後半
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第2話 我々の業界でも拷問です
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アルバイト全員が5階のデバッグチームが使用しているフロアに移ったことを確認して、リーダー藤田が本日の業務説明を始める。
「今日からデバッグチームに試してもらう試作版のゲームを紹介するよ。試作アルファ版オフラインゲーム、通称SA……」
「はあ!? おいやめろ! さすがにその略称はまずい!」
小鹿は本能的に止めた。
「うん? まあそう言うなら、試作アルファ版オフラインゲームの通称は『アルファ』としておこうか」
「『瞬着くん』での五感再現の閾値の調査からやってもらおう。今回、外部のテスターを募集したのは、個人差を考慮すると社員だけでは十分なデータが取れなかったからだ」
視覚、嗅覚、聴覚はすでに実用化されているVR機器から、業界の規格や法律で決められた上限が存在しており、それを守っている限り、問題はない。
味覚と触覚はクソダサスーツ「瞬着くん」がほぼ初なので、入念に閾値のチェックを行う必要がある。
小鹿はまずは触覚班に回ることになった。
テスター組が準備をする間に、ここで、主人公、小鹿武臣の経歴を説明しておく。
22歳で大学卒業後、大手部品メーカーで工場勤務をしていたが、事故で左手小指を失い、人間関係に悩んでいたこともあって、治療が終わったタイミングで、仕事を辞めている。
賠償金をたんまりとせしめたものの、老後まで安泰というわけではないので、何かしら仕事はしないといけないと思って、今回アルバイトに来たのである。あわよくば正社員になりたいとも思っている。
テスター組の準備が整ったようだ。
小鹿らテスター組は瞬着くんを装備した。装備? 見た目が悪役スーツなので装備で良いだろう。瞬着くんというだけあり、一瞬で装着できて、変身ヒーローっぽくて少し面白かった。見た目は悪役だが。
クソダサスーツ着用のテスター組は、触覚のテストに移る。
刺激ゼロ、最低刺激、中間の刺激、最大設定の刺激、でそれぞれ触られた感覚の個々人のデータを取っていく。
個人差もあるので、最低刺激だと触っている感覚がないと言う者もいたし、最大設定で強すぎたのかしびれる感覚を感じたと言う者もいた。
脳波も計測しており、問題がありそうならすぐに停止することが可能である。
十分安全マージンを取っているようで、概ね問題がないようだ。
その後は数日かけて、SA……、いや、アルファと連動した刺激のテストを行い、視覚や他の感覚とも合わせた際に影響がないかを確認するテストを進めていく。
問題が起こったのは、触覚チームが痛みの再現テストをアルファと連動で行った時であった。
瞬着くんは安全マージンを十分に設定してあり、上限でも痛みを感じることはそれほどないはずだが、小鹿は猛烈な痛みを感じた。
「うおおおおおおおおおおおおおお! いてえええええええええええ!」
藤田が猛烈な勢いで近づいてきて、実験を停止させた。
小鹿はどこが痛んだのかを確認した。それは失ったはずの左手小指であった。
アルファの中では、アバターは五体満足というか、失ったはずの小指も含めて復活した状態で設定されており、左手に痛みを感じる設定の確認の際に、幻肢痛のような痛みを感じているようだった。
「なるほど。アルファ内のアバターと現実の自己認識のずれ、瞬着くんの電気刺激設定と存在しない指の周りの神経回路の発達のずれ、そのあたりで想定以上の痛みが出るのか。これは調整が必要だな」
