彬 11
合宿が無事に終わって、俺はホッとしながら電車に乗っていた。
未衣とキスするとかいうハプニング(イヤ、俺がしたんだけど)があったけど。
顔がニヤけてしまいそうになり、俺は吊革につかまったまま慌ててうつむいた。
俺の贈ったペンダント、すぐに着けてくれて…似合ってた。可愛かった。
俺とお揃いなんて嫌だって突っ返されるかと思ってたんだけど…良かった~
スマホを取り出し、ストラップを眺める。ちと少女趣味かな。
そこで俺は覚悟を決めて、LINEを起動した。
―――ここから未読メッセージ―――
と書かれた下には、縦にずらーっとフキダシが並んでいる。
『話がしたい』
『会いたい』
『謝りたい』
といったものが主なメッセージだった。
その中にちらほら
『今、何してるの?』
『美乃利のこと嫌いになった?』
『忙しいの?』
『怒ってる?』
というものが混ざっている。
ああ…
悪いことしたな。
俺は率直にそう思った。
もっと罵倒されてると思った。
謝れ!って、最悪は訴えるとでも言われると覚悟してた。
全然違った。
美乃利ちゃん、ホント、素直で純粋でいい子だ。
俺には勿体ないくらいの、彼女だ。
だけど、だからこそ、俺は決断しなくちゃ。
電車を降りて改札へ向かう。
家に一旦、荷物を置いてバイトに行かないと。
家でゆっくりする時間はないな。
少し早めにバイト先に入るか。
改札を出たところに、…美乃利ちゃんがいた。
驚く俺に美乃利ちゃんは飛びついてきた。
「ごめんなさい!」
抱きついたまま大きな声で泣き出す。
可愛らしい女の子に抱きつかれ号泣される俺は、思い切り周囲の視線を集めてしまい(そりゃそうだよな…)焦って美乃利ちゃんの肩を叩き、身体から離した。
「美乃利ちゃん、ここじゃ何だから」と言って美乃利ちゃんを促して歩き出そうとした。
ドトールでいいか。
美乃利ちゃんは立ち止まって、ハンカチで顔を拭きながら「…彬くんの家がいい」と涙声で言う。
俺は振り返り「そんなに簡単に男の部屋に行っちゃダメでしょ」と苦笑した。
美乃利ちゃんはまたハンカチに顔を埋めて泣き出す。
…参ったなあ…
俺はボリボリ頭を掻いた。
「美乃利ちゃん、俺、ちゃんと君に謝らないといけないって思ってた。
本当に申し訳なかった。
ごめん」
荷物を降ろし、頭を深々と下げる。
「メッセージもありがとう。スマホの電源切っててごめんね。
俺、ほんと意気地なしだと思った。
情けないよ自分が。
美乃利ちゃんを守って幸せにできる男じゃない」
一気に言って頭を上げた。
言った。
もう、後戻りはできない。
いいんだこれで…
「嫌…彬くん!何でそんなこと言うの?」
美乃利ちゃんは顔を上げ、ハンカチを握りしめて叫んだ。
周りの人の興味津々な視線を浴び、俺は天を仰いだ。
「あー…美乃利ちゃん、ちょっと移動しよう」
美乃利ちゃんの背を押して、駅の改札へ歩き出す。
駅のホームの椅子に並んで座り、俺は大荷物を脚の前に置いた。
美乃利ちゃんは俺の方を向いて目に涙を溜めて話す。
「美乃利が拒否したから?
突然で驚いただけだったの。ごめんなさい。
彬くんがそんなことすると思ってなかったし…怖くて…
キスしてくれて好きだよって言ってくれてすごく嬉しかったのに。
だけど、美由紀やみんなから、男の人はそういうものだって聞いて、反省した」
「美乃利が悪かったと思ってるの。
だから…怒らないで。
美乃利は彬くんが好き」
俺を見つめる瞳から涙が零れ落ちる。
「全然怒ってないよ。悪いのは俺だし。そこは気にしないで欲しいな」俺も美乃利ちゃんの目を見て言った。
それからうつむいて話し出す。
「6月に美乃利ちゃんから俺に告ってくれたとき。
俺、そのころ友人関係でなんだかんだあったもんだから、すごく嬉しくて。
美乃利ちゃん可愛くて女の子らしくて、しかもこんな俺のこと好きとか言ってくれて、理想の彼女じゃないかって思った」
「今考えると、親友の未衣に彼氏ができて、俺、寂しかったんだと思う。
俺に彼女ができれば俺と彼女と未衣と彼氏の4人で遊んだりできるって、そんな考えだった。
実際はそんな簡単な事じゃなくて。あたりまえだけど。
誰かとつきあうって、一対一の真剣な関係なんだって気がついた」
「未衣さんが…好きなの?」
美乃利ちゃんは涙を堪えるように口を引き結んで俺の顔を見る。
俺は微笑んで、首を横に振った。
「俺と未衣は恋愛感情を超えてるっていうか…親友、戦友?そんな感じ。
悪友というのかな。
互いに結婚とかしても生涯つきあってく友達だと思ってる」
そうじゃなきゃいけない。俺は改めて思う。
「美乃利ちゃんは、真剣に俺と向き合ってくれてた。
だけど俺は…美乃利ちゃんにとって『良い彼氏』であろうとしただけだった」
うつむいて、組んだ両手を見つめた。
「美乃利ちゃんのこと好きになれると思っていた。
実際、好きだと思う。
でもそれはあくまでも相対的な感情であって、ただ一人の人、唯一無二の人であるかと言われると…」
美乃利ちゃんが泣き出す。
「ごめん…本当に酷いこと言ってるな。
自分でも美乃利ちゃんにこんなこと言うなんて、なんて恥知らずな勿体ないことしてるんだって思う。
こんなに素敵な女性が、俺を好きと言ってくれることなんてもう二度と無いだろうし」
電車がホームに入ってきて、俺は立ち上がった。
「送っていくよ。ずっと待っててくれたんでしょ?
ありがとう。話をさせてくれて」
「嫌!美乃利は納得してない!
一方的に話を聞かされて、そうですかわかりましたって言えるわけない!
彬くんが美乃利を納得させるだけの話をしてくれるまでは動かない!」
俺は天を仰いだ。
ここで話してても平行線なのは目に見えてる。
けど、美乃利ちゃんの言うことももっともだという気もする。
「じゃあ、また明日。時間と場所は連絡するから」俺は泣きじゃくる美乃利ちゃんを立ち上がらせて言った。
未衣と豊島さんはいつ会うんだろう。それ次第だけどな…
美乃利ちゃんは、泣きながら不承不承、頷いてくれた。
バイトが終わって家に帰る途中で、未衣にLINEした。
明日の午後に渋谷か表参道辺りで会う、と返ってきた。
うーん。
俺はちょっと考えて、美乃利ちゃんにLINEした。
『今日は会いに来てくれてありがとう。
明日は午前11時に渋谷マークシティのスタバで』
と送信すると『判りました』と返信があった。
明日か。
俺はもう、美乃利ちゃんにする話は決まっている。
けど、未衣はどうするのかな。




