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こんな異世界生活は嫌だ。  作者: 言代ねむ
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《役立たずの正義》

思いついてから3日で書き上げた初書きの異世界モノです。


「おい、大丈夫か?」


 勇者の剣を不格好ながらも振り回して、二匹の大きなトカゲ男をなんとか追い払った青年は、ふり返って小柄な身体を震わせ地面にうずくまる少女に声をかけた。

 少女はオレンジ色の瞳を潤ませて青年を見上げる。茶色の髪の中から丸っこい獣の耳と、お尻から伸びる細長いしっぽが怯えたようにピクピクと動いた。初めて見る獣人の姿に、日本から事故死を経て異世界へ転生したばかりの青年は胸を高鳴らせた。

 猿の獣人かと見当をつける。可愛らしい少女だ。頬から首にかけて赤い稲妻のような入れ墨があり、エキゾチックな雰囲気がある。衣服は汚れが染み付いているものの、何故か裾にフリルの付いた洋風のピンク色のワンピースだ。ちぐはぐな印象だが、親が精一杯の愛情で娘に買い与えたのだろうか。

 歳が近ければ恋に落ちたかもしれないが、ここが日本なら、相手はまだ小学生といったところだ。ロリコンの趣味はない自分を誇るように堂々とした笑顔で獣人の少女を気遣った。


「危ないところだったな。どこを怪我した?」


 勇者の剣以外にろくな持ち物がない青年の懐は寂しいが、もちろん見返りを要求するつもりはない。

 この可哀想な少女はさっきまで青い爬虫類の尻尾を持つ鱗ある男たちに容赦なく殴る蹴るの暴行を受けて、街道の端で身体を必死に縮めていた。小さな額にも腕にも足にも血が滲み、色鮮やかな痣が出来ている。お腹を抱えるようにしているのは、そこに容赦ない蹴りを受けて内蔵まで痛めたのではないか。

 街に向かって歩いていた青年が、その酷い光景を目にするなり精一杯の勇気をふり絞って、奇声を上げながら剣で切り込んで行かなければ、少女はそのまま死んでいたに違いない。

 トカゲ男たちが逃げていった方向には、赤い血がぼとぼとと跡を残し、それは途中から街道を左に外れて街道の両側を挟む森へ消える。青年の武勇で切り落とされたと思しき青い鱗のある片腕が側に落ちていて、平和な世界では見慣れないそれが青年には生々しく気味が悪かった。

 少女は震えていて答えない。もしかして言葉が通じないのかもしれないと青年は考える。トカゲ男たちも切りかかっていった青年に気づくと盛んに声を上げて、なにか言葉を向けられているようにも思えたが、青年にとっては動物園で聞くような音の連続にしか聞こえなかった。

 でもまあ、行動で善意は伝わるだろう。そう考えた青年は少女に手をかざして癒やしの魔法をかけた。


「ヒール」


 淡く光が覆い、見る間に少女の全身から怪我が消え失せ頬に血色が戻った。少女は驚いた後に無邪気な笑顔を向けてきた。


「……あ、り、……ありがと」


 ぎこちなく感謝を伝えられる。


「なんだ、言葉は通じているのか」


「ありがと……」


「どうしてアイツ等に襲われていたんだ?」


「……アイ、ツ? お、おそ……」


「トカゲ人間に襲われていただろ。なにがあったんだ」


「と……カゲ、トカゲ、家畜、取った。……追いかけタ……わたし、家畜、取った。……トカゲ、マタ取った。……逃げラレた」


 どうやら少女にとって使い慣れない言語を、青年は話していたらしい。


「……イタイ、痛かった。……ありがと。……トカゲ、悪い。大事、家畜……頭と足、取って行っタ……」


 少女は小さな両腕を動かして、何度もお腹に抱える仕草をした。どうやら家から家畜か家畜の肉が盗まれて、勇敢にも追いかけたこの獣人少女は、一度はトカゲ男たちから取り戻したものの、結局トカゲ男たちに家畜の頭と足を奪い去られてしまったらしい。執拗に二匹から殴り蹴られていたのは、この少女が家畜の肉を奪われまいと必死に抱え込んで放さなかったからなのだろう、と青年は理解した。

