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前半

VRMMOとかの開発者側の小説を読みたいと思いましたが、あまりないので自分で書くことにしました。

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第1話 寝ているだけの簡単なお仕事

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 寝ているだけの簡単なお仕事です! 月給30万円、3食支給、期間は1年! アットホームな職場です! 正社員登用制度あります。


 2044年4月、職探し2週間目の無職、小鹿(こじか)武臣(たけおみ)は、日参するハローワークで、いかにも胡散臭い求人広告を見つけてしまった。

 胡散臭すぎて普通ならスルーしてしまうところだが、求人元の会社名を見て、俄然、興味を惹かれた。株式会社エンドレスワールドエンターテインメント。有名なゲーム機のメーカーだった。

 求人票の詳細をPCのディスプレイに表示して、内容を確認してみる。

「おっ、五感完全再現の完全没入型VRゲーム機のテスターか。確かに寝ているだけの簡単なお仕事なんだろうが……。他に言い方はなかったのか?」


 ここ数年、VRゲーム機が普及し、一種の社会現象にまでなったが、五感を完全再現したことを謳うものは発売されていなかった。脳波による操縦を可能にしたVRゲーム機も出てきたが、目を開けておく必要はあるし、視覚、聴覚、嗅覚の再現を物理的に行っているだけである。小説のように、意識を演算装置内に入れ込むようなフルダイブ式のVRは現れていなかった。

 五感完全再現の完全没入型を謳うということは、いよいよフルダイブ式のVR機器が日の目を見るのだろう。


「まあ、俺も昔は場外乱闘スマッシュブロッコリーズとかよくやっていたからな。こういう仕事をやってみるのも悪くないかもしれん。」


 面接を予約し、小鹿は家に帰った。


 この時、求人票をよく読んでいれば、受けようと思わなかったかもしれない。


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 業務内容:五感完全再現の完全没入型VRゲーム機のテスター。

 寝ているだけの簡単なお仕事です! 月給30万円、3食支給、期間は1年! アットホームな職場です! 正社員登用制度あります。


 ※肉体的、精神的に大きく影響を受ける可能性があります。

 ※テスター時に発生した人体への影響については、法律上の補償制度に準じます。

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 2日後、無事面接を通過して、正式に働くことになった小鹿は、この後待ち受ける体験を知る由もなかった。


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 小鹿(こじか)は翌月曜日に、株式会社エンドレスワールドエンターテインメントに出社した。

 入口の受付嬢にテスターである旨を伝えると、仮入館証をもらった。そのまま3階の会議室に指示されたので、同じテスターと思われる数人とともに会議室へ向かった。


 10時になると、株式会社エンドレスワールドエンターテインメント、新規VR機器開発チームの面々が入ってきたので挨拶を交わす。今後、お世話になるデバッグチームは、藤田(ふじた)という社員がリーダーをしているそうだ。藤田は小アフロで太い黒ぶち眼鏡をかけていて、なかなか特徴的な外見だった。肌が浅黒ければ、アニメでよく見る面白科学者枠キャラなのだが、あいにく色白だった。


 挨拶が終わって藤田以外の社員は会議室を出ていく。藤田は資料を配り、今回のテスターの仕事を説明していく。


「五感完全再現の完全没入型VRゲーム機の説明をする前に、VRゲーム機の現状を知ってもらう必要がある。少し科学の勉強をしておこうではないか。資料の3枚目を見て欲しい」


 藤田はスクリーン横から、会議室入り口に向かって歩いて行き、ドリンクサーバーから紙コップにコーヒーを注ぐと、スクリーン横に戻ってきて説明を続けた。


「一般的にSF小説でよく見るフルダイブ式のVRの技術的な前提の話から入ろう。資料にある通り、佐々岡氏が2036年に脳科学雑誌「BS」に発表した論文(以降、佐々岡(2036))によると、ほ乳類には神を見る脳神経回路がある。いや、いきなり胡散臭い話を始めたと思うが、とりあえず聞いて欲しい」


 藤田はレーザーポインターでスクリーンの画像を指し示す。


「神を見る脳神経回路、そこに電流を流すと神を見て別の世界に()()()()()()ことが発見された。佐々岡(2036)では、マウスによる実験が成功している。

 五感はあるし、脳の反応も正常のままだが、意識が反応を示さない。これを佐々岡(2036)では『神的体験型無反応症候群』と定義した。ただ、別名の方が分かりやすいかな。これは別名、『異世界転生症候群』と呼ばれている」


