未衣14
彬に一喝されて豊島さんはがっくりと肩を落とし、やがてよろけるように立ち上がるとあたしたちの横をすり抜けて外へ出て行った。
痛ましいほどに痩せてしまって憔悴しきったような後ろ姿に、あたしは改めて申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
あたしが、もっと豊島さんのこと好きになれていれば良かったのに。
ごめんなさい本当に。
豊島さんをひどく傷つけてしまった。
こんな別れ方じゃなくて、もっと他にやり方はなかったか。
後悔に苛まれ、あたしは顔を覆って泣き出した。
彬はあたしの頭を優しく撫で、肩を抱いて励ますようにポンポンと叩いた。
そのまま、左腕をあたしの膝の裏にあてて抱き上げると、部屋の中へ抱えて歩いていきソファに降ろした。
あたしの横に座りぎゅっと肩を抱いてくれる。
小さなソファに挟まるようにふたりで座って、彬の胸に耳をつけて規則正しい心臓の音を聞いていると次第に気持ちが落ち着いてきた。
ティッシュを取って顔を拭き、身体を起こして彬の腕を払った。
「暑い。汗臭い」顔をしかめてみせると、彬は「なんっだよ!誰のせいだと思ってんだ!」とムッとしたように口をとがらせる。
あたしは笑って「あたしのせいだね、ごめん」と言って立ち、洗面所に行って冷たい水で顔を洗った。
顔が熱をもって腫れぼったい。
彬が来てくれて、本当に良かった。
タオルで顔を拭きながらあたしは大きくため息をついた。
あのまま豊島さんがいたら今頃、どうなっていたか…
考えるとぞっとする。
部屋に戻ると、彬があたしのスマホと、一緒に落ちたペンダントをテーブルの上に戻していた。
「電話がつながったままでいてくれたから良かった。
未衣にリコールしたつもりが、豊島さんの大声がいきなり聞こえてきてビビったよ」
とあたしを見て苦笑する。
「表示を見て、豊島さんが激昂して…あたしが電話を取るより早く叩き落したの。
そのとき偶然、スワイプしたようになったのね…」
「なんか、俺だと思ってドアを開けたようなことを豊島さんが責めてたけど?」
「…そうなの。突然、部屋の方のインタホンが鳴ったから、てっきり彬だと思って…。
豊島さんがどうやって入口の自動ドアを開けて入ってきたのかは判らないんだけど。
彬は裏口の方から非常階段上ってきて、いつも入口のセキュリティはスルーしてくるでしょう?
だから、ろくに誰何もせずに開けちゃったの」
うーん。それは問題だなあ…と呟いて、彬は腕を組んだ。
「判った。これからは俺も階下のセキュリティのところでインタホン鳴らすようにする。
誰か判るまでは絶対に開けちゃダメだぞ」
「…うん」
あたしは頷いて少し笑う。
彬は「なに?」と腕組みを解き、あたしを不審そうな目で見る。
「彬があたしにお説教めいたことを言うなんてね。
いつもと逆転しちゃったね」
あたしが言うと、彬も苦笑して「本当だな」と言った。
「まあ、今日くらいは俺の言うことを素直に聞けよ。
三田さんからバイク借りて、ぶっ飛ばして15分弱でここまで来たんだぞ。
友達甲斐があるだろ、俺って」
えっ!あたしはビックリして彬の顔を見つめた。
15分弱って…どれだけスピード出したのよ!
「はは、未衣の顔、腫れてパンダみたい」
彬があたしの顔を見て笑う。
あたしは慌ててうつむいた。だって、すごく泣いたから…
「ひどーい。面と向かってそういうこと言うかな」
あたしが持っていたタオルで目をこすりながら文句を言うと、彬が立ち上がって「タオル貸して」とあたしの手からタオルを取って洗面所に行く。
戻ってくるとあたしの隣に座り、濡らして絞ったタオルをあたしの目にあてた。
「こすっちゃうと余計に腫れるぞ。こうやって目にしばらくあてとけ。
パンダもそれなりに可愛いけど、いつもの方がやっぱり良いからな」
あたしは目を抑えられながら、えっ、と訊き返したけどスルーされてしまった。
可愛いって言った、今?




