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BUMPY ROAD  作者: 若隼 士紀
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未衣4

 バイト先の紹介とケーキ代のお礼、それからスクリプトの相談に乗ってもらうお願い代として、あたしは5時起きしてやたらたくさんお弁当を作ってしまった。

 

 彬にこれ見られたら絶対「やっぱオカンだな」って笑われるわ。

 お節介な人間だってことは自覚してるんだから、あまり言わないで欲しいな。

 彬から見たら女の子じゃなくてオバサンみたいなのかなって、傷つくのよこれでも。


 重ーい…

 大学に着くと、疲れ果ててしまった。

 1限目始まる前に、文芸部の冷蔵庫に入れといてくれるってことだったので、文芸部の部室まで運んで行って扉をノックする。


 「おはよう。…あれ?どうしたの」ドアを開けてくれた豊島さんがへたり込んでるあたしを見て、驚いて助け起こしてくれる。

 「お弁当…作りすぎちゃって…」と言って脇に置いた巨大なボックスを見て、豊島さんは目を見張る。

 「これ…何人分?」開いた口が塞がらない様子。

 「ええー二人分だよ」

 「嬉しいけど…これ二人では無理だろう…」

 

 うーん。そうかも。

 絶句してる豊島さんを見ながら、あたしも苦笑する。

 「食べきれるだけ食べて、あと残してくれればいいよ」

 「いや、それはあまりに勿体ない。見ていい?」

 ボックスを開けて「凄いなあ!」と嬉しそうに言う。


 3段重ねにできるランチボックスと、大きめのお弁当箱二つ、ホーロー製の保存容器が大小二つ。

 あとは紙皿とプラスチックのカトラリー。

 お弁当箱って萌えるのよ、あたし。要りもしないものをついたくさん買っちゃう。

 「これ、冷蔵庫に入る?」心配になって言うと「まあ、大丈夫じゃないかな?」と冷蔵庫を見て測るように言い、二人で詰めて『豊島』と大きく書いた紙を貼った。


 「昼にここに来た人先着2~3人にもふるまおう」と豊島さんは笑った。

 「朝から全部作ったの?大変だったでしょ」とねぎらってくれる。

 「豊島さんの好きなものとか判らなかったから、あれもこれもって作ってるうちに、こんなになっちゃった」照れて笑うと、急に豊島さんが腕を伸ばしてあたしはぎゅっと抱きしめられた。

 

 「ありがとう。すごく嬉しいよ」耳元で囁く。

 「未衣ちゃん大好きだよ…」頬にキスされ、あたしは驚いて身を引こうとする。

 だけど豊島さんは腕をの力をますます強めて一度ぎゅうっと抱きしめ、ぱっと離した。

 「ごめん。あんまり嬉しかったから我慢できなかった」少し笑い、うつむいて言う。


 そのまま豊島さんは鞄を取って肩にかけ、あたしの手を引いて部室を出て鍵をかけた。

 手をつないだまま部室棟を出て、講義棟へ向かう。

 講義棟の入り口に着くと手を離して「じゃあ、お昼にまたね」と笑った。

 「あ…うん…」あたしはなんだか、よく判らないまま手を振って別れた。

 

 何だったんだ、今の一連の豊島さんの行動は。

 よく判らない。

 だって、いきなり抱きしめられてキスされたら(頬とはいえ)、誰だって驚くでしょうよ?

 そんなに傷ついたような顔されたら、あたしが悪いみたいじゃない…


 「それは未衣が悪いよ」と千佳が決めつける。

 「ええ?なんでよ。反射っていうか、無意識だったんだもん」あたしはこそこそと反論する。

 授業中に千佳に相談すると、言下に言われてしまった。


 「友達じゃないでしょ。彼氏と彼女でしょ。

 抱きしめてキスしてけられたら、そりゃ傷つくわよ。

 清純ぶるのもいい加減にしなさいって話。そういうのカマトトっつうのよ」


 カマトトって…昭和か!

 あたしは再び反論しようとするが、千佳は前を向いて教授せんせいの話に集中している。

 

