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Under Walk  作者: 東雲 梨
一章 主人公地味とかありますか?
3/3

3.追憶

扉を開けた瞬間に狐珀ちゃんに止められた。服がそれじゃあなんでしょ?と言われた。確かに全く気にしてなかったが患者服のままだった。これ貸すよと華楓さんに少し大きめだが白いパーカーとジーパンを貸してもらった。


アジトから出て周辺を見渡したが、来た時にあった一本道は跡形もなく消えていた。どうやら本当に森が動いているようだ。これはやっぱり茜さんの能力だろうか、どうやって操っているんだなんてことを考えながらアジトの西側へ真っ直ぐ進むことにした。

散歩してみてはどうだろうか。そう言われたはいいものの、当然森の中なので特にこれといって驚くようなものはなかった。強いていえば時々動いたように見える木々や、森林保護区と呼ばれているだけあってか見たこともない葉や花を見つけるくらいだった。

だが緑の少ない街中から出て森を探検するというのは何とも楽しいもので、木登りしたいなとか虫取りしたいな、なんて子供らしいことを考えてしまった。

しかし、やっぱりこっちの世界で平穏なんてなかったんだ。

目の前には赤いフードを被った女の子で顔がそっくりな双子の二人と、眼鏡をつけた金髪の男性がスヤスヤと寝ていた。この森でその組み合わせは何とも奇妙だった。

親子…だろうか?周りより少しばかりか大きな木の幹に背を預け寝ているその姿は何とも幸せな空間に見えた。

だが、この森にいるってことは少なからずこの人達はディスピールなんだろう。

フランの仲間の方かな?起こしちゃダメかな、そう思ったが遠くからではよく見えないのでそっと近づいてみた。

が、その時だった。双子の様子がおかしい事に気がついたのだ。吐息がない。と言うより寝ている時特有の胸や肩の呼吸の動きどころか、なんとなくだが生きてる感じがしない。双子のそれから感じられるのは紛れ間もない無機物感。

嫌な予感はすぐに的中した。

目の前にいた双子はパッと、姿を消したのだ。そして次に、

「勘が鋭いですねぇ翔くん」

気がつくと、さっきまですやすやと寝ていた男性はニコニコとした笑顔で僕の後ろにいた。その人は僕の首にあった青い石の紐を千切りとって、弄ぶように振り回しては遊んでいる。

不気味さを感じさせないのはきっと、自然で優しい笑顔のせいだ。

何が起こったかなんて整理は当然つかなかった。その速さは多分1秒足らず。それくらいきっと速かった。

恐怖や警戒心なんてもってのほか、僕の中には驚きしかなかった。

「あの、それ…」

そっと僕が取られてしまったお手製の青い石を指さした。

「あ、これね。突然のことに驚いて呼ばれたら困りますからねぇ、取っちゃいました。お返しします。」

まるでキャッチボールでもするかのようにぽいっと投げ渡してくれた。

…待て、なんでこれが仲間を呼ぶ石だとわかった。

「透華ちゃんの石ですよね、それ。大丈夫ですよ、フランの方々とはお知り合いですから。」

「なにが大丈夫なのかよく分からないんですけど。」

「突っ込むところそこですか。神経図太くて羨ましい限りですねぇ。」

僕の精一杯に強気の返答に対して、和らげるような口調に調子が狂う。

「あと、本当に大丈夫ですよ。」

だから何が大丈夫なんですか。そう言おうとしたのだ。彼の言葉の続きを聞くまでは言おうと思っていたのだ。

「華さんも隼人君も相変わらず元気ですよ。貴方が失踪したことを深く思い詰めているのは別として、ね?」

戦慄。

背筋が凍る。僕の家族についてを知っている。フランの人達に説明した時はみんな知らない様子だったし、茜さんも病院の名札の紙を見るまでは僕の名前を知らなかった。

でも、この人は違う。ハッキリとした理由があって僕を待ち構えていたんだ。

なんでだろう、大切なことを忘れている気がする。この人とは…前にも会った…気が。

「驚かせてしまいましたね。でも、そんなに震えなくても良いですよ。あの後病院側は、華さんに対しディスピールに連れ去られた、そう伝えてあります。あれからまだ長くは経っていませんし、華さんの元へ戻ったらどうでしょう?」

「何それ、なんで、そこまで知って…」

「華さんとはお友達ですからねぇ。翔君とも昔にあってますけど、忘れちゃいましたか?」

あらら?とでも言うように照れたような素振りを見せる男性を、僕は思い出した。

遠い昔にたった一度だけ会ったことがある。僕がまだ華さんの家族になって一年とちょっとの頃、五歳の冬だった。


パン屋の朝は忙しく僕が保育園に行く前はバタバタしてしまう。隼人はまだ2歳だしアルバイトさんは3人しか居ない。厨房と品出しでワタワタしていると、僕はいつも不意に目覚めてしまうものだった。パンの甘い匂いと、微かな珈琲の匂いが余計目を覚まさせる。そして、目を擦りながら店内のある一階へ入ると華さんは

