一章 行方不明の子ども達
重苦しい話を終えた後、カインはもう少し休んでくださいと疲れた表情に無理やり笑顔を張り付けて部屋を後にした。
だからといって、すっきりしない現状に眠気がやってくる訳もなくベッドに再び倒れ込んで薄ぼんやりと見える天井を眺めることしか出来ない。
「なんで…」
様々な感情が浮かんでは消えていく。
身体もボロボロで脳も疲れ切っていて、何も考えたくないと思っていたのにまるで何かに突き動かされるように思考が巡り、これからどうするべきかと問いかけてくる。
もう面倒ごとから逃げるようにこの村から出て行きたいというのが正直な所だ。
行く当てなんてなくとも、変な犯人扱いや、モンスターとの戦闘からは逃れられるかもしれない。
「夜が明けたら、出て行くか」
カインには悪いが、身体がボロボロでも動けないほどきつい訳ではない。
身長が急激に伸びた時に感じる成長痛が大袈裟に感じられるだけの痛みだと思えば存外、出て行くというのは無理な考えでもないような気がしてくる。
そのまま、静かに考えを纏めると、ゆっくりと身体を持ち上げて、明け方に備えて出て行く準備を始めたのだった。
結局、外で起きていた喧騒は明け方になっても続いており、カインや村長も夜通しその話を親身に聞くことになったようだった。
証拠に外で続いていた喧騒は、室内へと移り、階下からはヒステリックな声とそれを窘めるような声、カインに対して姉の処遇を問う声がひっきりなしに聞こえていた。
正直に言って、この喧騒の中を出て行くと思うと気が重いどころか、なんと言って立ち去ればいいのかすら分からない。
からと言って大した荷支度じゃないにしろこの村を出る準備をしていたのを諦めるというのは現状したくないと思い、部屋のドアを意を決して開けた。
「だから、その証拠がないなら疑わしい奴を拘束した方がいいって話ですよ」
「そんなことより息子がいなくなってかなり時間が経っているのよ、もっと人手を集めて捜して貰わないと!」
「村の若い連中が近くの山の麓を見てるし村の中は女連中が捜してるだろ、今回の村長の娘の件を解決してる間に見つかるさ、犯人はどうせソイツなんだからな」
「だから姉はもう…」
扉を開ければ何度も堂々巡りをしている話が再び耳に飛び込んでくる。
どこを議論したいのか分からない喧騒を聞きながら痛む身体を労わるようにゆっくりと階下を降りていこうとすれば、幼い少女がその喧騒を見つめて階段の縁に座り込んでいた。
そこに座られていると降りれないなと考えながら軋む階段を降りて近づけば、流石に少女も気配に気づいたのか喧騒から視線を逸らしてこちらを振り仰ぐ。
「あぁ…、ごめん、驚かせて…降りようと思って」
何も言わないのもおかしいかと当たり障りなく言えば少女は気づいたように立ち上がり横へと身を寄せて通れるようにしてくれる。
「お兄ちゃん、もしかして、モンスターを退治してくれた人?」
「え?あぁ…うん、一応そうなるかな…?」
そんな誇れるような程、退治したとは言えない戦いだった気がするけどと思いながら曖昧に頷けば、少女は目を輝かせてこちらを見上げてくる。
「強いんだね、お兄ちゃん!私のお兄ちゃんも強くなって帰ってくるのかな…心配するなって言ってたけど、さっきからお母さん凄く悲しんでて、早く帰ってきて欲しいの…」
少し落ち込んだ様子で俯くとまだ続いてる喧騒の方へ視線を向けて少女の言葉は尻すぼみになっていく。
「え…と、お兄ちゃんはどこかに出かけて行ったの?」
少女の言葉と嫌でも聞こえてくる喧騒を照らし合わせれば、母親が先ほどからいないと叫んでいる息子は,この少女のお兄ちゃんなのだろう。
誰かに攫われた、もしくはモンスターが連れ去ったというような母親の考えと少女の言動は一致していない。
「うーん、ホントは大人には内緒なんだけど、お兄ちゃん私たちを助けてくれたしこの村の人じゃないから特別に教えてあげる」
少女は自分の耳元まで届くように階段を駆け上がるとそっと耳打ちするように手招きしてくる。
その仕草が今起きてる喧騒とあまりに空気が違いすぎて、存外この騒動は子供の細やかな遊びで親が勝手に騒いでるというお家騒動のような気がしてくる。
