第一部:二人の自分
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「あなた、名前なんて言うの?」
周りに求められているように、目立たないように、部屋の隅でおとなしく座り込んでいると、一人の少女が話しかけてくる。
「凪・・・。黒百合凪。」
「凪ちゃんっていうのね!よろしく。」
そういって、満面の笑顔で、小さな手を差し伸べてくる。
初めて、差し伸べられた手に戸惑い、それを握った時に感じた温かさに再び戸惑う。
ここでいう「温かさ」とは体温といった風な数字上の温かさではない。人ならば、誰であろうと感じたことがあるだろう安心感、幸福感、喜び、楽しさといったような当たり前の感情だった。
「それじゃあ、行こう!私、こういうつまらない場所は嫌いなの。」
小さな手は、半ば強引に私を部屋の外へ連れ出す。
普段なら、不快に感じる行為も、何故か不快に感じなかった。
「あのっ・・・。あなたのお名前は?」
「あれっ?私ったら、名前言い忘れてた?ごめんね。私はリリーよ。」
天真爛漫な少女は、恥ずかしそうに顔を赤らめ、名前を告げる。
十分に愛情を受けて育ってきたのだろう。仕草は可愛らしく、その目は透き通り、純粋な輝きを放っている。
「同年代の、女の子の友達少ないから、つい・・。友達になってくれる?」
戸惑った。こんなことを言われたのは初めてだったから、関わり合おうとしてくれた人の初めて会ったから、自然と涙が流れていた。
「ごめんなさい。そんなに嫌だった?」
慌てた少女が、繋いだ手を放そうとする。慌ててその手を握り引き留める。
「違う・・・。こんなのはじめてだから・・。」
喉が詰まり、思うように言葉が出てこない。
しかし、目の前の少女は理解しているのかはわからないが、そっと私を抱きしめ、頭を撫でてくる。
「お母さまがね。私が泣いた時、こうしてくれるの。」
抱きしめられ嬉しいのか、初めてのことで怖いのか。ただ、意味も分からずさらに泣いていた。
泣き疲れて眠ってしまったのだろうか、気づいたら、自分の部屋のベッドの上だった。
ベッドの横の棚の上には手紙が置いてあり、可愛らしい字でこう書かれていた。
「凪ちゃんへ
今日はあまりお話できなかったけど、楽しかったよ。よかったら友達になりたいな。また今度、遊ぼうよ。あと、つらい時は泣いていいんだよ。
リリーより」
手紙を読み終えると、更に涙が、溢れていた。
「また、この夢か・・・」
凪の意識が夢の世界から戻ってくる。目元は夢の中と同じく、涙に濡れていた。
あの後、唯一、自分の質問に答えてくれる召使にリリーがアリエント魔導国の女王だったことを知った。でも、そんなことは関係なかった。
また会いたい。今度はお話がしたい。私に初めて友達になりたいと言ってくれたあの娘に。
その願いは、半分叶い、半分叶わなかった。
あの娘は変わってしまった。13歳の時、同い年の彼女も13歳だった。
彼女は、私のことを覚えていた。嬉しくて、私は彼女と抱き合った。
彼女は変わってしまっていた。人前にもかかわらず、私の首筋に口づけし、そのまま舐めるように唇を耳元までも移動させる。
彼女が呟いた内容は今でも、鮮明に覚えている。
「凪ちゃんは変わってないよね?私を見てくれているよね?」
私は、戸惑い、なぜか怖くなって、つい彼女を拒絶し突き放してしまった。
彼女は壊れかけていた。
そして、私がとどめを刺してしまった。
初めて会ったのが、11歳の頃、数え年で12歳になり、初めて両国間の舞踏会を兼ねた交流会に出席した時だった。
この時すでに、彼女は道具としての彼女を求める男たちの悪意に晒されていた。私に声をかけてきたのも、男達から逃げてきたからかもしれない。
12歳になると男友達は豹変してしまい女友達からは嫉妬を受け続け、未遂に終わったが既成事実を作ろうと肉体関係を迫った貴族もいたらしい。彼女の愛情表現が歪んでしまったのも無理はないかもしれない。
そして、13歳、私が突き放し、彼女を壊した。
その後、彼女は表舞台に出てこなくなり、公然の秘密として影武者が公務を行うようになった。噂では自室にこもり召使達と日々を過ごしているらしいことを知った。
彼女を助けよう。そう心に誓った。
しかし、彼女は部屋に籠り、公に姿を現さず、王族のしがらみから王城へも簡単には行けない。そして、国を一つにするという考えが浮かんできた。
幸い、忌まわしい魔族の血が私の見方をしてくれた。
国内の貴族の男どもは気味悪がり、私に求婚を持ち掛けることは無く、私の魔族の能力による長年の暗示の効果もあり、痺れを切らした国王であるお爺様は、平民に王族を継がせるよりは、アリエントの王族と一つになってでも気高さを維持したいと考えるようになり、国同士の合併を考えるようになった。
そして、5か月前、先だって、アリエント魔導国にて、王族同士の会談が行われた。
私は、驚いた。
彼女の雰囲気が変わっていたから。以前のように、明るく。
私は飛び跳ねたいくらい嬉しかった。合併の話など、どうでもよくなった。
彼女が元に戻ってくれた。
「唯ちゃん?姿が変わっても、わかるわ。唯ちゃんよね?」
何を言ってるの?
私は凪だよ。
「あなたも、転生してたのね。なんか、私、リリー・アスセーナ・リーリウムっていう王女様に転生しちゃって大変なのよ。服はヒラヒラしているし。」
何を言ってるの?
あなたは、リリーだよ。
「唯ちゃんも、王族?なんて偶然ね。生活には慣れた?」
何を言ってるの?
私は、生まれた時から王族だよ。
「ちょっと。唯ちゃん。聞いてるの?」
「あなたは、リリーちゃんじゃないの?」
「リリーだけど、中身は違う感じかな。」
「えせ・・・・」
「えっ?」
「返せよ!」
気が付いたら、掴みかかろうとしていた。
しかし、手が届くか、届かないかといった瞬間、知らない記憶が頭に流れ込んできた。
記憶によると、自分は前世では東雲唯で、目の前の王女は東雲理沙、私の実の姉であり、好きな人だった。
やっと、相手の気持ちがわかり、気持ちの整理がついて、こちらも思いを告げようとしたところで事故に合い死んだ。
確かに、再会を喜んでいる私がいる
確かに、リリーを消した理沙を憎んでいる私がいる。
そして、事故にあったのが必然であったことも思い出した。私は神に呪われ、結ばれそうになると破滅する運命を課されていた。
私は、私が誰だかわからない。
東雲理沙を好きな東雲唯の生まれ変わり。
リリーを消した理沙を憎む黒百合凪。
どちらをとっても、もう片方の自分が納得できない。
不幸中の幸いだった。呪いのおかげで、悩む必要がなくなったから。
どうせ結ばれることは不可能だ。
しかし、憎んでいても愛する人を殺すことは出来ない。
私の出した結論はこうだった。
「もう私に関わらないで。興味ないから。」
正解のはず、これが今出せる最適解のはずだ。
なぜか、私の心臓は落ち着いてくれない。
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