 スクリーンには、魂だけ別の世界に飛ばされたマウスの絵が表示されている。


「追試も大量に行われて、マウスだけでなく、チンパンジーでもこの症状が起こることが検証された。Lily(BS,2038)などが有名だね」


 テスター達は、ざわざわ、と落ち着きがない様子を見せている。

 藤田はコーヒーに口をつけて、表情を曇らせつつ、続きを語った。


「これは人間でも実験が行われた。資料の5つ目だね。これが通称、悪魔の論文、Adam,Eve(preprint,2038)だ。これはプレプリントが話題になったものの、結局どこの学術誌もアクセプトしなかった曰く付きの論文だ。理由は単純。死刑囚を使った、非人道的な人体実験だったからだ。そして、彼らの論文が正しければ、人間にも異世界転生症候群が起きることを実証してしまった。肉体的には生きているが、完全に現実に意識を向けられなくなった。五感は生きていて、脳はきちんと反応を返すのに、こちらから声をかけても基本的に反応を返すことはなかったそうだ。誰も追試をしようとはしなかったから、彼らの実験が正しいのかはまだわからないのだけどね」


 藤田はコーヒーを飲んで、続きを話す。


「死刑執行間近の5人の死刑囚を、それぞれの死刑執行日を伸ばす契約で脳への電気ショック実験の対象としたうえで、予定日に薬物投与で死刑を執行したと噂されている。論文には書いていないから、本当に死刑が執行されたのかはわからないが」


 藤田はスライドの画像を切り替えた。脳に上から下に電流を流す絵と、逆向きに電流を流そうとしている絵が表示されている。後者はバツマークが表示されている。


「そして、もう一つ重要なことがある。電流を使った脳への書き込み行為は、原理的に不可逆であるということだ。つまり、誤って神を見る脳神経回路に相当する部分をいじってしまうと、植物人間が量産される可能性がある。治療法はない。

 Adam,Eve(preprint,2038)が発表されて以降、世界的にフルダイブVRを実現しようとしている科学者、技術者の中では、脳に直接電流を流して上書きするタイプの完全五感再現フルダイブVRは、作るのをやめようという風潮になった。もちろん、将来的に技術が発展すれば可能かもしれないが、今は倫理的に難しい」


 小鹿は、自分も異世界転生症候群のモルモットになるのか、と考えていたが、藤田の説明に安心した。

 藤田はコーヒーを飲もうとしたが、コップは空だったようで、ドリンクサーバーにお代わりを取りに行った。

 戻って来た藤田は話を続ける。スクリーンに次の画像が移る。


「そこで我々開発チームは全身刺激タイプの全身スーツ、それも瞬間的に装着できる、『瞬着くん』による五感再現を目指すことにした」


 子供の頃見たヒーローもの、それも悪役側のような見た目のスーツが画面に現れている。深刻な話からの落差が激しい。あと名前がダサすぎる。


 藤田の話では、ほぼ全身を黒ずくめのスーツで覆い、聴覚と嗅覚と触覚を再現する。目にゴーグル、口に味覚再現用の抗菌金属スプーン型端子を装着して、視覚、味覚もバッチリ再現するそうだ。もちろん脳波コントロール対応である。

 見た目も名前もダサいが、話の流れからすると妥当な開発物に見える。

 ただ、SF小説のような機械と思ってきたので、落胆する気持ちは抑えられない。小鹿は、一応、質問してみることにした。


「はあ……。あの、これをフルダイブと呼ぶのは無理がありますよね?」

 藤田は飄々と答える。

「だから完全没入型という名前でごまかしているのだよ。求人票にもフルダイブとは一言も書いていなかっただろう?」

 そう言われると確かにそうだったか、とは思う。

「確かに書いていなかったように思いますが……。でも、消費者が求めているのは意識だけ電脳に飛ばすような装置ですよ」

「脳に干渉して五感を再現する? そんな危なそうなこと、恐ろしくて一企業には無理だよ。PL法(製造物責任法)を勉強したまえ」


 SF大好きな小鹿の夢はPL法に敗北した。現実は無慈悲である。


 こうして、小鹿は、この日から、クソダサスーツ着用の悪役戦闘員……、ではなくVR機器のモルモット、もとい、テスターとしてのアルバイトを開始することになった。

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