小鹿は、藤田から一旦触覚チームから離れて、調整終了後に再度確かめてもらうほうが良いと提案をされたが、断る。
「一度引き受けた手前、簡単にやめたら、男の沽券にかかわりますので、続けていただいて結構です」
前職はなかなかブラックな職場だったのか、簡単には自分の仕事を投げ出してはいけないという固定観念があるようだ。
意外と頑固な小鹿を見て、藤田らは、最小設定から徐々に設定を強くしていき、限界が来る値のデータを取ったらそこで終了だとして説得、双方折り合いをつけた。
徐々に設定を強くしていく。
「まだ大丈夫。まだだいじょう、……いってえええええええええ!」
こうして小鹿のブラック体質のおかげで、貴重なデータをとれた開発チームは、身体欠損を考慮したアルゴリズムを作成するに至った。製品版ではこのような仕様の漏れがないよう調整されているだろう。
なお、開発チームは多大な改修が必要となり、死屍累々となったのだが、それはまた別の話である。
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第3話 沽券には関わらないが股間には関わる
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「今日は皆さんに、ちょっと性転換をしてもらいます」
藤田は宣言した。
「はあ!?」
小鹿が真っ先に反応を返すのもお決まりになりつつある。
「小鹿くんは毎回同じリアクションだねぇ。もっとパターンを持った方がいいよ。ってことで、今日のテストなのだけど――」
藤田が説明したのはこういうことだ。完全没入型のアバターは、男性が女性に、女性が男性になることも可能になっている。体と心の性別が異なる人に配慮をするための措置らしい。なお、医師の診断書の提出をする必要があり、ハードルは高いらしい。
今回は性別を変更した場合の肉体的負荷について、影響が適正値に収まっているかのテストだそうだ。
「それで、今回は閾値を超えるとどこが死ぬほど痛むんですか? 股間ですか?」
「今回は死ぬほど痛みを感じることはないから、小鹿くんもここで引いたら男の沽券に関わる~、なんて言わなくても大丈夫だよ。」
そう言った藤田は、ボソッと不穏なことを付け加えた。
「まあ、男性器が縮むかもしれないけど」
五感を完全再現したフルダイブ式のゲームは今回が初めてなので、自己認識が必要以上にゲームに寄ってしまうと、女性アバターに人格が引きずられて、男性ホルモンが減少する可能性があるらしい。アバター自体に男性器、女性器を再現しているわけではないが、プレイヤーが現実で男性、アバターが女性の場合、「瞬着くん」が股間を固定し、股間の感覚をできるだけ排するよう電気刺激と位置の固定で調整する実装をしているそうだ。
男性が女性アバターでプレイする際に、この辺の感覚は閾値を下回ることがないか、が今回の観点らしい。
「なんかチ〇ポジを意識しないのって斬新だな!」
男性陣と女性陣で別の部屋でテストをすることになったので、〇ンポジの話で盛り上がるテスター達。
男子校のノリだろうか。アルファ内では女性アバターであるが。
数日続けてみて、男性ホルモンの検査をしてみたところ、小鹿と数名のテスターで減少が確認された。
小鹿は問診を受けている。
「確かになんか性欲が減ってきた感じはありますわね。あとリアルに戻ってきたときに、チ〇ポジが気になりますわよ」
あれ?
