし、不器用っていうのも少し違うわ。ただ人と関わるのが苦手なだけよ。」
「不器用じゃないか。君は、魔法の発動座標を定めるのが苦手なんだろ?」
「なんでそれを!?」
「俺に言ったね、至近距離で魔法を使う理由を、“一番威力が出る距離”だって。
魔術に“一番威力が出る距離”なんて存在しない。基本的には発動を指定した地点に近ければ近いほど威力は高いけど、そこに“術者からの距離”は関係しない」
「あなた、近接ジョブがメインじゃないの?」
「魔法を使うのは苦手だが調べるのは得意でね。それにしても、ルシエールの魔法はすごいな。魔力量と魔法演算、魔術の組み立て速度は類を見ないほどだ」
「それでも、狙った場所で発動できなければ意味がないわ。威力の高い魔法ほど、自分を巻き込む諸刃の剣になってしまうから。」
「戦い方なんて人それぞれさ。もしかしたら、魔法主体の近接格闘ジョブが解放されるかもしれないじゃないか。」
少し驚いた表情をした後、彼女は困ったような顔になった。
はじめて彼女が砕けた表情を見せてくれた気がする。
「そんな捉え方をしたのはあなたが初めてね、おかしな人。名前を教えてくれないかしら。」
名前を聞かれるのがこんなに心地いいと感じたのは久しぶりかもしれない。
「フィルだ。よろしく頼む。」
「よろしく頼むわ、まさかこの街に派生ジョブを開放している人がいるなんて思ってなかったわ。」
ジョブにはランクがある。
誰しも最初は「ノービス」からスタートし、各種武器を使用して最初に解放されるジョブを『汎用ジョブ』という。剣士や魔法使い、モンクなどがこれにあたる。
汎用ジョブを設定して戦い続けて熟練度が上がると『上位ジョブ』と呼ばれる汎用ジョブの上位互換にグレードアップする。ナイトやストライカー、ルシエールの魔術師もこれに該当する。
そして、『派生ジョブ』とは特定の条件を満たした際に解放される上位ジョブのさらに上にあたるランクだ。例えば俺のパラディンは、一定のナイトのジョブ熟練度の獲得に加え、大楯のみを装備した状態でスキルを使用してモンスターを100体討伐するという条件を満たすと解放される。
「さて、体力も回復したし街に戻るとするか。まさかまだ私に近寄らない方が良いなんて言わないよな?」
「もうフィルには言わないわ。私の秘密を当てられてしまったし、それに生半可な魔法じゃ大してダメージを負わない防御力してるでしょ?」
「物騒なご意見どうも。ジョブはモンクに戻すけどな、さっきも言った通り貧乏性なもんでね。」
「さっきあげたポーション、ちゃんと返して頂戴ね?」
「けが人には優しくしてくれよ。ただ、そうも言っていられないな。街に戻るのは少し急ごう、ちょっと嫌な予感がするんだよな。」
「何?どうゆうこと?」
「まだ分からん。俺の心配しすぎで終わってくれればいいが、街に着いたら話すよ」
大事の後の小事という言葉があるが、今回は小事というほど小さな問題ではないかもしれない。
そんなことを思いながら、俺たちは街に向かって走り始めた。
「そんな!?マルトゥスが襲われてる!?」
街が見え始めたとき、煙が上がっているのも同時に確認できた。
モンスターの襲撃を受けているらしい。
「やっぱり、今回のレイドクエストは俺たち2人しか受注してないんだ。」
「どうゆうこと?まさか…」
「ルシエールと俺がレイドクエストを受注した後ギルドの様子をしばらく見ていたが、誰も受注する気配はなかった。巻き込まれたくないだの、受注せずともおこぼれを狩れば素材と経験値は入るだの、保守的な連中ばっかだったな。」
「そう、だったのね…。」
彼女の表情が暗くなる。
間接的にではあるが、街が襲われた原因が自分にあると思ってしまったのだろう。
「気にすんな、物事の本質を見極めることのできない奴らだ。“散華の魔女”の噂の真偽を見抜けない連中しかいない結果、街はこの有様だしな。」
「ありがとう。でもその呼び名は嫌いなのよ。」
照れ隠しをするように、ルシエールは俺に言った。
「とにかく急いで戻ろう。見たところそこまで大きな被害は出ていないようだが、残党狩りと街の人の救出をしなくては。」
「えぇ、そうね」
マルトゥスの西門に向かって、俺たちは再び駆け出した。
そして街に到着した後、俺は中央商業通りにあるレギオン支部へと急ぎ状況を聞き出した。
ルシエールは居住区の様子を見てくるとのことで、西門を過ぎた時点で別行動となった。
