始まり(序章もしくはプロローグ)
夢を見ているような感覚だった。
自分の意識がそこにあるようでないようなそんな感覚。
目の前に浮かび上がる文字に対してそれが異常だと感じることもなく当たり前のように享受してその文字の答えを考える。
“あなたのお名前は?”
自分の名前は何だったろうか…。
そんなうっすらとした中、浮かび上がる次の文字はまるでどこかのゲームのような文字。
“あなたのお名前を入力してください”
その下には平仮名の羅列と決定と書かれた文字。
宙に浮かび暗闇の中で淡く見える文字の神秘的な出来事に何も疑問を抱けず、入力するべき空欄だと思われる箇所には『アナタ』とだけ書かれている。
夢というのは厄介で見ている時にそれが夢なのだと理解して動くことなど出来ない。
だからこそ、ただ浮かび上がる『アナタ』の文字があまりにも今の自分を指している言葉なのだから間違いではないと、決定の文字に手を触れた。
そうすれば、次には何かガラスの瓶が落ちて割れたような音にあわせて暗闇がボロボロと瓦解し、眩い光が視界を覆い尽くした。
その瞬間に既視感が襲い、まるで夢から覚めるように記憶が舞い戻ってくる。
「そうだ……俺、PCが眩しいのをどうにかしようと…」
それ以上の言葉を紡ぐ前に余りの眩しさに顔を両手で庇い目を瞑れば、暫くすると生温い風が腕に当たるのを感じ、恐る恐る瞳を開いた。
「え?」
それ以上の言葉は出てこなかった。
先ほどまでの不思議な出来事はどこにも見あたらず、それどころか自分がいたであろう部屋ですらなかった。
なんでどうしてと溢れる疑問とそれでも何か状況を理解しようとする理性がせめぎ合いながら辺りへと視線が向かう。
自宅の外のいつも通るアスファルトのような道はなく、どこかの海外の田舎のような舗装されていない土の道が続くばかりで、立ち並ぶ建物もコンクリートのビルとかではなく木造の小さな小屋のような家が立ち並ぶばかり。
小鳥が囀り、広がる青空は幾度となく見慣れた同じ空のはずなのに電柱の電線一本すら見当たらない。
唖然としながらその様子を見つめているものの道行く数人の農夫のような人達はまるで自分がいないかのような態度で歩いている。
「…どうなって、夢……?
なんて思える夢があるわけないし…俺はどうなった?」
次には理解が追いつかない震える手で顔を覆い地面へ視線を落とす。
処理仕切れない現実に、無駄に想像力のある脳内は走馬灯のように様々な可能性を伝えてくるがどれも自分の今の状況を理解できる理由にはならず、自分はどうやって知っている場所に帰ればいいんだとしか思えない。
「財布、なんて鞄の中だし…携帯は…あぁ…くそ、ベッドの上だ、俺は寝間着でなんでこんなところ………あれ?」
持ち物で何か打開しようと両手で身体を弄りながらふと、自分がいつも寝るときに着ている灰色の寝間着ではないことに気づき動く手も言葉も止まる。
服装は自分のいつも出掛けるときのお気に入りの服装そのまんまだった。成人祝いに高い服の一つでもと親に言われて買ったブランドのジーンズに、どこかの安いショップで買った黒いトレーナーと深緑色の薄手のジャンパー。
いつものお気に入りのコーデがやけに安心すると同時に外で寝間着でなくてよかったと考えながらポケットに何かないか突っ込んでみる。
「何も持ってない…」
家から出た記憶もないのだから、何かを持ち歩けているとは思えず諦めてしゃがんでいた姿勢から立ち上がると改めて辺りを冷静に見渡した。
何度見ても自分の近所ではないという思考に辿り着いて無言で空を仰いだ。
無一文で連絡手段がないままどうやって帰ればいいのか、これなら遊びでもいいからリアルサバイバルゲームでもやっておけば良かったと後悔した。
そして後悔して気付いた。
「そうだ、俺は、ゲームが起動したんじゃないかって画面を覗き込んで…それから…」
もしそこで意識が途切れたのが確かならばと思考を巡らせ、自分の両手を握り締めしてみる。
「VRとか?いや、欲しいけど…まだVRは買ってないし…ボタンとかコントローラーを握ってる感触も…なしか…」
でもVR体験のプレイを友達としたときの名前入力場面は夢だと思えるようなあの暗い世界そっくりだったのだ。
「だとしても、コントローラーがないなら辞めることも自分の情報や状態も分からないし…そんなクソゲーはないだろ…」
覚えている記憶がゲーム起動の確認で止まっている為、連想してしまうがこの考え方自体がよろしくないだろうと冷静に頭を振って両頬を叩く。
鈍い痛みが頬にはしる。
「痛みがあるなら夢オチはなしだ、もしかすると部分的記憶喪失で自分の部屋までしか記憶がなくて本当は旅行か何かに来ている可能性もあるしな…まずは俺を知っている奴に会うのが先決だな」
