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BUMPY ROAD  作者: 若隼 士紀
14/38

彬 7

 夏休みに入り、俺は美乃利ちゃんを、未衣のバイトしてるケーキ屋さんに誘った。

 未衣のバイトしてる姿を見てみたい。そういう気持ちがあったことは否めない。

 去年からずっとやってるバイトは小さな運送会社の事務だから、まさか事務所に行くわけにもいかないし。


 「『Prelude』?三茶にあるの?えー知らない!行ってみたい」甘いもの大好きな美乃利ちゃんは目を輝かせて言う。

 「サークルは何時に終わるの?」俺は訊いた。

 「終わるころに迎えに来るよ」


 「美乃利はもう、脱稿したから。あとはみんなのお手伝いだけだから、何時でもいいの」

 俺の腕につかまり、ぶら下がるようにして俺を見上げてくる。

 ふわふわの髪が色白で華奢な顔のラインを縁取っていて、美乃利ちゃん自身がお菓子のように可愛らしいと思う。

 「そうなんだ。じゃあ…2時頃で良いかな?」訊くと「うん!楽しみにしてる」と微笑んだ。


 俺も演劇部に顔を出し、最終稿をもらって目を通し、ラストが不条理で終わっていることに安堵した。

 未衣、頑張ったな。

 俺もこれから頑張ろう。演出補くらいできるように。


 約束通り2時頃にアニ研に行くと、美乃利ちゃんが美由紀さんと一緒にいた。

 「彬くん!」と美乃利ちゃんは嬉しそうに笑って俺に抱きついてくる。

 「美由紀も一緒に行っていい?雑誌で見たことがあって、行ってみたかったんだって」

 「もちろんいいよ」俺は言って、会釈する美由紀さんに手をあげた。


 3人で電車に乗り、三軒茶屋で降車して歩く。

 「あつーい!」俺の腕に腕を絡めて歩きながら、美乃利ちゃんがぼやいた。

 「彬さんにくっついてるからでしょう。彬さんだって暑いよそれ」

 美由紀さんが呆れたように言う。


 「えーっだって。この頃あんまり会えなかったんだもん。

 美乃利さびしかったのーっ」俺の腕にぎゅーっと身体を押しつける。

 胸が…腕に触るので…あまりぎゅってしないで欲しいな…暑いのはともかく。

 俺の困った表情を見て「ごめんね。美乃利が忙しかったんだもんね」と言って、腕を解き、手をつないで前後に大きく振った。


 お店に着いて「キャーお洒落~」と女の子二人ははしゃぎ、ドアを開けた。

 「いらっしゃいませ~」と明るい声がし、かがんでショーケースにケーキを並べていた女性がこちらに笑顔を向けた。

 

 「あっ…」ショーケースに近づこうとしていた美乃利ちゃんが固まる。

 「あら、いらっしゃい!来てくれたんだ?」未衣がにこっと微笑む。

 

 俺は未衣を見た時、一瞬、言葉を失くしてしまった。

 すごく、、、可愛かった。


 「中野さん…そういう、ことだったんだ」美乃利ちゃんが低い声で言う。

 「彬くんが美乃利も知らないケーキ屋さんを知ってるなんて変だと思ったのよ」

 踵を返そうとする。


 慌てて美由紀さんが制する。

 「まあ、良いじゃないの。私は来てみたいケーキ屋さんだったんだし。

 美味しいって評判なんだよ?せっかく来たんだから食べていこ?」


 未衣は戸惑ったように俺たちを見ている。

 その時、奥の扉が開いて、ケーキのたくさん載ったトレーを持った女性が現れた。

 「いらっしゃいませ!未衣ちゃん、これもお願いね。

 …ん?どうしたの?」

 異様な雰囲気に、訝し気な声を出す。


 「あの、大学の友達で…」と未衣が言いかけると「あらっ!そうなの?いらしてくださってありがとうございます。未衣ちゃんのお友達なら、ドリンクサービスしてあげてね?あの暇な奴にサーブさせていいからね!」と被せ気味に言って、トレーを未衣に渡すとまた奥の扉に入っていった。