「あら、起こしちゃったかしら。ごめんねすぐパン出すね!」

そう言って困った顔をするのだ。僕はそれを聞きながら品出しをするのが毎日の日課だった。

だか、その日は例外だった。

窓の外は昨晩からの雪で、保育園どころか外に出るのも困難な程に雪が積もっていた。誰かが言った、今日はお客さん少ないかもねぇと、アルバイトさん達は雪の中しっかり出勤してきてくれていた。あまりに寒く室内はヒーターで暖めていたから店内は少しだけ天国みたい。窓が白くなってたから、猫や兎を描いて遊んだのを覚えている。

「温かいパンを求めに誰か来てくれるよ!早く準備しよ!」

華さんの元気づけに 店内はいつも通り作業に入るはずだった。

……ギィィィ

少しだけ錆びた蝶番の音が店内に鳴り響いた。音に気がついたのは厨房にいるアルバイト3人と華さん以外、僕だけだった。

店の扉が開いたのだ。首にモコモコのマフラーを巻いた人が雪を払って入ってきた。しかし、まだ開店前で扉の前には『closed』そう書いてあるはずなのだ。しかもこんな吹雪のような雪の中だ。暖でも取りに来たのか?

まだダメなのに、お店始まってないのに。

店内には品出ししている僕だけだった。他の人はみんな厨房に行ってしまっている。

チラリと扉を見ると困ったように笑う男の人がそこにはいた。

大人の男性にどう対応していいか分からず僕は戸惑ってしまった。

すると、その異変に気がついたのか華さんが厨房から顔を見せてくれた。

「嘘!帰ってたの(りゅうじ)二さん!こっち来るなら連絡くれればいいのに」

「朝早くにすいませんね、すぐ帰りますから」

慌ててパンを作っていた手を止めて話し込んでしまった。にこやかと笑う男の人に華さんもとんでもない笑顔で話していた。楽しそうに話す二人を置いて僕は店で一番人気の焼きたてクロワッサンを並べるのに集中した。

しばらくして話が終わったのか、華さんに焼きたてのメロンパンとクロワッサンを押し付けがましに渡されたその人は

「また帰ってこれたら来ますね、今度はゆっくり話しましょう」

と言ってふふっと笑った。本当に笑顔の似合う人だった。華さんも何も言わず手を二、三回降った。そして、すぐにパン作りの続きに入るため厨房に行ってしまった。

しかし、僕はしっかり見ていたのだ。外に出た男の人、華さんが隆二と呼んだその人は扉の横の窓ガラスからじっと店内を見ていた。

店内…違う、あれは僕を見ていた。

じろりと店内をさっきの笑顔とは大違いの冷えきった目で見回して、無頓着な顔をこちらへ見せた。

僕と目が合うと隆二さんはゆっくり口角を上げてにんまりと、不気味にも底冷えした冷たいの目まま、悪戯を考える子供のような無邪気な顔で笑った。

本当に笑顔の似合う人、悪い意味でそう思った。


最後の笑顔が1週間、脳裏にこびりついて離れなかった記憶が今になって思い出す。

この人も、ディスピールだったんだ。じゃあもし当時、僕が5歳だった時も彼が既に能力が出ていたとしたら…悪寒が走った。能力者はこんなにも近くにいた。

「隆二…さん。昔、開店前に来てメロンパンとクロワッサンを持って帰った。」

「そ、覚えてるんじゃないですかぁ。確か、五歳の冬でしたよね?良かった、覚えていてくれて。」

五歳の冬、やっぱりこの人だ。金髪で薄い縁の眼鏡、なんにも変わらない。

昔と変わらないんだ、華さんに見せた笑顔も今僕に対して向ける笑顔も何一つ変わらない。

透華さん、呼んだ方が良いのかな。青い石をチラリと見る。アジトを出る前に一人という言葉に過敏に反応した死神さんを思い出す。もしかして、警戒してたのはこの人のことだったのかな。

「まぁまぁ暫くは二人きりで、お話しましょうよ?」

ちょいちょいと、さっきまで寝ていた木の幹を指さした。

僕の頭の中を読んだみたいに、二人きり、という単語を強調させて。

「立ったままで平気です。…話って、なんですか。」

「威勢が良くて宜しい!」

両親にそっくりだ、小声でそう言われた気がしたがその時は特に気にしなかった。

「何から話しましょうかねぇ、翔くん特性コッペパン美味しかった話とか二年前部活で友達と殴り合いの喧嘩になった話とか聞きたいことは山ほどあるんですがねぇ」

全て僕と華さんと少しの友達しか知らない話だ。華さんから聞いたのだろうか。どこまで話しているんだろう華さん。そんなに高い頻度で会ってる気はしなかったけど、僕の知らないところで何回も会ってたのかな。

