始まり(序章もしくはプロローグ)
例えば、目の前にもし【魔物】という存在が立ちふさがって、それがどこぞのゲームやアニメのように知っている【魔物】であれば、この背筋を伝う寒気や、震えて使い物にならない体はもう少しまともに動けたのだろうか?
どんなに考えても答えなんて出る筈がない。
そもそも【存在しない】とされている魔物が出てくるのなら例えどんな存在でも怖いに違いない。
例えそれが、理科の授業などで見る姿形がそのままの【赤血球】だとしてもだ。
「見ろ!まだ奥に大量にいるぞ!」
「くそ、なんだって急にこんなに魔物が押し寄せてくるんだ!」
「他の村もこんな感じでやられたに違いない」
「一体、何が目的でこいつら襲ってきたんだ!」
遠いようで近いような村人達の声を横に聞き流し、視線は反らすことなく【赤血球】を映し出している。
表面はザラッとしてそうなイボが見え風船のように漂う【赤血球】は中から何かが飛び出そうとしているかのように蠢き、変形しながら村へと近付いてくる。
遠くに視線を向ければ更に幾つかの【赤血球】が同じような動きで徐々にこの村に近付いているのが分かった。
「………ハァ、……っ」
呼吸が詰まるような自身の声と心音がやけに大きくきこえる。
手がカタカタと震え、切っ先が定まらないナイフが心許ない。
足を踏み出そうにも竦んだように動かず、騒ぐだけで武器を構えて戦おうとする村の人達の気が知れない。
こんなこと現実にあり得る筈がないのだ。
なのに周りの人間は当たり前のように迎え撃とうとしている。
映画でも見ているのか、夢なのか、鮮明に映し出される光景に自分は一体どうなってしまったのかとグルグルと思考が渦巻き、いつまで経っても納得する答えが出てこない。
でも、時間は止まってはくれなかった。
遂に村の入り口目前まで迫った【赤血球】に村人の一人が鋤を持って飛びかかっていった。
勇気と言えばいいのか、無謀だったのかは分からない。
その動きに反応するように【赤血球】はまるでドーナツのようにその鍬を穴を開けてかわすと、アメーバのように変形し村人を飲み込むように包み込む。
「ひっ!うわ、やめ……ぎゃあああああああああ」
包み込まれた村人は最初はもがくように蠢いていたが、次には、噛み砕かれているような鈍い音と叫び声を上げて動かなくなり、【赤血球】が包み込むのを止めて解放すれば、肉片や血一滴さえ跡形もなく消えていた。
「な、なんだコイツは!?」
「人間を食べたぞ!」
「こんなヤツに勝てるわけがない!」
「弓だ!矢を放て!接近戦はダメだ!」
騒然とする声がやけに遠くに感じる。
思うように声も紡げない、今にも吐きそうな光景に何故、周りは尚も戦おうとするのかワケがわからない。
(こんなの逃げる以外ないだろ?)
頭を埋め尽くすのは逃げろと警鐘を鳴らす三文字。
だと言うのに身体は逃げることが出来ない程にすくみ、情けないくらい歯がカチカチと音を立てて震え、瞳からは涙が零れ落ちそうになる。
見張り番のお兄さんが遠くで弓を構えて矢を放とうとしているのが視界に映る。
(なんで逃げないんだろうか、ここが自分の村だから?命の方が大切何じゃないのか?)