モンスターの群れは南門から侵入したらしいが、幸いにも死亡者はおらず、レギオン支部と中央通りの一部、南門の外壁が損壊した程度で被害は収まったという。
怪我人の搬送を手伝っている途中、ルシエールと再び合流した。
居住区も、南西地区に多少損壊があるだけでそこまで被害はないという。
都市内に残るモンスターの残党もすでに狩猟が終わっており、事態は収拾に向かっていた。
とりあえず、俺とルシエールはレイドクエストの完了報告をするためにカウンターへと向かう。
その時、半分壊れかけたレギオン支部の正門が勢いよく開いた。
重装備の鎧を着た護衛を2人連れて、壮年の男性がホールの中央まで歩いてきた。
「私はマルトゥス行政区長、エドワード・ハウルマン。レギオン支部長に話がある。」
低いが耳に良く通る声で、エドワード行政区長は言った。
(エドワード行政区長が直々にお出ましとは…なるほどね、そうゆうことか)
マルトゥスの街に来てから感じていた違和感の正体が、ようやく分かった。
この後、区長の口から出る話次第では、少しこの街から出発する時期が早まるかもしれない。
「レギオン支部長、ウィル・ダッドソンだ。行政区長が直々にどのようなご用件で。
あいにく襲撃で応接室がつぶれてしまっているためこちらでのご対応ご容赦いただきたい。」
レギオン支部長が、対応に追われる職員が行き来するゲートから出てくる。
俺は支部長も初見だが、こちらも壮年の白髪の男性だ。
「かまわん、もとよりマルトゥスのレギオンに所属するすべてのハンターへの通達でもある。この場の方がむしろ都合がいいだろう。今回の襲撃の件、行政区から発行したレイドイベントの受注者は何人であった?。」
「ちっ、正式な受注は2人のみでした。何人かは受注をせずに近隣で狩りをしていたようですが。」
「つまり、ハンターの大多数は襲撃時、都市内に残っている状況であったと?」
「そうゆうことになりますな。」
「それでいながら、多数のモンスターの侵入を許し、中枢であるレギオン支部は損壊。
幸運にも死亡者はいなかったものの、街の一部にも被害が出ている。レギオンの基本職務であるハンターの育成と管理にいささか問題があるのでは?」
「返す言葉もございません。」
「謝辞が欲しいと言っているわけではない。レギオンが街の安全を保持する機関の役割も担っている以上、有事から学び次に生かすという甘い選択は許されない。レギオン支部長と各管理部門長の辞任を要求する。」
「区長!?判断されるには尚早すぎるかと!?」
「そんなことはない、すでに査問官を呼び議会を開く予定を立てておる。」
「なんということを…」
この世界には警察のような組織が存在しない。代わりに、ハンターという存在があるからだ。
そのため、自警団のような都市周囲の警備、都市内部での治安維持、そこの区長の取り巻きのような重役の警護までハンターの仕事の一部である。
俺が元居た世界と同じような権力の枠組みがここでも成り立っている。
レギオンという実力組織、各都市の行政区会、そして査問を行う司法組織。
権力の最高峰たる組織のうちの2つが、今まさに対峙しようとしている状況だ。
(やはり行政区はレギオンに物言いに来たか。ここまではいい、だがもし次に出てくる言葉によってはおれも黙ってはいられない)
「辞任を要求する理由はそれだけではない。」
「まだあると仰るのですか?」
「左様、ルシエール殿はこの場におるか」
俺の隣にいたルシエールは、女性特有の腕組みをしながらエドワード区長の前に出る。
「私が、ルシエールです。」
「貴殿が“散華の魔女”とハンターの間で呼ばれているのは聞き及んでいる。今回の区会からのレイドイベントの参加率が悪かったのも貴殿の影響だと推察される。」
ルシエールの整った眉が少し動く。
「それは…」
「レギオン内でのハンター同士の禍根を残したまま運営を行っていたことも辞任要求対象の項目である。そして貴殿、ハンターの戦闘に関する内容について細かく言うつもりはないが、レギオンに所属するハンター全体の働きに影響を与えるような状況を看過することはできん。よって貴殿をマルトゥスから追放…。」
「ちょっと待ってもらえないか?」
俺はエドワード区長とルシエールの会話に口を挟む。
(言っちまったなこのじじい。お前の思い通りにはさせねえから覚悟しろよ)
この世界にきてようやく仲良くなりかけた最初の冒険者仲間が不当な罰を受けそうになっているのは見過ごせない。
さぁ、反撃開始だ。