 「何に、いたしましょうか?」未衣はなんとか笑顔を作って訊いてくる。

 美由紀さんが、美乃利ちゃんの肩を抱いて「ほら、美味しそう!今、持ってきたのはなんですか?」と訊きながらショーケースに近づく。


 「マルタンといいます、オレンジ風味のチョコレートケーキです」未衣はにこっと笑う。

 「わ、たくさんあるんですね!美乃利は?何にする?」美由紀さんが訊くと、美乃利ちゃんは次第にショーケースの中のケーキに目を奪われていく。


 「いらっしゃい。今日のおすすめは、シャルロット・フレーズですよ」とイートインの方から穏やかな若い男の声がして、振り向くと、豊島さんがにこやかに近づいてくるところだった。


 …本当に来てるんだ。

 俺は思わず未衣を見た。

 未衣は少し笑って首を傾げた。

 苦笑したように見えた。


 「シャルロット?」突然現れた、愛想のいいイケメンに、戸惑ったように美乃利ちゃんは呟く。

 「この、スポンジでイチゴのムースを囲んだケーキですよ。上にイチゴとクリームの飾ってある」

 「美味しそう…」美乃利ちゃんは笑顔になった。豊島さんを見て「これにします」という。

 未衣はホッとしたように、ショーケースを開けてお皿にケーキを取った。


 「はじめまして。僕は豊島といいます。

 この店は、僕の叔母がオーナーパティシエールなんです。

 中野さんは僕の彼女だから、夏休み中のバイトを紹介したっていう話です」

 豊島さんはにこやかに爽やかに自己紹介する。

 美乃利ちゃんと美由紀ちゃんが見惚みとれているのが判る。

 いいなあイケメンは。


 「中野さんの彼氏…?」美乃利ちゃんは未衣を見て、未衣は微笑んで頷く。

 俺の胸がちくっと痛んだ。

 

 「そちらの方は?」と未衣が訊いて、美由紀さんは「私、さっきのマルタンがいいわ」と言った。

 「かしこまりました」と1ピース皿にとる。

 

 「あ、俺は…フロマージュ」俺は言って、未衣は「はい」とにっこりした。

 「お飲み物はどうなさいますか?オーナーからのサービスでございます」

 「え、本当に良いの?なんか悪いな…」俺が言うと「良いですよ、叔母は未衣ちゃんのお友達大歓迎だから」と豊島さんが言う。


 アイスコーヒーを3つお願いして代金を支払い、俺たちはイートインの席に座った。

 「雑誌で見たよりお洒落!オーナーさんもすごく良い感じ」美由紀さんが、辺りを見回しながら言った。

 美乃利ちゃんは、未衣と何事か話している豊島さんを見ている。押し問答しているようだ。


 4つテーブルのあるイートインスペースには、俺たちの他に豊島さんが陣取っているらしい席、あと20代くらいの女性が一人で座っている。

 女性はとっくにケーキを食べ終わっているようだが、何か熱心にタブレットPCに向かっている。

 今、流行りのノマドワーカーってやつだろうか。

 電源あんのかここ?


 「お待たせいたしました」と言って、豊島さんがアイスコーヒーをサーブしてくれる。

 ガムシロップとミルクを置き「ごゆっくりどうぞ」と微笑む。

 美乃利ちゃんと美由紀ちゃんがはにかむ。


 そのとき「アイスコーヒーお代わりください」とノマドワーカーの女性が豊島さんに言った。

 豊島さんと入れ替わりにケーキを持って俺たちのテーブルに来た未衣が「あ、はい少々お待ちください」と言うと「違うの!私はあの人に言ってるの!」と豊島さんを見て声を荒らげる。


