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BUMPY ROAD  作者: 若隼 士紀
1/38

未衣1


朝8時。

あたしは彬の部屋のドアをガンガン殴り、脚で蹴っ飛ばしている。


「あきら~!!起きろこら~!」

「…んだぁぁ~ この山ザル女ぁ~」


と寝起きの彬がだらしないスウェット姿でドアを開ける。

あたしはドアを抑えている彬の腕をくぐり、さっさと部屋の中に入った。

 

「彬が来いって言ったんでしょ?何回電話したと思ってんのよ!」

「だからってさぁ…ご近所迷惑でしょー」


「その言葉、あんたの口からだけは聞きたくないわ!」

とあたしは、昨夜の酒盛りの痕跡が色濃く残る、ぶっ散らかった部屋を見まわして言った。

さて、どこから片付けよう。


「おっしゃる通りでありんす…」と彬は大あくびして洗面所に消えた。

あたしは大きなゴミ袋を探してきて、とりあえずゴミ捨てにかかる。


床に投げ捨ててあるスマホが、着信があったことを示す点滅を続けている。

「ちょっと彬!これサイレントなってんじゃん!どーりで出ないわけだわ」

「?そう?おっかしいなぁ。今日のレポート絶対だから起きなくちゃと思って

 アラームかけといたんだけどねー」


「アラームごと音消してどうすんのよ。ってか、レポート間に合うの?!」

とゴミを片っ端から袋に投げ入れながら言うと、彬はタオルで顔を拭きながら現れ

「いやぁ~だからそれは、未衣さまのお力で…」

とゴマすりの真似をする。


「リミット今日の二限だよ?!」とあたしが悲鳴みたいな声で訊くと

「あー、なんかお前は昼まででいいからとにかく出せって池田先生に言われた~」

とまだ寝ているような声で返す。


「今泉に代返頼もうと思ったら、あいつも昼まで組だった。

 どうしよう、未衣」

「知らないよ!恨むなら類友しかいない自分を恨んでよ!」


「そんなこと言わずに。レポート頑張るからさ。

 頼むよ、未衣大明神」と拝む。

 

まったく調子いいんだから…

あたしはため息ついて「高橋に頼んどく」と言った。


「あんたはとにかく、レポート書きなさい!このテーブルの上は片付けたから。

 ちゃんとテーブル拭いてからよ?!」あたしがガミガミ言うと

「判ったよ~オカン」と言ってシンクで布巾を洗い出す。


誰がオカンよ!花の19歳を捕まえて失礼なっ!

