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紅梅の木

作者: 紀 希枝

 家の近くに、白梅と紅梅が交互に立ちならんだ遊歩道がある。冬一番の寒さが過ぎ去ったあと、小さな蕾を細い枝にいくつもつけて、春が近いことを知らせる。

 今でこそあの木々が梅であることを知っているが、幼い頃は愉快な勘違いをしていた。


 幼い頃の私は、花というのはそれぞれ一色しか色を持たぬのだと思いこんでいて、それは梅の木も例外ではなかった。白い花の木は梅であると知っていたから、その隣に交互に立ちならんだ、梅によく似た薄紅色の花をつける木を、桃であると思いこんでそう呼んでいたのだ。

 種類が違うのに、毎年一緒に蕾をつけて花を咲かす彼らを、仲がいいなと羨んでいた。きっと彼らは親友に違いない、だからいつも一緒に花を咲かせるのだ。幼い私はそう思いこんで疑わなかった。

 幼い私は一人で外で遊ぶとき、必ずと言っていいほどその遊歩道に向かった。遊歩道の途中に公園があり、入り口に置かれたベンチに座って、その近くに立つ白梅と紅梅の木にまるで親しい友人のように話しかけていたのだ。話していた内容は覚えていない。ただ、幼稚園の友達と話すような、ごく普通の内容だったと思う。そして、友達が遊びに誘ったり母が迎えにきたりすると、後ろ髪引かれることなくバイバイと手を振ってそちらへ向かっていた。

 私は紅梅の木が好きだった。ピンク色が好きだから、ベンチの近くに立つ紅梅の木をよく「桃の木さん」と呼んでいた。そして、隣に立つ白梅の木を「梅の木さん」と呼んでいたのだ。

 そんな愉快な勘違いは、なんと小学の二年生になるまで続いた。それまで誰からも、私が桃と呼ぶそれが紅梅であることを指摘されなかったのだ。

 私が桃と呼ぶその木が紅梅であることを教えてくれたのは、他ならぬその紅梅自身だった。

 その日私は、友達と喧嘩して一人で学校から帰った。その途中遊歩道に寄って、二月のまだ寒い中、公園の入り口のベンチに座って紅梅の木に友達の悪口を話して、一通り怒って、そしていつの間にか寝ていたのだ。

 夢の中で紅梅の木の精が出てきた。セミロングの黒茶色の髪をした、少し強気な表情の女性だった。担任の先生みたいと私は思った。

 私は彼女が「桃の木さん」だと分かっていて、彼女とまたおしゃべりをしようとした。そしたら彼女は、友達との喧嘩で私の何が悪かったのかを指摘して、そして早く起きるように急かし、最後にこう言ったのだ。

「あと、わたしも梅の木よ」

 目が覚めた私は、その夢をしっかりと覚えていて、紅梅の木に別れを告げて家に帰った。慌てて靴を脱いで、リビングで洗濯物を畳んでいた母に駆けより、遊歩道の紅梅の木のことを聞いたのだ。

「ママ、ゆーほどうに白い花とピンクの花をつける木あるでしょう? あれって、梅と桃じゃないの?」

 母は笑って、両方とも梅であることを話してくれた。白い方は白梅、ピンクの方は紅梅だと。

 翌日私は友達と仲直りした。私は喧嘩しても意地をはってなかなか仲直りができないのに、そのときは紅梅の木の言葉がよく効いたから、自分から謝ることができた。


 紅梅の木とおしゃべりしたのは、後にも先にもその一回きりだ。今の私も、あの夢は偶然か無意識のうちに知っていたかだろうと認識している。本当に紅梅の木とおしゃべりしたのだとは思っていない。

 それでも、毎年梅の蕾を見るたびにこのことを思い出す。


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― 新着の感想 ―
[良い点] どこか幻想的でありながら、主人公の日常風景を感じました。文章の柔らかさと世界観がよかったです。
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