そのまま耳元を近づけるように腰を曲げれば少女もそれに合わせて声のトーンを落として囁く。
「お兄ちゃんね、大人の証を取りに行ったの、でも大人にバレたら怒られるから内緒だって夜には帰ってくるって言ってたの、でも、まだ帰ってこないの」
「大人の証…?」
聞いたフレーズだな、と思いながらも内心は、子供のちょっとした冒険心か何かで帰ってこないだけの話か、と息をつく。
先ほど村の人が言っていたように人手を割いて捜しているならやがては見つかる筈だ。
モンスター騒動と重なって過剰に村人が反応してしまっただけだろう。勿論、現在進行形で犯人扱いされている村長やカインは気が気ではないのだろうが。
「お兄ちゃんは持ってないの?大人の証」
その内心を知ってか知らずか少女は信じられないと言いたげな様子で聞き返してくるものだから、え?と間抜けな声を出してしまう。
そもそも何を以てして大人なのか、成人式を迎えたら大人だろと思いながらもここは異世界どころかゲームの世界だからそんなもの存在しないのかと色々考えてしまう。
「俺は…ほら、住んでる場所が違うから年齢を重ねるだけで大人になれるんだ」
だからと言って黙り込むわけにもいかずに曖昧な笑みで少女に返せば少し期待した答えと違ったのか残念そうに口を尖らせた。だとしてもこれ以上答えようがないのは確かだ。
「なんだ、大人の証、私たちと違うのね、持ってたなら見せて欲しかったの、お兄ちゃん、それはとっても凄いモノだって言ってて気になったの、私がもう少し大きければ一緒についていけたのにな…」
「…大人の証のある場所にお兄ちゃんがいるってお母さんに伝えればいいんじゃないかな、そうすれば迎えに行ってくれると思うよ」
その証がなんなのかさっぱり分からないが、この村の伝統か何かならば親に言えば居場所なんてすぐにわかるし迎えにいってもらえるだろうと意見を言うと少女はとんでもないと言いたげに首を横に振る。
「ダメだよ、ダメダメ!大人の証は大人には見えないもの、取りに行ったのがバレたらお兄ちゃん、怒られちゃう!」
「大人に見えない?」
ますますどんなものなのか見当がつかなくなってくる。
ゲームの世界のファンタジーなアイテムか何かなのだろうか。止まない喧騒を遠目に見ながら立っているのも辛くなり階段の縁に腰を下ろせば、少女はその通り!と言いたげに同じように隣に腰を落ち着ける。
「山の奥にあるの、大人にふさわしければ山の主が現れて大人の証の場所を教えてくれるのよ、それを持って帰れば一人前の大人なの」
「へぇ…、山の主…」
神様か何かなのだろうか、とりあえず内容的には肝試しと似たような感覚がして気の抜けた返事になる。
とりあえず山の奥に進んだのだとしたら帰り道が分からなくて道に迷ったのかもしれない。
警察にでも捜索願いを出せばどうにかなるんじゃと考えを巡らせて思考が止まった。
ここはそもそもゲームの世界でモンスターがいるのだ。
文明的にはそんなに衰えているとは思わないものの警察がそもそもいるのかも分からなければ、山奥に潜むのが獰猛な動物だけとは限らない。
勿論、獰猛な動物だけでも十分、驚異のような気がするがもしかするとモンスターがいるのではないかと思い至った。
実際、自分は森の奥で陽気な骸骨に会っている。
比較的友好的だったもののモンスターの全部が全部話が通じるとは限らないのだ。
昨日の夜からこの明け方になっても帰ってこないのを考えると、道に迷っただけならまだ可愛いもので最悪、還らぬ存在になっている可能性もある。
「お兄ちゃんって何歳くらいなんだ?」
「私のお兄ちゃんは今年で10歳だよ」
自分よりも一回りもある年の差にいよいよ不安が募ってくる。
常識的に考えて自分が10歳だった頃にモンスターのいるかもしれない山の中で道に迷ったら生きて帰れるイメージが全くわかない。
もし山の中で本当にモンスターに襲われて死体でも見つかろうものならば、今、思考をかき乱すように聞こえてくる喧騒はさらに村長やカインを責め立て処刑でもされそうな勢いになるのは目に見える。
「もういい、村長には悪いが、お宅の息子が無実とは限らないだろう、家探しだけでなく行動を制限させてもらう、これ以上魔物の被害には遭いたくないんだ、理解してくれ」