 「大変申し訳ありませんが、あの者はスタッフではございませんので…」と未衣が言いかけると「なんでよ!そっちのテーブルには運んでたじゃないの!」とすごい剣幕で怒鳴る。

 

 「申し訳ございません。致しかねます。アイスコーヒー少々お待ちくださいませ」と未衣は言って、俺たちのところへ来て「お待たせいたしました」と微笑んで、てきぱきとケーキの皿とカトラリーをサーブして「ごゆっくりどうぞ」と、たおやかに一礼して戻っていった。


 豊島さんは女性にはまったく意に介さないように席に戻ると、テーブルに置いてあった本をとりあげて読み始める。

 ちょっと…俺は思わず眉をひそめた。

 豊島さんにサーブして欲しかったんじゃないの?あの人。

 すごい形相で見てるよ、未衣に当たらなきゃいいけど…


 「いただきまーす!」美乃利ちゃんと美由紀さんが声を合わせる。

 「うっわ!おいしい~」また声がハモった。

 俺は思わず笑った。


 「お待たせいたしました。アイスコーヒーでございます」と未衣がアイスコーヒーを持ってきた。

 「要らないわ」と女性が冷たく言った。

 「えっ?」未衣が戸惑って言うと「気が変わったの!あの人が持ってきてくれないなら要らない。下げてちょうだい」手で追いやるようなジェスチャーをする。

 「…承知いたしました」未衣はそれだけ言うと、またコーヒーを持って戻っていった。


 ケーキのフォークを口に入れたまま、美乃利ちゃんと美由紀さんがビックリしたように女性を見ている。

 俺は慌てて「ほら、俺の分も食べなよ、二人で分けて」と声をかけて二人の気を逸らした。

 「えーっ!いいの?」二人は顔を見合わせて嬉しそうに笑っている。

 美由紀さんってもっとクールなタイプかと思ってた。

 女の子って本当にケーキ好きだな。


 テイクアウトのお客さんが、結構ひっきりなしに来ている。

 人気の店なんだ。忙しそうだなあ。

 未衣は笑顔を絶やさず、ひとりで手際よくお客さんをさばいている。

 未衣はやっぱりすごい。入ったばかりとは思えない。


 「お土産に買っていこうかな」食べ終わって席を立つと、美由紀さんが言った。

 「あ、美乃利もママに買っていこう。めっちゃ美味しかったぁ」

 美乃利ちゃんも言う。

 

 美乃利ちゃんと美由紀さんは悩みに悩んで、二つずつケーキを買って箱に入れてもらい「ありがとうございました~」という未衣の明るい元気な声に送られて外へ出ると、まだ日差しは強くて暑かった。


 美乃利ちゃんは俺の前に立ち「あの…彬くん、ごめんね。連れて来てくれてありがとう。また来ようね?」と言った。

 「え、良いの?」未衣がいるのに。

 

 俺が訊くと「うん。中野さんにはすごいラブラブな彼氏がいること判ったし」と言ってから少し言い淀み「イートインの怖いお客さんに対する、中野さんの毅然とした対応がカッコ良かった。てきぱきお客さんに応対する姿も素敵だと思ったの」と呟く。

 

 「そうだね。私も素敵だと思った。彼氏さんも超イケメンだし」美由紀さんがふふっと笑う。

 確かに。豊島さんって改めて見ると背が高いし、インテリジェンスな雰囲気の優しくて甘い顔だよな。超モテそう。

 でも、すっごいヤキモチ妬きの束縛男だぞー!

 と俺はでっかい声で言ってやりたかった。


 さっき俺が未衣の働いている姿にちょっと見惚れていたら、豊島さんがちらっと牽制するように俺を見た。

 ははあ、ああやって未衣に興味持ちそうな男を遠ざけてるわけね。

 確かにめちゃ可愛かったな、未衣。ユニフォームすごい似合ってた。


 ともかく、美乃利ちゃんの怒りは避けられたようだ。

 また、あのお店に行けるんだ。良かった。




 

 

 

 



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