 少女の腹辺りには血の染みがいくつも付いていたが、本人の怪我ではなかったようで安心する。


「お嬢ちゃん、両親はどこだい? まだアイツ……トカゲ男たちが出るかもしれない。送ってあげたいけど……この森の中かい?」


 街道から離れるほどに鬱蒼として行く森を見て青年は躊躇う。少女は丸い猿耳をピクピクさせて、嬉しそうに青年を見つめてきた。


「オク、送って……、送って欲しイ」


「マジかー……」


 つい溜息が出る。少女が愛らしく首を傾げた。


「ま、じ? ……オクテ、送って?」


 オレンジ色の瞳がキラキラとしている。青年はその愛らしい顔を眺めて考える。この森の中を面倒がらず送っていったら、彼女の両親が感謝して精一杯のもてなしをしてくれたりするだろうか。食事や一夜の宿にありつけるとしたら助かるが、まさかピンクのフリルについた血を見て「ウチの娘になにをした!」なんて怒り出さないだろうか。

 悩んでいるところへ、ひょっこりと可愛らしい猿耳とオレンジ色の丸い瞳が次々と木陰や茂みのあちこちから現れる。じっと青年たちを見ていたかと思うと、こちらに少しずつ近づいて来る。それが猿の獣人たちであると青年は間もなく気がついた。青年よりは小柄だが、怪我をした少女よりは体格の良い大人の顔立ちの獣人たちだ。全員が少女と同じように頬から首にかけて赤い稲妻のような入れ墨をしている。着ている服は農夫のようなものだったり、布を巻いただけだったりでバラバラだった。一人が街中で貴族の馬車の御者が着ているような上着を羽織っていた。古着を手に入れた少女の身内だろうか。少女のワンピースと同じように、物は良いようなのに薄汚れている。

 同族の者を暴行したと誤解されないか不安がよぎったが、七、八人ほどの猿の獣人たちは少女が青年に「ありがと」と繰り返しているのを聞いて、街道に落ちているトカゲ男の腕を見て、笑顔を伝染させていった。


「リイー、助けた? あり、ありがと……リイー」

「リイー……よかた」

「ありがとー、リイー」

「ありが、と……」


 「リイー」は少女の名なのだろうか。御者風の上着を着た獣人が、トカゲ男の腕を拾い上げて仲間に示してながら、少女に笑いかける。ともかく良かった、と青年は胸をなでおろす。森に入らず可愛らしい少女を無事に帰せる。


「良かったな、お迎えだ。悪いけど俺は街へ急ぐから、ここでお別れするよ」


 恐らく貧しい農家のような暮らしをしているのだろうと、獣人たちの身なりから判断した青年は、無理なもてなしなどされては申し訳ないと考える。

 だが獣人の少女は立ち上がって、残念そうに青年に身を寄せてくる。お礼がしたいのか、命の恩人ともう少し一緒にいたいのか。


「オク、送って……?」


「ごめんな」


 ふわふわと手触りの良い頭をなでて、折角なので猿耳もさり気なくなでて青年は、トン、と少女の背中を仲間の方へ押し出す。どうせなら少女のお尻の先で左右に揺れるしなやかな長い尻尾もなでてみたかったが、流石に初対面でそれは痴漢行為にあたるかもしれないと諦めた。

 さようなら、と手を降って街道を歩き出した青年に、猿の獣人たちはオレンジ色の瞳をそろって向けて、口々に「ありがと」を繰り返す。大人の男の獣人でも青年より頭一つ分は背丈が低く、大きな瞳なので可愛らしい感じがする。引き留めようとしたのか、「リイー」と云いながら青年を囲むように身体を寄せてくるのを、青年はやんわりと押し留めて遠ざかる。猿の獣人は義理堅いのか、姿が見えなくなるまで青年を長いこと見送った。


 これが四日前の出来事だった。


 何事もなく半日ほど街道を進んで、青年は城壁に囲まれた街へ入った。意地悪な奴らに小突かれ、親切な人から案内を受け、商人と知り合ったりして、青年は無事に手持ちのメモ帳やペンやポケットティッシュやストラップやのど飴といった日本での日常生活をささやかに支えてくれた色々を現金に変え、無事に宿屋を見つけ、賑やかな居酒屋で温かな食事にありついた。

 異世界の宿屋の親父と顔を合わせ、街中での買い物も挙動不審にならず出来るようになり、異世界の人々と馴染んできたような気分になった青年は、その日初めて居酒屋の女将と常連客たちの会話に横から入ってみたのだった。