「あぁああああ…私の息子…私の息子を返してよぉおお」
一度は自分も犯人扱いされ散々な目にあったが、実際に第三者の目線で似たような現場を目にすると苦虫を噛み潰した感覚になる。
この行方不明事件に心当たりがなければ些細な村のいざこざだと思ってこのまま村を出れただろう。
しかし少女の話を聞いた今では、全くの無罪どころか、行方不明の子供のちょっとした肝試しのような行動が引き起こしたのが本来の顛末だ。
「お兄ちゃん、まだ帰ってこないのかな…帰ってきたらまた遊びたいなぁ…」
大人たちの騒動がどれほどのものになっているのかまだ理解が出来ていないだろう少女の声にどうするべきか、と頭を悩ませる。
この問題を解決して得られるものなんてせいぜい村長とカインの感謝くらいだろうか。
ついでに村人にも感謝してもらえるのかもしれない。
しかし、山の中が安全とは限らない以上、この問題を皆に伝えたとしても混乱を招くだけだろう。
もしくはモンスターを倒せたのだからと自身が先陣を切らされてしまう可能性も否めない。
いくら動けるとは言え、身体の節々が悲鳴を上げているこの状況で戦えと言われたら今度こそ死んでしまうかもしれないのだ。
様々なことを想定してみれば、今回の騒動に口を出すのは割に合わない。
このまま何事もなく出て行こうかと薄情なことを考えていれば、少女が気づいたようにこちらを振り向き声をあげる。
「ねぇ、お兄ちゃん、私、お兄ちゃん迎えに行きたいの!
一緒についてきて欲しいの!」
「…え?」
「だってお兄ちゃん強いでしょう?大人の証を取りに行く道のりって大変なんだって…私一人じゃとても迎えにいけないよぅ…」
一瞬何を言っているのかと声を漏らせば少女は両手の人差し指で手をまごつかせながら口先を尖らせて呟いてくる。
「そんな、この状態で俺が、君を連れて行ったら…」
迎えに行く道のりは分かるかもしれないが、あのヒステリックなお母さんに誘拐犯呼ばわりされる未来しか想像できない。そもそも少女一人を守りながら山の中を歩ける自信が一ミリも沸いてこない。
「ダメ?」
「さすがにこのケガで君を守って山に入るのは…お母さんが心配するだろうし、ね?」
可愛く首を傾げられても軋んだ身体と、鬼気迫る母親の声が聞こえてくれば二つ返事でいいよなんて返せるわけがない。
むしろ断りたい方向である。
「じゃあ…、道のり教えるから迎えに行ってくれる?
一人で遊ぶのつまんないの、私のお兄ちゃんに早く帰ろうって言ってくれる?きっとお兄ちゃん大人の証、手に入れて寄り道してるんだよ…」
「えぇ…」
少女はお兄ちゃんが還らぬ存在になっている可能性は露ほども考えてないのだろう。大人の証も無事に手に入れてると信じている辺りよほど、お兄ちゃんは頼りになるのだろうか。
どうしたものかと首を捻っていると階段で腰かけている自分に気づいたのだろうか、カインが金切り声を立てている母親に平謝りしながら席を立とうとしている。
母親も、それ以外の村人もその行動で自分の存在に気づいたのか喧騒が一瞬止み、こちらを伺って小さく一礼をしてきた。
「もう、この村を立たれるのですか?」
疲れ切ったカインのそれでもこちらを気遣う言葉に、自分が今からしようとしていた行動を思い出す。
カインの言葉に少女は一瞬ハッとしてこちらへ視線を向け小さくお兄ちゃん…と声を漏らす。
その居心地の悪さに何か言おうとして出た言葉は全く自分の考えとは真反対の言葉だった。
それはまるで何かに操られたように自然と口をついて出た。
「その行方不明の子供の件、俺にも手伝わせてくれませんか?」
その言葉は言うつもりの全くない言葉だったのに…
まるで選択肢でそれしか選択できないようなそんな感覚が一番しっくりきたのだった。
いつもご覧頂きありがとうございます。
半年ぶりの更新になりますでしょうか?
書こう書こうと思いつつなかなか書き連ねる時間を取れずにいましたが、ようやく纏まった時間が取れ慌てて書き連ね次第になります。
ひさしぶりに執筆したのもあり描写が少し変わっているかも知れませんが、少しでも読みやすくなっていればと思います。
ゆっくり執筆になりますがどうぞ今後ともよろしくお願い致します。




