散華の魔女
今日で滞在3日目になり、いろいろと分かったことがある。
街での情報収集は、思ったより有意義な情報を得ることができる。
ゲームの世界とは異なり、住民同士の会話が重要な情報のソースとなる。
酒場で聞ける噂話から商店街で店主と話す市場の状況まで、街中で飛び交う話題がホットなニュースになる。
まぁ、ここがゲームを元にした現実の世界というなら当たり前のことなのだが。
まず、この世界の住人は基本的にファーストネームしか持っていない。
ラストネームを持つのは特権階級の人たちだけで、俺がもし「フィル・ベイカー」と名乗ってしまうとその時点で貴族かなんかと勘違いされてしまう。
商店で売っているアイテムについても違いがあった。
普通、RPGというものは序盤訪れる街から物語の進行に合わせて徐々に販売品のグレードが上がっていくものだが、マルトゥスの販売店はゲーム時代の終盤の街に陳列してあるようなラインナップであった。
ただ、この現象については説明がつく。
ゲームではない、1つの世界として成り立っているここでは“始まりの街”という概念が存在しないのだろう。街によって店の販売品の質に大きな差がでるというのは、物語の主人公という視点に沿った場合にのみ機能するものだからだ。
そもそも、店売りの武具というのは最終的にメインのウェポンにはなり得ない。素材からクラフターが作り出したクラフト品の方が性能的に強くなるためだ。
最後に、街の雰囲気についてだ。
マルトゥスの街は南門から北門まで長く伸びる中央商業通りを境に、東側が港で西側が居住区という作りになっている。
西側の居住区も、北西居住区と南西居住区に分かれるのだが、南西居住区の治安がものすごく悪い。
ゲームの時代にはなかった設定で、明確に貧富の差が分かれる都市運営が行われているというものが、より現実味を俺に感じさせた。
初日にクエストを受け始めてから3日でだいぶ俺のレベルも上がった。
いくつか新しいスキルとジョブも習得することができた。
先ほど完了したクエストの報告をし、夕刻に差し掛かった今は酒場で休息をとっている。
「なぁ、北の街道沿いの魔物の巣駆除クエストの話聞いたか?」
「昨日完了されたクエストだろ?なんかあったのか?」
少し離れたテーブルから聞こえてくる話に耳を傾けた。
「また“散華の魔女”がやらかしたらしいぜ。まあクエスト達成はしたみたいだけどよ。」
「どうせ傷だらけで戻ってきたって話だろ、今更珍しくもないだろ。」
「今回は結構激闘だったらしいぜ、街道沿いの少し離れたところは焼け野原になっちまって、“散華の魔女”もボロボロだったとよ」
「勘弁してくれよ。間違っても巻き込まれないようにしないとな」
“散華の魔女”
マルトゥスに来てから3日間その名前を聞かない日はない。
どうやら絶大な魔力を持った魔導士らしいが、敵味方、しまいには自分も巻き込んで広範囲魔法をぶっ放すもんだから誰も近寄らない問題児がいるらしい。
「まぁ、どう考えても関わってはいけない類の人物だよな。」
頼んだエールを口にしながら、俺はそんな独り言をぼやいていた。
翌日、いつも通り朝にクエストボードの張り紙を見に来た俺は、いつもとは毛色が違う掲示物を見つけた。
【マルトゥス行政区会発行 レイドクエスト依頼】
ポポルス山道にて各種モンスターの異常発生が確認されました。
対応可能なハンターはモンスターの狩猟をお願いします。
報酬はレイドクエスト完了の報酬に加えて、狩猟したモンスターの数に応じた出来高支払いもさせていただきます。
レイドクエストとは、参加人数無制限の大人数で挑む形式のクエストだ。
超大型のモンスター討伐や、今回のような異常発生した魔物の間引きなどの際に良く発行される形式だ。
「しかし、マルトゥス行政区会発行とはな。人の行き来が出来ない、隣町からの行商人の受け入れもできずに困っているのか、あるいは…」
そう呟いている途中で、レギオン内がざわつき始めた。
クエストカウンターへ1人の女性が歩いていく。
前髪は片目が隠れる程長く、しっとりとした紫色の長い髪が特徴的な、体のラインに沿うようなローブを着た女性。
ところどころ金属のプレートが施された装備が、彼女の起伏に富んだ女性らしいボディラインを引き立てているが、同時に戦うことを生業としていることを物語っている。
(なるほど、彼女が噂の“散華の魔女”か)
「レイドクエストの受注をお願い。」
「か、かしこまりました。」
彼女がクエストカウンターの受付嬢にそう言うと、あたりがより一層ざわつき始めた。
「あいつ、受けんのかよ。俺参加しようと思ってたのに。」
「うまそうなクエストだったがしょうがねえなこりゃ。ったく、空気読んでくれよ。」
そんな声が飛び交う中、俺もクエストカウンターへと向かう。
「俺も、レイドクエストの受注をお願いしていいかな。」
「よろしいのですか?」
「良いも何も、レイドクエストは自由参加だろ?報酬も良さそうだしレベルも上げられるし、いい条件だと思うが?」
「いえ、そうではなく…わ、分かりました。」
慌てる受付嬢を前にして、クエスト受注の用紙に俺は必要事項を記入していった。
ふと、横目に彼女と目が合ったが、彼女は険呑そうな顔をした後に俺と同じように用紙を記入する作業に戻った。