プロローグ
「僕に近づかないで!」
パシッと軽い音を立てて伸ばした手を叩き落とされた。
「あっち行って!どうせみんな兄さんみたいに僕を化け物っていうんだ!君だってそうなんでしょ!?ならもう、こっち来ないで……僕が、兄さんが言うみたいに、ふつうじゃないから、ばけものだから、みんな僕をきらうんだ。君も僕のこと、嫌いになるんだ」
世界に怯えるように、目の前にいる私の拒絶を怖がるように。少年は泣きながら体を縮める。
「僕が、父様とも母様とも違う、こんな目を、ダメな色の目を持ってるから……っ」
取れてしまった目隠しを掴んで必死に隠そうとする小さな手の奥にあるのは、星に似た黄金色に彩られた太古の森の色の瞳。緑眼や碧眼、翠眼とは一線を画す、人ならざる色の瞳。
「僕のこと、化け物って思ったでしょ!もう、あっち行ってよ……僕に近づかないで」
泣く少年と、行き場を無くした手を持て余す私。
——思い返せば、というほど長くは生きていないのだけれども、平凡とはいえない私の人生の中で一番重要な決断は、きっとこの時だった。
「……いいえ。とってもきれいよ。」
「……え?」
空中を彷徨っていた手をきつく握られた手に重ね、ゆっくりと外す。
少年の瞳をまっすぐ見つめて、わたしは笑いかけた。
「私の知っている何よりも、あなたの目の色が一番きれい。怖くなんてないわ。嫌いになったりもしない。大切なお友達のことを、化け物なんて言ったりするものですか。
だから、どこにも行かないわ」
ひとつひとつ、言い含めるように伝える。
ひとりぼっちを怖がる少年に、ここにいるよ、そばにいるよ、と心から思っていることを伝えるために。
「……ほんとに?」
「ええ、本当よ。それに、あなたがふつうじゃないことをアレが悪く言っていたけど、そんなことだって嫌いになる理由にはならないの。
——だって、わたしだってふつうじゃないんだもの」
「え……?」
初めての友達が心を閉ざしてしまわないように、これからも一緒にいてくれるように。幼い私が考えた、私が彼に差し出せる最大の手段。
それは、私——カトリーヌ・アイオリーシスが抱える秘密を共有すること。
「実はね……」
誰にも言ってはいけないと両親に言い含められていた、私という存在の歪な真実。
それを話して、彼の目隠しの中という秘密と対等になり、二人だけの秘密にする。そうして、彼と友達でいると決めたこと。この選択が、きっと私の運命の始まり。
生まれた時から捻じ曲げられた道を生きる、私の物語の始まりだった。