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1 : 始まり

「終わったぞ」


 そう言う目の前では、男性が一人目を見開いて横たわっている。胸と頭に幾つもの穴が空いており、そこから流れる赤い液体が、茶色いエスニックなカーペットが赤黒く汚していた。


 耳にはめた片耳ヘッドホンマイクに話し掛け、廊下から前に進み玄関マットを踏む。玄関のドアノブに黒手袋を付けた手を掛けたその時、スピーカーから声が流れた。


『流石ベン、仕事が早いな』

「残業は嫌いだ。早くカフェにでも行きたい」

『遊びも程々にな』


 声が終わるとドアノブを回し、垂直に近い太陽からの日差しがリムレスサングラスを通して目に入る。裏側の黒い無精髭を生やした表情は歪みもしない。


 改めて外を見渡すと、芝生の広い家が大量に並んでいる。コテージの階段を下り、駐車場に出る。高級セダンが一台駐めてあったが、見向きもせずに道路へと出た。


「そちらもお勤めご苦労さん」


 と、横にあった電柱に付いている監視カメラに手を振りながら言う。


『あまり目立たんようにな』

「分かってる。まあどうせ警察は俺を疑いはしないだろ」

『そのために事実上抹消されたデータを漁ってやったんだ、感謝しな』

「サンキュー、今夜は俺が奢るぜ。あまり高いのにはすんなよ」


 言い終え、通信機をウエストポーチにしまう。後は道路に沿って歩くだけ。やがてその姿は閑静な住宅地の中に消えた。











【独身男性死亡 容疑者特定進まず】


「ったく、ニュースの見出しは相変わらずストレートだな」

「これここから結構近いわね。別に分かりやすいから良いでしょ」

「まあそうだが、どこぞの日本製の小説とか長過ぎて見るのも嫌だな」

「それ関係ないじゃない」

「そうだな。要するに俺はマスコミが嫌いって訳。あとバラエティ番組の味の感想も」

「気持ちは分からないまでもないけど……それより早く食べましょうよ」


 テレビに映る殺人事件のニュースを見ながら、ダイニングに座る茶髪で青い瞳をした二十代半ばの男性が一人。もう片方、後ろで束ねたブロンドと緑色の目が特徴的な同年代の女性が、キッチンから皿を持ってきて食卓に並べた。


 食卓ではスピーカーから高音の速いビートとエレキギターを刻む音楽が流れている。


「またレイジアゲインスト?」

「マンソンだ。いい加減覚えたらどうだい」

「さあね、私にはロックなんて全部同じに聴こえるわ」

「ポップスだって似たようなもんだ。どうして最近の若者はロックでノらないんだ?」

「あなたが古くさいのよ。それより朝ご飯冷めちゃうわ」


 促され、男性が目の前の皿に置かれたサンドイッチを眺める。


「中身は何だ?」

「秘密。知らない方が良いかもね」


 サンドイッチを両手に抱え、ためらわず一口。期待を裏切る、淡泊な味とサクサクの衣。シャキシャキとレタスが鳴る。そしてピクルスの混じった、酸味の利いている細かく刻んだ卵。


「冗談よ、ただの魚」

「俺はそんなタチの悪いジョークを教えたつもりはないぞ」

「女はずる賢くて意地汚いものよ。あなたみたいに優しくない」

「そういう割には美味いじゃねえか。このオリジナルのタルタルソースも良いな」

「そう? ありがと」


 口にサンドイッチを押し込むように囓り続ける男性。女性の方はその姿を見て嬉しそうに笑顔を見せた。


「前フライは好きだって言ってたでしょ?」

「おう。油最高」

「でも太らないでよ? イケメンが台無しよ」


 笑いつつパンツとシャツだけの筋肉質な男性を見ながら、サンドイッチを頬張る女性。男性がシャツと下着だけの女性のグラマラスな身体を眺めるように言う。


「お前はもう少し肉あっても良いと思うんだがな」

「えー? 太りたくない」

「だったら脂肪を胸と尻に移せば良いだろ」

「もう……」


 顔を赤らめながら女性が恥じらう。満足気味に男性が笑った。


「でも今のままでもマリアが好きだし、見た目がどんなに変わろうがマリアを愛しているぜ」

「もう、ジョンったら。私も大好き」

「どれくらい?」

「食事中にキスしたいくらい」


 二人が同時にテーブルから身をよじり、唇を重ね合った。柔らかみを互いに感じる事一秒、嬉しさ満載の笑顔で再び椅子に座る両者。


「今日は仕事?」

「いや、ジムは今日はフレッドに任せる事にしたよ。もうすぐ式挙げるし、色々準備したいだろ?」

「えっ? ありがと! で、どこ行くの?」

「まだ決めてはないが、どうする?」

「そうね……」


 女性が驚いて思わず椅子をガタッと鳴らす。男性の方は冷静なままコップに入った牛乳を飲み干し、訊き返した。


 しばらく二人の間を言葉が飛び交い、優雅な朝が過ぎていく。











 静寂の流れるオフィス。一番奥で革製の椅子に腰掛ける、白髪の人物が瞬きもせず、猫背気味にパソコンの画面を眺めていた。


 空調が効いている筈の室内をだというのに、皺の寄った額に一筋の汗が垂れている。眼鏡の向こう側の瞳は力強く開いていた。


 やがて彼は立ち上がり、重ねられた書類を持って部屋を出る。廊下を早歩きで通り抜け、開けた部屋で人々が居る中、次々と書類を並べる。


「情報を整理してきた。ここ一連の事件の関係性だ」


 スーツやYシャツを着る者達がそれぞれ資料を取る。それを持って来た中年の男性は続けた。


「やはり内部の事情を知っている者が犯人だと思う。それらしき人物に目星も付けた」

「しかし、何故今更過去の計画なんか……」

「さあな、捕まえて白状させない限りは分からん。とにかく奴らの居場所や行動を突き止め、止めさせる他に無かろう」


 場を制する中年男性。冷や汗を流しながらまだ言い続ける。


「もし本当に標的が「ユニバーサル計画」の被検体を狙っているとすれば……残ってる奴らは?」

「あと三人ですね。「B」「C」「J」、彼らだけです。しかし、「計画」が終わってから彼らはもう引退し、誰も居場所が分からないんです……」

「まあそうだろうな……かつての「計画」が外部に知られる事を恐れ、彼らへの接触すら無くしたのが間違いだったか……とにかく今は彼らの情報も欲しいところだ」


 部下の報告に白髪の男性が口ごもった。


「でも一番分からないのは、向こうの目的が何より、ですね……」

「全くだ。私なんぞにとってはもう遠い過去みたいなものだというのに……」

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