一番あり得るのは海外旅行に来て、運悪く悪い人に暴力を振るわれて貴重品を奪われて放置されたという可能性が高い。
その時の強い衝撃で記憶障害が起こっているというのが今の自身が一番納得出来る理由だった。
「証拠に家にいたっていうのは覚えてるし…、でも海外旅行なんて生まれてこの方、行ったこともないんだけどな…とりあえず一人旅なんて柄じゃないし、どこかに連れがいるだろ…」
見たところそんなに治安が悪そうに見えない街並みで人はまだらながら何人かいた。
さすがに英語もできない自分が誰かに声をかけるなんてこと出来る訳もなく見知った連れが歩いていないか足早に大通りを歩いてさ迷った。
そんなに広い町ではなかった。というよりも村と言うにも小さすぎる、本当に山奥の田舎の農村か集落なのかといいたいくらい誰かの家しかなく自分の連れだと思える存在にも会えなかった。
「宿泊施設もないし、ホームステイにきてるわけでもなさそうだし…俺、本当にどうすれば…」
手持ちがないと言うのがこれほど心細いとは思わなかった。
一応成人を迎えている意地で冷静に最善で動こうとは思っているが、子供のように泣きそうになるのを何とか堪える。
「さすがに成人男性の男泣きはみっともなさすぎる…」
いつの間にか日は傾き、近くの田畑を耕していたであろう人達は続々と作業を終えて家の中へ戻っていく。
集落の端には篝火が焚かれ始め、見張り番のような若い人間がそのそばで座り込んで暗がりの道に視線を向けている。
「これはもう…人見知りしてる場合じゃないのかも知れないな…」
街頭の欠片もないこんな自然に囲まれた集落で夜が明けるまで過ごすのはさすがに野生動物がいた場合、危険すぎる。
無一文で泊めて貰うことは出来ないかも知れないが見張り番の人と語らって1日その場所でお邪魔するくらいは許されるのではないかと考えた。
「……あー、ハロー?イクスキューズミー?」
こんなことなら選択科目に英語を取っておけばよかったと後悔した。恐る恐る近づいて座っている見張り番の人の近くまで行けば、少しくすんだ金髪の髪と、赤い篝火の光に照らされてはいるが青色の瞳が映る。
その瞬間外国人だとわかり掛けた声は上擦り、よほど英語に聞こえない英語になってしまった。
見張り番の男はその声かけに一瞬面食らったような表情をするも次には首を傾げ
「どこかの旅人さんかい?聞いたこともない言葉だな…あぁ…いや、聞いたことはあるけどそれはまるで……」
「日本語っ!」
見張り番の言葉を遮ってつい大声で叫ぶと、見張り番は一瞬肩を跳ねさせるも気遣うように視線を向け
「おにーさん、大丈夫かい?どこか具合でも……」
「あぁ…いや、すみません。てっきりここ外国だと思ってたんで…違っててむしろ良かったです」
田舎に外国人が移住するグローバルな時代であることを思い出して慌てて言葉を遮って言い募り、それと同時に日本であるならどうやっても帰れるなと安心したように息をつく。
「はぁ……まぁ、とにかく何か御用ですか?」
見張り番の男性はその様子を不思議そうな視線で見つめるも次には何のために声をかけたのか気になったのか問い返してくる。
「あ、その…俺、道に迷って…連れともはぐれてしまってお金もないんです、泊まろうにも宿泊施設もないし…朝になるまで一緒にココにいさせて貰えないかと思いまして…」
もし断られたらどう返答しようかと、しどろもどろ言葉を募れば見張り番は合点がいったように頷き
「旅人さんが泊まる宿はココにはないんですよ、すみません、見た通り小さな集落でして…この道の先に行けば宿もあると思いますが夜道は暗いし魔物も出ると思います。
なにもおもてなし出来ませんが篝火のそばにいれば気も紛れるでしょう、朝までどうぞいてください」
人の良い笑みでそういう見張り番に安心したように息をつくも、次には存在しない存在の言葉を言われてバッと顔を上げて理解できないままその言葉を繰り返し
「…よかった、って…………え?魔物?」
唖然とした自分を見つめる見張り番は何かおかしなことをいったかと見つめ返し
「えぇ…魔物です」
やはり理解できない言葉を繰り返したのだった。
再び目を通して頂きありがとうございます。
序章ということもあり、短めにはなりますが楽しんで頂けると幸いです。
主人公の男性の名前や、性格、背景の生活は敢えてぼかしての表現になります。
あくまでもこの物語の主人公はこの男性であり、見ている読者様だと思っての表現です。
今後とも文章構成、表現力共々精進して参りますのでどうぞよろしくお願い致します。




