彬1
溺れる夢を見て目が覚めた。
慌てて身を起こすと、便器が見える。
うわ~…
トイレを流してからシャワーを浴びて部屋へ戻る。
酒、全然抜けねえ…
俺20歳になったばかりなのに、こんな生活してて良いんだろうか。
未衣が来てくれなくなってから部屋も荒れている。
否、未衣は来ようとしてくれてるんだけど、俺が絶対に入れない。
だってさぁ…
俺はため息をついてシンクでコップに水を汲んで一気に飲み干した。
未衣が告られたってクライメイトから聞いたとき。
何故か判らないけど、一瞬ショックだった。
未衣を好きになる、男がいるんだって。
でもそのあとすぐに、良いじゃんって単純に思った。
遊ぶ仲間が増えて楽しいじゃないかと。
未衣の彼氏なら俺にだって友達だ。
だけどなんか…
そんな簡単なものでもないんだよな。
話しかけようとすると、何故か彼氏の顔が未衣の頭越しにちらつく。
知り合いだからっていうのが大きいかもな。
なんとなく躊躇してしまう。
はっきりした理由があるわけじゃない。
だから余計にモヤモヤするんだろう。
未衣も困ったような顔で黙ってしまう。
以前みたいになんでも話したい。
そう思っているのに。
おれはまた大きなため息をつくと、大学へ行く準備を始めた。
「あっきらくん♡」今泉が後ろから右腕で首を絞めてくる。
「うわ、酒臭いなお前」
「うるせえ。課題ならできてないぞ」俺は後ろを向いてはあーっと息をかけてやった。
「ぎゃーっ止めろ!」今泉がとび退く。
「お前今日バイトでしょ。大丈夫なのかそんなんで」
「大丈夫。今日は厨房だから」
「お前、顔は結構イケてんだから、もっと表の仕事すりゃいいのに」今泉が呆れたように言う。
「嫌だよ、めんどくさい。ホストなんて誰がやるか」
「そこまでは言ってねえ…」今度は苦笑いしている。
「ってか、課題できてないの?未衣ちゃんとまだ仲直りできてないの?」と今泉はクネる。
「キモいんだよやめろ。別に未衣とは喧嘩したわけじゃない」
教室に入って、端の机に鞄を置いてテキストと筆記用具を出す。
課題、少しでもやらなくちゃ。
今泉は黙々と課題をやり始めた俺を眺めていたが
「喧嘩してないなら、なんで全然しゃべらないんだよ。あんなに仲良かったのに」と呟いた。
「未衣ちゃんに彼氏ができたからって、そんなふうに遠慮する彬ってなんかおかしいよ。好きだったみたいじゃないか」
「うるっせえ!お前も課題やれよ!」
俺は思わず怒鳴った。
今泉の言葉で、一度ドキンと高鳴った心臓の音に驚いた。
教室が一瞬静まり返る。
今泉が宥めるように俺の肩に手を置く。
「おー怖えー。はいはい判りましたよ、もう言いませんよ」
そして俺の隣に座ると、鞄から課題を出した。
未衣が遠くから俺を見ているのが判る。
そんなに悲しそうな顔しないで欲しい。
俺が悪いのは判ってる。
未衣に対して恋愛とかいう感情はない。
それは断言できる。
俺も恋愛すればいいのか?
唐突に思いついた。
そうだよ、俺にも彼女ができれば。
また前みたいになれるんじゃないか?
4人で遊んだりとかできたら楽しいかも。
でも好きな娘がいない。
うーむ、先は遠いな。
授業中もぐちゃぐちゃ考えていたが、その授業の後突然その問題は解決されることになった。
「あのー。竹内彬さんいますか?」教室の外で声をかけているのは、髪の長い女の子。
「あ、俺?」と出て行くと「急にごめんなさい。私の友達が話があるの」と言って、場所と時間を指定してきた。
俺が行くとも行かないとも言う前に「絶対来てくださいね」と念を押して長い髪を翻して行ってしまった。
「おっ何だよ。呼び出し?女の子から?」今泉が廊下に出てきて、面白そうに言う。
「女の子からかは判らない。あの女の子の友達だって。男かも」
俺はわざとそっけなく言う。でも心臓はバクバクしてた。
これって…
指定された時間通りに場所へ行ってみると、先ほどの髪の長い女の子と、もう一人茶色っぽい髪の女の子がいた。
髪の長い子が俺に気づいてぺこりと会釈すると、茶髪の女の子の背中を軽く叩いて去っていった。
「あの…」俺が近づいていくと「来てくれてありがとうございます!」と頭を下げた。
「私、人文学部の1年で、穂坂美乃利っていいます」あたふたと言う。
顔が真っ赤になっていて、柔らかい茶色の髪がふわっとまとわりついているのが、可愛い。
「急にこんなこと言って、竹内さんが困るのは判ってるんですけど、中野さんと別れたって聞いてどうしてもお話ししたくて」
「中野?」 …え、未衣? 俺は驚いて訊き返した。
「未衣…いや中野とは別に最初から付き合ってないし。だから別れてもないけど」
「え?…そうなんですか?」大きな目を見張って俺の顔を見る。
わあ、髪だけじゃなくて瞳も茶色だ。カラコンじゃないよな。
「そうそう。あいつは友達」
「えーっ…」手で口を覆っている。そんなに驚くことか?
「それで…話って」バイトの時間も迫ってきてるので、思い切って訊いてみた。
「あっ!すみません!」また真っ赤になる。可愛いなあ。
「あの、私、入学式の時に竹内さんを見かけて、それからずっと好きで。
いきなりでビックリだと思うんですけど、付き合ってください」
キターーーーーー
俺は思わず叫びそうになって、はっとして踏みとどまった。
挙げてしまった右手を首の後ろに持っていき、何とかごまかす。
「うーん…でも俺、君のこと良く知らないしなあ…」とかクールを装ってみる。
穂坂さんは泣きそうになってしまった。
俺は慌てて「判った。じゃあ、とりあえず1ヶ月、つきあってみよう」と言った。
「君だって、俺のこと知らない部分もいっぱいあると思うし、つきあってみて判ることもあるでしょ」
穂坂さんはちょっと考えて、頷いた。
「じゃあ、とりあえず1ヶ月お願いします」と言って首を傾げてニッコリする。
女の子らしい仕草に俺は心臓が跳ね上がるのを感じた。
「ごめん、これから俺バイトだから。電話番号教えてくれる?」
急いで言うと「え…嬉しい」と言って急いでスマホを取り出し、電話番号を交換して互いにLINEを登録した。
「みのりん」というアカウントがLINEに追加された。
うおっ!彼女だよ俺の!
酒浸りの毎日ともおさらばだ~
未衣とも話せるようになるかな?