あたしはブリブリ怒りながら、とにかくゴミを集めて回り、汚れた食器をシンクに入れる。


彬は勝手にあたしのトートバッグを漁り、レポートを引っ張り出す。

おお、すげえと言いながらタブレット端末も出した。


「このタブレット、借りていいって話?」と嬉しそうに言う。

彬のPCは、借金のカタに先輩に奪われたまんまだ。

もうとっくに売りさばかれてるかもしれない。


「バイトしたお金貯めてやっと買ったんだから!大事に使ってよ!」

あたしは大車輪で食器を洗いながら言う。

食器なんて言っても男の一人暮らし、数はたかが知れてるのですぐに終わる。


シンクとレンジ周りの汚れが気になる…

でも今日はそこまでやってられない。


小さな冷蔵庫を開けて中を見る。

やっぱりロクなもん入ってないなあ。


仕方なく、小麦粉と砂糖と卵とちょっとヤバそうな牛乳で簡単にパンケーキを作り、ソーセージとなんとか使えそうだったキュウリを添えた。

色の変わったレタスとトマトは悪いけどバイバイ。


コーヒーを淹れて彬のところへ持っていくと

「ぅわお!さっすが未衣さん!素晴らしい~」と大袈裟なリアクションで食べ始める。


タブレットにスマホがつないであるところを見ると、彬もとりあえず少しは自分で

やってたんだな。

スマホでレポート…ってなんか哀れ。


あたしはコーヒーを飲み干し、立ち上がって掃除機を取り出した。

座ってると足元がザラザラして異様に気持ち悪い。


「ちょっと未衣さん…お気持ちは有り難いんですが…俺まだ食事してんです」

「よくこの気持ち悪い床に座ってのんびり食事なんかできるわ!はい、どいてどいて!」

「げーっ!横暴反対!」


彬は皿を持って立ち上がり、立ったまま食べ始めた。

行く先々で立ちはだかって邪魔する彬をどかしながら、あたしは綺麗に掃除機をかけた。


「ごちそうさまでした。美味しかったっす」と彬はシンクに食器を置いて小さなキッチンを眺め

「いつもながら鮮やかな手際だね~」と感心したように言った。


「お世辞はいいから!さっさとレポートやる!」

「イエッサ!」と彬は敬礼の真似をしてテーブルの前に座って書き始めた。


あたしは洗い物して片付けて、彬の向かい側に座る。

タブレットの液晶画面を覗き込むと「あ、未衣、もう学校行かなきゃ?」と訊いてくる。


「あたしは今日、二限からだから…。それ、コピーだからあげる」

と言うと「ありがてぇ…じゃあゆっくりやろ」とコーヒーを飲む。


「ちょっと!そういうつもりならあげない!」と取り上げようとすると

「おっと!渡すわけないでしょ」とぱっとレポートを持ちあげてニヤニヤした。


腹立つ~!


彬はコーヒーを飲み干し「未衣さ~ん、コーヒーもう一杯」と言い出した。

はあ?とあたしが呆れると「酒が抜けないんだよ~」情けない声を出す。


まったく…

あたしがもう一杯、自分の分も淹れて持っていくと、彬はポチポチと入力していた。

「うえ…細かい字がつらい…目が回る…」と呻く。


「自業自得って言葉しかないわ」とあたしが決めつけると

「おっしゃる通り…」と目をしばしばさせた。

爺さん臭い仕草に笑ってしまう。


「…あのさぁ、未衣」と彬が言い淀んで、コーヒーのマグカップを弄ぶ。

「何?」

「情報処理科の3年に告られたって?」

「!」


なんで知ってるのっ…?!

あたしが驚いて彬を見ると、彬はあたしから目を逸らし、頬をポリポリとかいた。


「いやまあ、俺にもそれなりに情報網っていうか?そんなのがあるってことで」

嘘つけ。あんたにそんなもの1mmでもあったらあたしはひれ伏してあげるわ!

どうせ千佳らへんが喋ったんでしょう。


あたしが疑いの眼で彬をじっと見ると、彬は慌てたように

「で?どうすんの?付き合うのか?」

と訊いてきた。


「うーん。まだ考えてる…そんなに良くは知らない人だし…

 真美ちゃん先輩の友達って感じなだけで。

 でも、優しくて良い人そうだなーとは思う」


眼鏡が似合う、なんか頭の良さそうな人。

皆で話してると、あたしの話をいつもうんうんって頷きながら聞いてくれる。


「ああ、真美ちゃん先輩の友達って、あの人か。

 イケメンじゃん?良かったなー、人生初の彼氏じゃね?おめでとー」

はははっと笑う。


なにその言い方。笑い方。

あたしはイラっとして思わず言い返した。

「別に人生初の彼氏じゃないけど。ありがとう、ぼっちの彬くん」


彬もムッとした顔で

「どういたしましてー。っていうか、彼氏持ちの未衣さん?

 一人暮らしの男の部屋にいたらまずいんじゃないの?」

と、殊更にふざけた調子で言う。


「ああ、そうね!お邪魔様でしたっ!」

あたしは後に引けない気持ちになってしまって、トートバッグとゴミ袋を持ち彬の

部屋から出てドアを思い切りバタン!と閉めた。


アパートの廊下をどすどす歩きながら、怒りを抑えられずゴミ袋を振り回した。

なによっ!彬の莫迦っ!

相談しようと思ってたのに!


あたしは怒っているのか悲しいのか、よく解らなくなって駅までの道をひたすらに歩いた。





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