小鹿はお嬢様口調になりつつある自分に気が付き、ちょっと引いた。アルファ内でお嬢様ロールプレイをしているからか。〇ンポジとか言っているが。
平成から令和に元号が切り替わるころ、バ美肉(バーチャル美少女受肉)という言葉が流行した。今から25年ほど前のことである。この頃にも言われていたのだが、バーチャルであっても自己と認識していれば、外見とロールプレイに影響を受けるということは多々あるようだ。
最近は揺り戻しというか、同性でイケてる外見のバーチャル生活を送る人が多く、あまり意識されていなかった。
「やっべえぞ!」
とりあえず、帰ったら筋トレでもしたうえで、男性ホルモン強化されそうな生活習慣を調べてみなければならないと思った小鹿であった。
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第4話 壁にぶつかって成長するのは主人公の特権だが、物理的な話ではない
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「今日からは、ひたすら壁にぶつかってもらいます」
小鹿はわかっているものの、一応聞いてみる。
「主人公が成長するためにぶつかる、修行パートってことですか?」
「そういう面白くないことをわざわざ聞いてくるところが小鹿くんらしいよね。もちろん、物理的な壁のことだよ。ゲーム内だから物理的と言い張るのもおかしいけど。ま、要するに『瞬着くん』における、ありとあらゆる衝突データの検証だよ」
そんなものは先に開発チームの社員でやっておけばいいのではないかと思ったが、口には出さない。小鹿は常識的な社会人なので。今までさんざん口に出している気がしないでもないが。
藤田の説明によると、五感のテストが進み、個別でテストしていた五感を、いよいよ複数の五感をまとめて再現する場合のテストのフェーズに入ったということだった。
痛みや衝撃の反映、ダメージ時の血の味、砂ぼこりのにおいなどを総合的にテストする。ここでも個人差のデータを十分に取って、調整、製品化を進めていく必要がある。
最初は壁や木にいろいろな体勢で突っ込むテストだった。姿勢の制御がだんだんと難しくなり、チェック項目をすべて終えた頃にはテスター達は疲労困憊していた。
「やっぱゲームのこういう地道な確認は疲れるよな。今回はハード側だけど」
小鹿はゲーム製作では壁抜けがないか、などの確認でこういう地道な作業があることを知っていたため、飽きがきつつあるものの、耐えられていた。
「はい、じゃあ、次はトラックとの衝突ね。その後は恐竜との衝突が待っているからよろしく!」
藤田はにこやかに告げる。
様々な条件での確認が必要なのはわかるが、チョイスに悪意を感じる。
仕事なのでやるのだが。
「うおおおおおおおお! トラックこえええええええ!」
「ぐああああああ! ステゴサウルスでけえええええええええ!」
テスター達が普段できない体験をして叫んでいるのを見て、楽しんだ藤田ら開発チームだった。
こうしてテスター達の犠牲により、被験者データが十分に集まったことで、瞬着くんによる五感完全再現の完全没入型VRゲーム機は、商品化の目途が立ったのであった。
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エピローグ あくまのいけにえ
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瞬着くん(ダサいので商品化の際は名前が変更されたが)のテストが無事終わり、勤務態度が評価された小鹿は正社員に登用された。正直どこを評価されたのかはよくわからない。藤田にケンカを売り続けたのが良かったのだろうか。
五感完全再現の完全没入型VRゲーム機はそれなりにヒットし、五感再現の先駆けとして認識されている。他のメーカーでも後追いのハードが開発・販売されるようになった
1年後のそんなある日のことである。
「小鹿くん、衝撃的な論文が発表されたよ! 異世界転生症候群の対応方法が見つかったそうだ! しかもこの方法ならデスゲームに陥る可能性が完全に排除できる!」
藤田は技術的、倫理的に判断が可能な技術者であるから、フルダイブ式のVRゲーム開発は手を付けていなかった。だが、SF好きであるが故にVRゲーム機開発を生業としているのだ。故に優秀であり、勉強熱心でもある。
2045年、技術的な特異点、シンギュラリティを迎えた。人類は、ここから想像をはるかに超える科学力を身につけていくだろう。きっと意識だけゲームに入り込むような夢のデバイスも開発されるはずだ。今回の論文がその可能性を示している。
正社員登用された小鹿は、これから、藤田の人体実験に付き合わされる日々を想像し、ため息をつくのであった。
完
ここまでお読みいただきありがとうございます
前書きにも書きましたが、開発者側の小説を読みたいがために、わざわざ自分で書くという、とち狂った所業に出ました。自分でVRMMOジャンルを書いてみて、PL法とか大丈夫なのかな、と気になったため、そういう話になりました。
本作をお読みになった方はSFに詳しい方ばかりかと思いますので、開発者サイド目線とか科学者目線でVRゲームを書いているなろう作品があればコメントなどで教えていただけると幸いです。別になろうでなくて他のサイトでも一般書籍でもいいですが……。
皆様のSFライフが豊かなものになることを祈りつつ筆を置かせていただきます。