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BUMPY ROAD  作者: 若隼 士紀
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未衣9

 その夜、彬にLINEした。

 今日のお昼にお店に行った時の豊島さんの非礼を詫びて、明日真美ちゃん先輩に豊島さんのことを相談する旨を書き送った。

 

 彬からはすぐに今日はバイト先に来てくれてありがとうというお礼と、豊島さんの態度についてはあんなもんでしょ、という達観したような返信がきた。

 それから、真美ちゃん先輩に相談するのは賛成、俺じゃあ確かに逆効果だわ、という苦笑しているのが見えるような文章のメッセージ。


 彬、以前と比べるとずいぶん優しくなった。

 優しくなったというのは語弊があるかな?マメになったというべきか。

 前は、言わなくても判るでしょ、みたいな粗雑な感じがあったけど、今はいちいちきちんと話してくれる。

 美乃利ちゃんの彼氏教育の賜物なんだろうな。

 あたしがいくら言っても聞きゃしなかったのに。好きな子相手だとこんなに変わるんだ。

 なんか面白くない。

 

 スマホを眺めてぼんやり考えていると、またメッセージが来た。 

 『豊島さんが未衣にべったりくっついて、頬や髪にキスしながら話しかけてるのを見てたら妬けちゃったよ。

 俺も美乃利ちゃんにトライしてみるww』


 一瞬、ドキッと心臓が跳ね上がった。

 でもよく文章を読むと、妬けたのはあたしにではなく、豊島さんとあたしの関係性というか付き合い方についてなんだと思って、急に気分が沈んだ。

 美乃利ちゃんにキスしてみるって…


 でもまあ、こんなLINEのやり取りができるのも、彬があたしを芯から友人として見ているからなんだろう。

 それで良い。と思うしかない。

 あたしはため息をつき、ガンバれ!というスタンプを送信してスマホの画面をOFFにした。


 

 翌々日、演劇部で借りた会議室には思ったよりたくさんの部員が集まった。

 あたしと豊島さんの渾身の力作スクリプトを読んで、演ってみたいと思ってくれたらしい。

 良かった。

 あたしは彬と顔を見合わせて、笑いながら頷きあった。


 一昨日に3人で決めたオーディションのガイドラインに沿って、配役を決めていく。

 真美ちゃん先輩は自分に合う役どころをよく理解していて、演技力も素晴らしいし、全員一致で決まった。

 うん。男装の麗人になりそう。楽しみ。


 珍しく顧問の先生もいらしてくださって、オーディションは盛り上がった。

 皆で先生からの差し入れのアイスクリームを食べながら、夏合宿についても話が及んだ。

 部長によれば、今年は参加者が多いらしい。

 まともなサークル活動ができそうだと喜んでいた。

 去年は参加者が少なくて、ほぼ遊んで終わったもんねえ…

 あれはあれで楽しかったけど。


 スタッフも決まり、夏合宿までは各々役割に応じて打合せや練習等をすることになって、解散した。

 これから皆でどこかへ行こうか、と言っているのを断って、真美ちゃん先輩と会議室を出る。

 振り返ると、彬が目顔で励ましてくれているのが判る。

 あたしは軽く頷いて真美ちゃん先輩の後を追った。


 カフェテリアに行って飲み物を買い、長テーブルに並んで座った。

 真美ちゃん先輩はまず、あたしをねぎらってくれる。

 「脚本ほんとオーディション、お疲れ様。大変だったでしょう、あれだけのもの書くの。

 すごいねってみんなで言ってたのよ。未衣ちゃんの頑張りにみんな呼応してあんなに集まったって理由もあると思うの。

 良い相乗効果が生まれてるっていうか。

 公演まで頑張ろうね」


 はい、とあたしは頷いて「脚本ほんは、豊島さんの力が本当に大きいんです。すごい馬力っていうか、あっという間にアイディアをいくつも出してきて、骨子が出来上がっていって。頭が良くて、書くのが好きなんだなって思いました」と言った。


 真美ちゃん先輩はふふ、と笑った。

 「まあ、書くのが好きとかもあるんでしょうけど。とにかく未衣ちゃんから頼まれてすごい張り切ったんだと思うわ。授業中も資料を読み込んで書いてたもの」

 えーっ!あたしは驚いて言葉もなかった。

 道理で…早いはずだよ。授業はちゃんと受けて欲しいなあ…


 「傍目から見ると、豊島くんって申し分ない彼氏よね。

 優しくてよく気が付くし、話題も豊富で女の子を褒めるしマメだし。おまけに背が高いイケメン。

 未衣ちゃんと付き合うようになって、以前より更に女の子に興味がなくなったように見えるけど、それも彼女からしてみればすごい安心よね」

 くすっと笑ってから、あたしを見て少し真面目な表情になった。


 「先日、豊島くんから電話があってね。初めてだと思う。

 私が夏合宿にいくかどうかを訊いてきたの。

 行くって言ったら、未衣ちゃんに近づく男がいないかよく見ててくれって」

 あたしは思わず息を飲んだ。

 そういうことか…真美ちゃん先輩と頻繁に連絡とってるのかと思ったけど…


 「ちょっと何言ってるの?って訊いたら、本当は夏合宿に豊島くんもついて行こうと思ったけど、未衣ちゃんにどうしてもダメって言われたからって。

 バイト先にも行って、未衣ちゃんにちょっかいだす男がいないか一日中見張ってるんだって?」

 眉をひそめて訊いてくる。

 

 あたしは頷いた。

 そして、付き合い始めてから今までのことを全部話した。

 合宿も前半も行くならついてくると言われて後半だけにしたことも話してしまった。


 真美ちゃん先輩は信じられない、というように目を閉じて首を横に振った。

 「異常よ…よく耐えてるわね。

 それだけ豊島くんのことが好きなんでしょうけど…

 ストーカーというより、ドメスティックバイオレンスに近いと思う。

 うん、よく話してくれたわね、辛かったでしょう」

 あたしの手を両手で包むように握ってくれる。

 温かくて柔らかい、先輩の手のぬくもりがとても嬉しい。


 「私が演劇部に豊島くんを連れていって、この縁が始まったんだから。

 私にも浅からぬ責任があると思う。

 豊島くんってモテるし女の子の気持ちが判ってるようで、何も理解してないんだわ。

 まあ、もともと人嫌いみたいなところがあるし、恋は盲目って言うけどねえ…」

 いやはや、というように肩をすくめた。


 「判った。豊島くんには私からよく話す。

 夏合宿にも参加できるように説得するから。

 滝沢と彬くんだけじゃ、私たち他の部員も不安だものね」

 と言って笑った。

 

 あたしは、苦しみを理解してもらったことに心が救われた。

 気持ちがとても軽くなった。

 でも…真美ちゃん先輩にどうしても言えなかったことがある。

 それはあたしが、真美ちゃん先輩が考えてるほど豊島さんを好きじゃないってこと…



 翌日の小百合さんのお店のバイトに、豊島さんは同行しなかった。

 真美ちゃん先輩、すぐに豊島さんに連絡を取ってくれたらしい。

 何を言ってくれたのか解らないけど、夏合宿も全日程OKになった。

 すごい。さすが真美ちゃん先輩。

 彬や他の人じゃこうはいかなかったろう。


 豊島さんからのLINEがいつもみたいな優しいメッセージじゃなく、ぽいっと投げるような文面だったのが意外な感じがした。

 解放感、というものなのかな。それほど抑圧されているとは思ってなかったんだけど…

 あたしは久しぶりに気兼ねしなくていい状況が嬉しくて仕方なかった。

 

 

 

 

 

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