一章 行方不明の子ども達
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<誰かの夢>
PCのキーボードを叩く音が暗闇の中に響いている。
それは迷いなく響き続け、一体いつになればその打つ手は止まるのだろうかとしょうもないことを考えた。
その思考が搔き消えたのは、次にはPCの光が視界一面を覆いつくしたからだ。
余りの眩しさに少し目頭を押さえキーボードを打つ手を止めれば、今の今まで作業していたのが自分自身なのだと気づく。
PCの画面にはひたすら文字が打ち起こされており、ある海外の書物をひたすら翻訳していたようだ。
一つ浅い溜息をついて時計を見れば深夜3時をさしていた。
「もう、こんな時間…」
まるで自分の声のようでどこか遠いその台詞につられるように翻訳した文章を保存すれば、そのままPCの電源を切ってそばのベッドに倒れこむように沈み込む。
シャワーだとか、ご飯だとかそういうのを考える前に意識は暗く沈み込む。
…再び瞳を開ければどれほど眠っていたのだろうか。
外はいつの間にか夕日が差しており、ノロノロと重たい身体を起こす。
再びPCの前に腰を落として電源をつければ、手慣れたようにキーボードを叩きだし、再びリズミカルに音を鳴らし始める。
でも最初のように視界は暗くない。
映し出される画面には、名前しか聞いたことのないバイナリーオプションや、オークション、それだけでなく海外の人との通話や、HPの更新、BGMを作り出したり動画を投稿したり、商品をデザインしたり、おおよそ自分が知らない光景が自分の手によって繰り広げられていた。
まるで映画のシネマのように繰り返されるその映像に、自分は一体何をしているのかと頭の片隅で考える。
「思い込みの力…、創造の限界、いつも同じ…もっと何か…」
この声が自分から発せられているはずなのに、自分ではないような感覚。
それを証明するかのように、PC画面は目まぐるしく画面遷移し、想像以上の速さで全ての行動が完了して次の行動へと移されていく。
自分にはこんなことできないと気づけば、次には後ろ髪を引かれるように世界が歪んだ。
頭を強く揺さぶられたように視界が眩めば、次には暗い部屋にPCの明かりだけがつき、その前でひたすらキーボードを叩き続ける誰かの姿が映る。
「もうすぐ…もうすぐ…完成する、これならきっと、最期まで楽しめる…そうだ、これを…皆にも、きっと…【コレ】を必要とする存在が…同じ思いをしている人の元に、きっと…」
その声は疲れ切っていた。
なのに掠れ声でも確かに嬉しそうな喜色を滲ませたような声で【キーボードを叩く誰か】は言った。
それと同時にその【誰か】はゆっくりをこちらを振り仰ぐように動き始める。
その緩慢な動きの一挙一動にふと、その誰かの顔を見ることがいけないような気がして…
どうにか隠れようと思考を働かせたと同時に、世界は暗闇に呑まれたのだった。
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揺らめく意識の中、少しずつ浮上した意識は、小さな小鳥のさえずりや、遠く聞こえる誰かの声、陶器同士が擦れ、鼻孔をくすぐるように漂う美味しそうな匂いにつられるように、ゆっくりと浮上した。
不思議な夢を見ていたような気がする。
とても長くてリアルで、怖かった感覚も痛む横腹も、全て夢かと気づいて静かに瞳を開けた。
見慣れた天井を視界に映すだろうと重い瞼をあげれば、そこは見慣れた木の天井ではなく、よく旅行のテレビで見るような、ログハウスのように木の梁が見える天井だった。
「あれ…」
一体、どうなっているのか、寝ぼけまなこのまま視線を天井から逸らして辺りを見渡せば、木枠の窓の外の木々に止まり囀る小鳥の姿や、素朴な木の丸いテーブルと小さなログチェアが見える。
こんな洒落た部屋に住んでいた覚えが全くない。
ゆっくりと身体を起こせば、掛けられていたシーツも白いシンプルなもので、学生時代から使っていた恐竜柄のシーツでもない。
それどころか、起き上がると同時に横腹が強く痛み視線を落とせば包帯を巻かれて上半身が裸なことに気づく。
「え?」
病院かと一瞬、考えるもどう考えても記憶的に病院にいった覚えもなければ、この部屋はどう見てもログハウスにある客間のような造りにしか見えない。
どうにか記憶を頼ろうにもチュートリアルをこなした記憶や、村での出来事の夢の記憶が強すぎて思い出せそうになかった。
「まだ、寝ぼけてるのか?」
軽く頭を押さえて頭を振れば、次にはこの部屋の扉の向こうから階段をあがってくる足音と気配に気づく。
トントンとリズミカルな足音に、そういえばゲームの夢以外にもう一つ、キーボードを叩くネット中毒者のような夢も見たようなと考えた時点で扉を小さくノックする音が耳に届いた。