 気になるキーワードが話題に出ていたこともある。

 どうやら会話に混ぜてくれそうだったので、運ばれたばかりのパンとシチューの皿を持ち込んで同じテーブルに着く。


「あれを知らないなんて、アンタ、どこのお坊ちゃんなんだい。ここらには多いのさ、気をつけな」


 酒に酔った髭面の親父が赤い顔で笑った。


「青い鱗のトカゲ男だろう? オレンジ色の目の猿耳の女の子を二人がかりで襲っていて驚い……」


 青年が言葉を返すと、女将がカウンターの奥へ酒の追加の合図を送りながら勢いよく遮る。


「なに云ってんだい。その猿耳の奴らが害獣なんだよ。トカゲに似てる方は大人しいもんだ。主食は昆虫や木の葉だからね。獣のように畑も荒らさないし、人間も襲わない。可愛いもんだよ、天気のいい日は仲間同士で身を寄せ合って岩の上で団子みたいになっていてね。私にはわからないんだけど、トカゲ亜人が好きな人は話してる言葉がわかるらしくてね、会話も出来るらしいよ」


「猿耳……の亜人とも会話できるんじゃないのか」


 青年が訊くと、酔っ払った常連達が「違う違う」と首を横にふる。


「猿耳の彼奴等ってね、人間の言葉を真似んの。ほら、顔に赤い模様があるし、目もオレンジ色で気持ち悪いんだけどね、尻尾隠して顔に両手添えたりすると、一見人間に見えるっしょ? だから人間みたいにふるまってー、まだ害獣の区別がついていないような小さな子供を騙したり、夕方の薄暗くなる頃合いで年寄りにゆっくり近づくの」


 青年の頭の中に、ぬらりひょんや化け狸のような悪戯妖怪の姿が浮かんだ。意味がわからないが、憎めない感じ。思わず吹き出した。


「それ、ゆっくり近づいてナニするんすかー」


「なにするって、他の亜人や人間を攫って飼う習性があんだよー」


「……ハイ?」


「二、三人攫って、一人はすぐに殺して、残した方はあとで食べるために飼育するんだー。タチが悪いよ」


「そうそう、彼奴等自分たちより弱い者を狙うんだよね。子供と年寄り、怪我した人間なんかをね。人間が油断するような言葉を覚えて繰り返したりするんだよ、ありがとう、とかね。意味なんてよくわかってないんだろうに、人間が喜ぶからさ。送ってほしい、なんて云って住処に誘い込まれることもあるらしい。……ああ、多少は意味もわかってんのかね」


「……トカゲ亜人は、その猿耳亜人から家畜を盗んだりするんですか」


「どうしたの、オニイチャン? 急に丁寧な喋り方になっちゃって……。いいや、肉なんて食わないからね、トカゲ亜人は。そもそも猿耳は小さな身体のわりに力が強くで危険だから、よっぽどのことがない限り、近づきたくないだろうよ。むしろ猿耳の方がトカゲ亜人を肉として狙うだろうね……」


「トカゲ亜人の……子供とかお年寄りが猿耳亜人の家畜にされて、それをトカゲ亜人が助けに行くことはありますか」


「ああ、可哀想にねえ……人間みたいに高い塀で囲まれたところで住んでいるわけじゃないからね。よくあるみたいだよ。トカゲ亜人って、人間みたいに子供や親兄弟を大事にするらしくてね、助けに行っても、とっくにバラバラにされて干し肉みたいにされていることも多いみたいで……それでも必死にかき集めて連れ帰ろうとするらしいよ」


 話の輪から外れることにして立ち上がった青年は最後に尋ねた。


「リイー、と猿耳亜人の口から何度も聞こえたんですけど、あれって鳴き声ですか」


 いいや、と女将は否定する。


「猿耳の言語らしいね。獲物になりそうな人間や亜人を見つけると、警戒しながら囲い込め、って意味で仲間同士で呼びかけ合うらしいんだ」


 青褪めた青年を見た女将が気遣って付け足す。


「ああ、心配しなくていいよ。最近は人間が襲われるなんて滅多にないんだ。街は立派な壁に囲まれて門番もしっかり仕事してくれてるし、いまじゃ子供にだって、人真似して近づいてくる亜人のことはよく云い聞かせて育ててるんだ。お年寄りが城壁の外へ出るときは家族が心配して付き添うしね。ましてやお兄さんのような大人の男なんて、遠くから眺めることはあっても、本気で狙われるもんかい。大丈夫さ。他に誰もいないような寂しい場所で、猿耳が沢山集まってきたのに人間のほうが馬鹿みたいに油断してない限りね」


「…………」



 青年は隅のテーブルへ移動して、惰性のように食事を続けていた。皿からすくい上げた一匙のシチューの中に、どこかで見たような赤い模様のある肉を見つけ、ぼんやりしばらく眺めていたが、急に目が覚めたように立ち上がった。

 食事を残したまま席を離れ、騒がしい人々の間を抜けて居酒屋を出る青年を誰も気に留めない。

 通行人を避けて細い路地に入り、うずくまると青年は吐いた。

 胃が空っぽになるまで、何度も吐いた。








《終わり》


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