 無意識にため息が出た。

 そうか…つきあうってそういうことも含まれるんだ。

 当たり前か…この年齢だもんね。

 そういうことも考えてからつきあわなきゃいけなかったんだ。


 豊島さんに抱きしめられキスされたのが、嫌だったかと言えば…うーん、そうでもないかな。

 嬉しくもなかったけど。悪いけど。

 彼女ならこれが嬉しくならなきゃいけないわけか。

 できるかなあ…


 昼休み、ちょっと気まずいまま文芸部の部室に行くと、既に豊島さんがいて、あと女性がひとりお弁当を温めて待っていてくれていた。

 「豊島くんのカノジョすごいね~!料理上手なんだ!」と大袈裟に褒めてくれる。

 「いえ…、美味しいかどうかは…」と戸惑うあたしに豊島さんが「あと2人、誘ったから。先に芝生の中庭に行こう」と言ってよっこらしょとボックスを持ち上げた。


 「重いね。これよく持ってきたね」豊島さんが笑って、あたしの頭を撫でる。

 「豊島くんって彼女にすごい優しそう。あたしの彼なんてね、」と3年の吉田さんという女性が自分の彼氏の話をしだした。

 俺様っていうか、あまり彼女に気を遣わないみたい。

 「でも吉田さんの方が惚れてるんだから仕方ないでしょ」と豊島さんは言う。

 「そうなのよね。顔は良いのよ。豊島くんほどじゃないけど」吉田さんはため息をつく。


 芝生の中庭に行くと「お、来た来た」と男女が手招きして、とっておいてくれた場所に案内してくれた。

 「豊島くんの彼女の自慢話はしばしば聞かされてたんだけど、会うのは初めてね。

 こんにちは。私は坂本って言います。彼は山下」と隣の男性を紹介してくれた。

 「はじめまして…」あたしは会釈する。

 あたしの自慢話?…自慢するとこある?


 「この二人、つきあってんのよ」と吉田さんがニヤニヤして言う。

 「あれ、このランチ会、あたしだけボッチなわけね?

 やだあ!でも彼女のお弁当、マジ美味しそうだから我慢するー」と皆を笑わせる。

 吉田さん、明るい人なんだ。こういう人の彼氏って毎日楽しいだろうな。


 久しぶりの晴天で、気持ちの良い青空の下、車座になってお弁当を広げる。

 わあっと歓声が上がり、あたしは恐縮した。

 隣に座った豊島さんが自慢そうに、あたしの髪と頬を撫でる。

 

 皆で食べながら、あたしはふと奥のベンチに座ってお弁当を広げているカップルに気づいた。

 彬だ。と彼女だ。

 あの二人もお弁当か。良かったねえ、彬。

 きちんと二人分かな?そうだよね普通。

 あたしってホントあほだわ…


 あたしの視界を遮るように豊島さんが手を伸ばし「未衣ちゃん、これ何入ってるの?」と訊く。

 「えっ…ああ、ほうれん草とエリンギとベーコンと玉ねぎとパプリカ」と答えると坂本さんが「お弁当にキッシュなんてお洒落よね!私も真似しよう」と褒めてくれた。

 「えっサチにこんなの作れんの?」無邪気に山下さんが言って、頭をはたかれている。


 「文芸部の部室に電子レンジがあって良かった。冷蔵庫から出しただけじゃ、美味しくないから」あたしが言うと「ああ、ゲキブって電子レンジないね」と豊島さんが思い出したように言った。

 「そうなの。とにかく照明とか音響の機械にお金かかるから、備品にまで回す余裕がないの」と嘆くと「困ったときは文芸部においで。豊島くんも待ってるよ」と吉田さんが慰めてくれた。


 「あっそうだ。昨日、言おうと思ってたんだけど…」豊島さんを見ると、ん?と優しく微笑む。

 「秋の公演のスクリプトの相談に乗って欲しいなって思ってて。彬の奴が勝手に戦線離脱しちゃってホントむかつくったら!」話しながら無性に頭に来て、ばん!と膝を叩いてしまい、紙皿が飛びそうになる。


 「おっと!」豊島さんは咄嗟に紙皿を受け止め「いいよ、僕で良ければ」どうどう、とういうようにあたしの頭を撫でてお皿を渡してくれた。


 「優しい~豊島くん」坂本さんと吉田さんがハモる。

 「この二人、喧嘩とか絶対しなそうだよね」と坂本さんが言って山下さんをちらっと見る。

 「なんだよ、俺だって我慢してるよ色々」と山下さんが口を滑らせ、「なに?もう1回言ってごらん?」と坂本さんに怒られている。


 「僕の方が年上だしね。なにしろ未衣ちゃんが可愛くて仕方ない」と豊島さんがさらっと言って、あたしは赤くなる。ちょ、ちょっと…ストレートすぎやしませんか。

 キャーっと吉田さんと坂本さんが笑い、「お前さあ…変わったよね。もっとすごいクールな一匹狼って感じだったのに」と山下さんがしげしげと豊島さんを見ながら言った。

 

 「恋のなせる業ってやつでしょ。ね、豊島くん」からかうように吉田さんが言うと、「そうだね」とあたしを見て微笑んだ。

 「あーもうハイハイ。美味しいお弁当以上にごちそうさまって感じね」と吉田さんが言って、みんなで笑っている。

 

 あたしはなんだか、いたたまれない気持ちだった。

 そんなふうに言ってもらえる彼女じゃない…

 


 

 


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