「お邪魔しま…あぁ、良かった、無事目を覚ましたんですね、ケガは大丈夫ですか?痛み止めの軟膏を持ってきたんですけど、起きたなら胃に優しい食事の方がいいですかね」
開いた扉から現れたのは目の下にクマを作り、やつれ気味の見張り番もといカインだった。
視線が合うと安心したような笑みを浮かべ、そばのテーブルに軟膏であろうトレイに乗せられた薬を置き慌てて階下へと降りていく。
その様子に何の言葉も返せず、無意識に再びベッドに倒れ込む。
「あぁ、なんだ、アレは夢じゃなくて、今も続いているのか」
それは夢であって欲しかったと言うよりも、確かめるように呟いた言葉で、口にすれば混乱することもなくすんなりと自分の胸に落ちていった。
「でも、生きてる…。よかった…。死んだと思った…。」
記憶は最後の一匹を倒したと底抜けに明るい声音で伝えてくれたスケルトンの記憶を最後に途絶えている。
あの時が夜だったのだから外が明るいところを見ると夜は明けたのだろう。
今でも思い返すだけで手が震えそうになる。
人間命が掛かればどんなことも出来るんだなと考えてしまう。
それは他の生物にも当てはまるかもしれないが…。
「あれ、どこか具合悪いですか?」
再び、階段をのぼり木のボウルを乗せたトレイを持ってきたカインは心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あぁ…えっと、横腹が痛いだけで他は特に…」
このままでは心配をかけてしまうかと横腹を押さえながら上半身だけで起き上がり、返事を返せばカインは少し罰の悪そうに表情を歪めて静かに薬の横に木のボウルを置く。
「謝って許されることではないのは重々承知です。
無実の罪で責め立てただけではなく、戦い慣れしていない方に無理やりモンスター退治をさせたのです。
しかも…本当の魔物使いが身内だとは……」
次には重苦しく口を閉ざし俯くも、ゆっくりと近くのログチェアに腰掛け、木のボウルからスープのようなモノを大きなスプーンで掬い小皿に盛りつける。
「色々説明したいところではありますが、三日も寝込んでいたのです。先に何か胃に入れてください。
後で包帯も代えて軟膏も塗り直しますので…野菜スープなんですけど…飲めそうですか?」
そのまま小さなスプーンと共に手渡された小皿を覗き見れば、キャベツやジャガイモ、人参が一口サイズに煮込まれた具材が目に映る。
勿論、この野菜が本当にキャベツやジャガイモ、人参の確証はないのだが。
「あぁ、えと、ありがとうございます……」
三日も寝込んでいたとは思えないくらいお腹が空いているような感覚はなかったのだが、一口スープを流し込めばコンソメスープのような味が口内を満たし、それと同時に空腹が襲ってきて、次にはがっつくように胃に流し込んでいく。
その様子にカインは安心したように微笑んで頷き。
「おかわりはあるのでいくらでも、見たところ、まだ若いので量を食べるだろうと多めにスープは用意したので…でも胃を驚かせるといけないので肉とか、パンとかご用意は出来ないんですけどね…」
「なんか……何から何まで……ありがとうございます…」
「あぁ、いえ、こちらで出来る精一杯のもてなしです。
残念ながら村では今、魔物使いの真犯人が姉だと知れ渡り、対応に追われておりまして…勿論、父も知らなかったとは言え、それではすまされないですからね、それでも代わりに魔物を退治してくれたとこのように治療薬や野菜を村の人が分けてくれてるので、これは村をあげての最大の罪滅ぼしだと思っていただけると助かります」
「………」
疲れきった表情を見るに状況は良くないんだろうなと察せるものの、罪滅ぼしと言われてもこれがゲームのチュートリアルなのであれば必要なイベントでもあるわけで、一概に村が悪いとは言い難いような…と考えてしまう。
「でも、無事で良かったです。姉の処理をした後に倒れているアナタを見かけて息も止まりそうでした。なんとか背負って村まで戻れたものの、このまま目を覚まさなければどうしようと思っていたんですよ」
「あ、そうなんですか、わざわざ……その……」
重くなかっただろうかと場違いなことを言いそうになる。
勿論、自分が世に言うデブではないにしろ気絶した成人男性を運ぶのは生半可なものではないだろう。言葉に詰まった自身をどう思ったのか、カインは困ったように首を振る。
「気にしないで下さい。良ければおかわりいかがですか?
つまらない話にはなりますが、アナタが気絶してから何があったのか説明させて下さい」
差し出された手に、いつの間にか空っぽになった小皿を手渡し、見張り番カインのささやかなお話が始まったのだった。
大変お待たせ致しました。
多忙故、更新頻度が遅めになりますが、ようやく序章が終わり一章に突入致します。
始まりの導入部分ではありますが、次回はもう少し早く更新出来るよう鋭意制作して参りますのでよろしくお願い致します。




