始まり(序章もしくはプロローグ)
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まだ夜は長い。
月は二つとも煌々と世界を照らし、世界は夜の支配者達が蠢く時間帯。
その宵闇の中、鬱蒼と茂る道で繰り広げられる戦いに、オレは何とも言えない笑みを浮かべてしまう。
ナイフを震える手で構える青年の名前は【貴男】
本当の名前はきっと別にあるのだろう。
この世界に来る存在が皆、本当の名前とは限らない。
この世界が【ゲーム】と呼ばれるモノなのは正解ではないし、間違いでもない。
この世界はあの青年が元いた世界の【ゲーム】という媒体とリンクしているだけの話だ。
【ゲーム】と言えば聞こえは良いが、もっと言えばあの青年にとってはここは【ゲーム】の開催場所なだけであり、平たく言えばただの異世界だ。
当然、ケガをすれば痛いじゃすまないだろう。
しかしあの青年からするとこの世界が【ゲーム】と言った方が分かりやすいと踏んだのが功を奏したのだろう。
震える手とは裏腹に決意に満ちた目で赤血球の魔物と対峙している。
「あの声の主はお前か?オレに生きる意味をくれた…いや、それは進めれば分かるか♪」
その声があの青年に届くことはないだろう。
「そのモンスターに勝てればいいな♪マイフレンド♪」
月明かりが照らす中、赤く光る視線と、黒くボロボロのマントをはためかせながら、ノーシークは励ますように呟きその戦いを観戦し始めたのだった。
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人は何故か同じ時間が流れている筈なのに、時々体感時間が違う時がある。
顕著な例で言えばお気に入りの本の最新刊を読みふけったり、最新のゲームに気付けば夢中になりすぎて時が早く流れたり、がそうだろう。
それとは逆に時が遅く感じることがある。
例えば、人は死ぬ直前に何故か、世界がスローモーションで見えるというアレだ。
今まさにそれが体感されている。
誰の声も、魔物の声も辺りにざわめく木々の音も感じない。
聞こえるのは自身の浅く吐く息と、高く脈打つ自身の鼓動だ。
ゆっくりと襲い来るように感じる赤血球の魔物は、今にも自身を包み込もうと赤い液体のような体を壁のように広げて襲いかかってくる。
どこが急所なんて分からない。
それでも、ここまで距離を詰められ、引き返せない所までくれば身体は自然と震えながらも生き延びる為に動き、顔の真ん前まで構えたナイフを突き立てるように自らもその壁に突撃した。
刺した感触は正直何もなかった。
もし例えるならば、コンニャクを切った感覚と一緒だ。
つまり「核」と言う恐らく弱点であろう部分ではなさそうだということだ。
有り難いことに、この魔物は刺されても痛覚はないのか、呻くこともない為、今まで生物なんて、生魚すら刺したことない自身でも何かを刺してしまったという罪悪感が湧いてこない。
本当にコンニャクを、もしくは誕生日ケーキを切り分けるようなそんな軽い感触なのだ。
だからといってそのまま安堵で終わるはずもなく、刺してトドメをさせていないのだから赤血球は取り込もうと自身に覆い被さり、まるで粘度の高い水糊が体に触れ、ベトリとした赤血球の体液が頬に垂らされる。
(やばい……!)
それ以上の思考はなかった。
取り込まれてしまえば、後は恐らくジワジワと溶かされる展開が待っている。
それをどうにか防ごうと刺したナイフを強く掴み引き抜こうとした。
しかしそれで逃げれるとは限らない。
だからだろうか。
次に体は自然と【ゲームで操作するキャラクター】のようにナイフの柄を強く握り締め、引き抜くと思わせておいてそのまま切り裂く勢いで思い切りナイフを持ち上げた。
こんな力が自身のどこから出てくると言うのか。
まるで自分の体のようで自分の体じゃない程の力強い腕力は、その赤血球の身体を容赦なく二等分に切り裂いた。
それでも感覚はやはり二等分に切ったケーキかこんにゃくかそれぐらいの感触でしかなく、2つに切り裂かれた赤血球の隙間から這い出るように距離を取る。
勿論、核という名の弱点を攻撃出来ていないからだろう。
赤血球の魔物は死ぬような素振りは無く、そのまま何事もなかったかのように元に戻ろうとしている。
きっとこれを何回か繰り返せば、そして都度都度、このように逃げおおせればやがて核らしきモノが壊せそうな気がしてくる。
しかし脳裏によぎるのはそれよりも先に「自分の命となけなしの勇気が幾つあっても足りない」だった。
そもそもさっきの一撃とて命を賭けた勇気だけで突っ込んだ奇跡の一撃なのだ。
これを何度も繰り返せば勝てる可能性があると分かっていても、そうそうその奇跡的な勇気が発揮出来るわけではない。
現に今も足は震え、腰は引けている。
よく命を賭けて、なんて言う輩がいるが、そんな言葉だけの賭けよりも何倍も労力の消費が凄い。
赤血球の動きが鈍くなったのを良いことに、少し距離を取れば、後ろに構えている見張り番の青年は再び矢をつがえて赤血球の元の形に戻ろうとする部分を切り裂くように撃ち抜く。
「いい感じですよ!もっと細切れにしましょう!」
なんて意気込む見張り番の声に乾いた笑いしか出てこない。
そもそもこんなファンタジーな存在を相手にした攻撃なんて習ってなければ、平和万歳、銃なんて精々サバイバルゲームか画面内でしか撃ってこなかった人間だ。
敵だからといって細切れにしましょう、だの、オレカッコイイっ!なんて思考に至る訳もなく、また同じことを繰り返さないといけないのかと絶望的な宣告にしか受け取れない。
それでも見張り番の青年の言葉は間違いではない。
細切れになれば壁のように広がるあの体に、津波よろしく飲み込まれる心配はない。
追い討ちをかけると言う点では今ほど好機じゃない時はないのだ。
「……生き残るには」
やるしかないのだと言う言葉を飲み込んだ。
そのまま先程と同じようにナイフを眼前に構えれば、先程よりは幾分か落ち着いた手の震えに気付く。
先ほどと同じことをすればいいだけだと思えた感情がその震えを止めたのかは今はどうでも良かった。
(動けるなら…核を刺さないと…っ!)