そんな事が頭を過ぎると心のどこかがキュッとした。

「あとはまぁ、両親の話とか?」

すると隆二さんはYシャツの胸ポケットから、僕しか持ってないはずのお守りをそっと取り出した。

心拍数がとんでもないほどに上がる。

それは、僕が捨てられた時に首にかけていたお守り。中には僕の名前と母の名前であろう明日香(アスカ)そして父の名前であろう修斗(シュウト)が書かれた紙がはいっている。自分のお守りはいつも持ち歩いていだが、入院したから多分家だろう。手に持つ青い石に力が入る。

気づけば僕は隆二さんと取っていた距離を、そのお守りを取りに走って縮めてしまった。手作り、世界に一つの僕を捨てた母が唯一残したお守り。裏に翔と書いてあるはずなんだ、僕のは。

見た目は一緒だった。

けど裏を見た時、ブワッと鳥肌が立った。せめて、僕の名前だったら良かったのに。そこに書いてあったのは、

「 明日香 」

行方も知らぬ、母のもの。


じゃあ、この人は何者なんだ。

そっと上を見る。

薄い眼鏡越しに見えたその顔は、にんまりとした十一年前と何変わらぬ。

死神のような笑顔だった。


ポンと、僕の肩に手を置いた。そして一言、

「いつでも遊びに来てください、待ってますよ」

甘ったるい声が耳に響いた。僕は咄嗟に青い石の紐を引っ張った。

ガタンガタンと、汽笛と車両の走る音が聞こえた気がしたと共に隆二さんの姿は消えていた。

入れ替わるように、石はアジトへ向かって僕を引っ張りながら飛んでいった。

不意に、また会ってみたいなんて、思ってしまった。



フワフワとした感覚が癖になりそうだ。石が引っ張る先には死神さんや透華さんが立っていた。他の方の姿は見えず、ピリリとした空気が二人の間に流れていた。

「翔くん!大丈夫ですか!?」

最初に走ってきてくれたのは透華さんだった。僕が軽く頷くと透華さんは小声で、

「もしかして、隆二とかいう人に会いましたか?」

ぼそりと言った言葉に驚いて小さく息を吸った。出来るだけ抑えたようにしたつもりだがその衝撃は透華さんに伝わってしまったようだ。

「そう、会ったのね。分かったわ、この先はこの三人で話したいの。いい?」

「はい」

すると透華さんの後ろからゆっくり死神さんが顔を見せた。

「会ったのか。外で話すのはなんだから、アジト内で話そう。」

その時、小さな舌打ちとクソ野郎と言った死神さんが鋭い目付きで遠くを見ていたのを覚えている。透華さんも静かに目を伏せていた。


「何でも言ってくれるかい。そいつに何を言われた?」

アジトに入って奥の談話室のような部屋のソファに座るなり死神さんは何度も聞いてきた。

「言いたい事だけで良いですからね?」

それに変わって優しく対応してくれる透華さん。

明らかに違う点はあるものの、共通するのは隆二さんに対して嫌な思いを持っているのであろう、という点だった。

まだ頭の中で言いたい事が整理ができていないので預かっている石を返すことにした。

「あ、とりあえずこれ…」

「あら、紐が…ちぎれてる。これどうしたんですか?」

「その隆二さんがすぐに呼び出せないようにって、首から紐をとったんです。」

「でも最後には呼んでくれたよね?まさか、奪い返したの?」

「え、いやすぐに返してくれましたよ」

あ、やってしまった。死神さんの目が冷たくなっていくのを感じる。

「なんですぐに呼ばなかったの、もしかしたら」

「ダメ、それ以上先は言っちゃダメ」

静止を書けるように横から割入って透華さんが手をかけた。何を言おうとしたのだろう。

もしかしたら…なんだったんだ。

二人がどんどん暗い顔つきになっていく。

「全部、言いますから」

二人が困惑した顔で見てくる。

…迷惑かけているのは僕の方だ。話そう、ポケットに慌てて突っ込んだお守りを少し強く握った。

「隆二さん、僕昔会ったことがあるんです。華さんの知り合いだったみたいで、一度だけ店に訪れたのを見たことがあります。」

小さなことまで一つ一つ話した。

でも、本当の両親に会ったことがあるかもしれない話はしなかった。まだ確定したわけではないし、もし言ってしまったら死神さんが何をするかわからない。

話していくうちに死神さんは顔が険しく、透華さんは辛い顔に変わっていった。話し終わると二人は少し落ち着いたように小さな溜息をついた。

「君の話を聞く限りは、華さんとあいつの関係は計り知れないが…まぁ多分君のこと観察でもしてたんじゃないかな」

「そう…ね、考えたくないけど、奴ならそうするわね」

死神さんが爪を噛んだ。透華さんは視線をそらしている。

聞くなら今しかない。

「お二人は…隆二さんと何があったんですか」


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