誰に尋ねるワケもできずに立ちすくんでいると矢の雨をかいくぐり村に侵入してくる【赤血球】がドンドン増えてくる。
動かぬ身体に何度言い聞かせても足は動かず情けなくナイフを両手で構えて震えることしか出来ない。
やがて近付いてくる一つの【赤血球】に気付き、次は自分がやられるのかも知れないと恐怖でおかしくなりそうだった。
「……めろ、……でくれ…」
掠れてうまく声が出ない。
過呼吸のように苦しい。
「やめろ……こないでくれ…」
嘆願するような今まで出したこともないような声。
周りの村人が奮闘し喰われていく様を恐怖にしか感じず、ジリジリとようやく足が後退りを始める。
「いやだ……っ!くるな……っ!」
次に発した言葉に体はようやく反応したのか動き、次にはもつれる脚をそのままに踵を返して村から逃げるように駆け出した。
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暗い道を何の明かりも無く走り出す、道に沿って走っていたつもりなのに恐怖で混乱した頭はいつの間にか道とは言えない森の中を進み、後ろを振り返ることなく走り続けた。
よくここまで走れるものだと思考の隅で考える。
逃げろ、逃げろと、後ろを振り向くこと無く響く自身の思考に追い立てられるように森の中を駆け抜けていれば遠くに黄色く淡く光る灯りが視界に映る。
【誰かいる】その思考にたどり着くと次にはその灯りの先に釣られるように足が駆けていく。
その灯りが危険じゃないのとか、助けて貰えるだろうか、とかたくさん思考は巡るがソレよりも一人で逃げ続ける疲れと恐怖が上回り、無我夢中で駆け寄った。
「あ…!」
駆け寄ってすぐ相手の姿が写り込み駆け寄る足が無意識に止まった。
ワケの分からない状態でも考えれば分かることだった。
こんな夜更けのどこかも分からない鬱蒼とした森の中になんで人間がいると思えるのか、ここはキャンプ場でもなければ【魔物】なんて理解できない存在が蠢いているのだ。
当然、この明かりの主が人間である可能性なんてないことに気付くべきだったのだ。
ソイツは人の形をしていた。
まるでどこかでみた悪役の雑魚の隊員のような黒い服装。
道化師のような黒い帽子に黄色く発光する身体から溢れる糸と、そこに映し出される白く艶めく骨。
「骸………骨?」
黒いボロボロのマントが風で翻ると黒いノースリーブから覗くのは肩甲骨や肋骨そのもの。
人間のような肉がついていない。
理科の生物で習った骨格標本そのものだった。
自身の無意識に呟いた言葉はその骸骨に届いてしまったのだろう。
糸を見つめていた後ろ姿はピクリと反応して、ゆっくりと此方へと向けられる。
「………ひっ!……っあ!」
再び襲われると気付いて後ろに後ずさるも、走り慣れない森の中を走りつづけたからだろうか。
既に疲れきった足はもつれて、バランスを崩し呆気なく地面へと叩きつけられ、痛みで声にならない声が出た。
振り向くその顔が骸骨のソレだと思い青ざめた表情と思考で睨みつけるも次は、想像していた顔ではなく思考が止まる。
似つかわしくない仮面をしていた。
口元は笑みを浮かべたような骸骨そのものなのに、仮面はメタリックな銀色で近未来のロボットかのように仮面の中央は一つ目のように赤いライトが灯りチカチカと瞬いている。
ファンタジーな魔物と近未来的な装備のアンニュイさに理解が追いつかなかった。
「んー?
あ!その見た目!Hello!My Friend♪
ようやく会えたな!なんで地面で寝ているんだ?ベッドで寝たらいいだろ?」
次にはケラケラと笑う声が響き、やけに人懐っこい、少年のような明るい声で話し掛けられた。
「………え?」
攻撃をしてくる様子はなかった。
辺りを漂う発光する黄色い糸も辺りを照らすだけでそれ以上何も動きがない。
骸骨は存外無遠慮な様子で此方までツカツカと地面を鳴らして歩いてくるとしゃがんで覗き込むような姿勢になる。
「ん?おかしいな、もしかして言語違うのか?
ミステイクだな、My Friend!
言語は始まる前に設定しておかないとダメだろ?」
戸惑う自身の様子をどう受け取ったのか、再び話し出す骸骨相手に、呆然と見つめ返すことしか出来ないままなんと答えればいいのか分からない。
先程まで死の恐怖を感じて高鳴っていた心音は落ち着き、目の前のその【異質な存在】の一挙一動を見つめる。
人間のように話し掛け、とても馴れ馴れしい様子に、恐怖は薄れ、ただただ理解の追いつかない思考がこれはなんだと、ひたすら考え続ける。
「あ………いや、言葉は…わかる…」
それでも何も返事をしないワケにもいかず、当たり障りない返答が上擦った声で漏れた。
「グラッチェ♪なんだ、ならノープログレムだな!
じゃあ、なんだ、寝起きで頭が働いてないのか?
大変だなぁ、ヒューマンは!」
勝手に解釈して、仮面越しでも分かるご機嫌な声に何も言えなくなる。
今までの恐怖からまるで解き放たれたような感覚と次に襲ってくるのは、訳の分からない安堵感。
懐かしいような、安心するような目の前の存在に震えていた手足がいつの間にか止まっているのに気付いた。
この【魔物】は襲ってこない。
何故かそんな気がした。
再び読んでいただきありがとうございます。
主人公は決して強くありません。
頭でっかちに思考するただの人間でしかなく、もしリアルの私たちが実際に魔物に会えばこうなるのではないかと考え動かしています。
ひとりで理解の出来ないまま、逃げていった主人公ようやく、始まりを迎えることが出来るようです。
遅筆ではありますが、皆様の感想やレビューとても励みになります。
また次回もよろしくお願い致します。