それだけが動力源のように再び赤血球に突撃するように突っ込めば、体制の整わない赤血球を問題なく横一文字に一閃することが出来た。
しかしまたもや感触は何もなくただ生クリームを切ったような軽い感触しか感じられない。
ここまで来ると自分はもしや幽霊で攻撃しても当たらずにすり抜けているのではと感じてしまう。
それでも自分が生き残るには、と再びナイフを構えれば四等分されている赤血球の元に戻ろうとする動きがおかしいのに気付く。
二等分ではわからなかった。
なにせお互いに引き寄せあうようにくっついていこうとしていたのだから。
しかし、四等分になるとその違和感は顕著で、四等分が引き合うことはなく、不自然に右上の赤血球の体に残りの体が引き寄せられているのだ。
もしも引き寄せて繋げるのも核の役割なのであればあの右上に漂う体の一部ほど怪しいものはない。
「……やるしか」
確証なんてない、それでも幾多のゲームをしていればその不自然な何かこそが弱点だったなんてことはザラにある。
その今までの経験則と、ここが【ゲーム】の世界だと信じて、震える手に握り締められたナイフを再び構えて右上の身体に突き刺した。
初めて何かを刺した感覚がした。
それは先ほどの柔らかな何かを切るような感覚でもなければ、肉を切った感覚とも違った。
熟れた果実を刺したようなそんな感覚に一番近いのかも知れない。
罪悪感を感じたかと言えば正直そんな感覚はない。
人間を刺した訳ではないのだ。
生きている生物とはおよそ言えないその赤血球の魔物にだからだろうか。
それでも倒した罪悪感を抱けてないのだからもしかすると冷たい感性の持ち主なのかもと脳裏によぎった。
固まり元に戻ろうとしていた赤血球の身体は核を突き刺したからだろう。
地震で震えるカップの水のように波紋を広げ次には赤い血のシャワーのように弾け飛び地面と自身の身体を赤く染め上げる。
その生暖かい液体の温もりにようやく倒したのだと言う感覚と、それがまるで人間の血のように感じられて気持ち悪さが込み上げてくる。
しかし、その胸から湧き上がる何かを消化する前に見張り番の切羽詰まった声が響く。
「姉さん!」
その声に反射的に視線を上げれば、いつの間に増えていたのだろうか。
一匹の赤血球と対峙していた村長の娘の周りには何匹もの赤血球が群がっていた。
娘は薙刀を振り回しながらも見張り番の青年の声に気付いたのだろう。
少しずつ見張り番と自身の方に後ずさりながら、用心深く赤血球の動向に気を配りながら声を張り上げる。
「そっちの始末が終わったなら、こちらも倒しなさいっ!」
自身が倒して何もないのだから犯人じゃなかっただろ!とか、人間を殺したんじゃないかと思われる赤い液体に対する恐怖よりもまずこの目の前の危うい現状に意識が向く。
生き抜いてからそれは考えるべきだろう。
そうかぶりを振って思考を消せば見張り番の青年は矢をつがえて村長の娘のフォローをしている。
「…………オレも」
再びナイフを構えれば、不思議と手の震えは収まっていた。
ここまでくれば一度も二度も、ましてや核を狙う同じような行動もただの繰り返しでしかないのだ。
大丈夫。
一度出来たのだ。
ここまでくれば何度でも同じだろう。
そういい聞かせて再びナイフを振りかぶる自分は本当に今までの自分と同じだろうか?
何かのレールに乗ったような、まるで別の意思が働いているような感覚を胸に赤血球を切り裂いたのだった。
いつも目を通して頂きありがとうございます。
今回はほぼほぼバトルパート、及びに少し短めになっております。
プロローグもようやく半分に差し掛かりました。
更新が遅くなりましたが、やはり文章でバトル表現するのは難しいと感じてしまいます。
次回もお目通し頂ければ幸いです。




