禁断の扉5
呪具の制約
汝が血と他者が血の交わる事なかれ。汝が聖なる血は効力を無くす。必ず汝が為の呪具を用意するべし。
汝が第六感を以て、無痛点を探すべし。大概両手に多いが、人によって異なる。
新しい呪具に、汝が聖なる血を呑ませて詠唱するべし。
「永久に我が血族に従うべし。汝は我の従者たれ。応じよ」
レイラは三人の中心に小刀をおいた。その小刀は禍々しい形をしており、刃には不思議な文様が描かれている。
「コタロウ、頼む」
「上物の魚やで」
「……無理を言うな」
レイラはコタロウの首根っこをつかみ、小刀の上に置いた。コタロウは器用にその小刀の両端に足をおく。それは不格好な円に見えた。ジルフォートが目を細める。レイラはナジェルの手をその円の中に突っ込んだ。
「えっ。あっ。これ、何だよ」
ナジェルは叫び声をあげた。コタロウを境に、ナジェルの右手は消えている。
「落ち着け。それは次元溝だ。お前の手がなくなったわけではない」
レイラは淡々と言う。それでもナジェルの顔は引きつったままだった。
「ナジェル。その中で、一番に手が触れた物を出せ」
「ちょっと待てよ、魔術師。・何・も・な・いぞ」
「探せ。早くしてやれよ。それはコタロウの体力を奪う」
レイラはニコリと笑う。問答無用。その笑顔はそう表しているかのように思えた。ナジェルは引きつった顔のまま、さらに手を奥へ入れた。見えない指先に、全神経を集中させる。
どれくらいそうしていたか分からない。ナジェルの指に、何か堅い物が触れた。それをゆっくりと引っ張り出す。出てきたのは、掌サイズの小刀だった。それと同時に、コタロウが倒れる。レイラは優しく受け止めると、そっとクッションに乗せた。
「ナジェル。お前の無痛点は何処だ」
「……無痛点……?何だよ、それ」
「体にある、痛みを感じない所だ。そこを切って、呪具を完成させる」
「俺、痛いの嫌だぞ」
ナジェルは大真面目な顔で言う。
「だから、そこは痛みを感じない所だ」
「どんな所でも、痛いのは嫌だ」
レイラはため息をついて、ジルフォートを見た。
「こいつは、こんなヤツなのか」
「私も、今知った。なぜ私は、こんなヤツに勝てないのだろう。自分が情けなく思える」
ジルフォートは、本気で顔をしかめる。そして、大剣を抜いた。
「お前、男だろ。何なら、私が全身を切ってあげよう」
「いっ!」
目の据わっているジルフォート。ナジェルは逃げようとする。
「止めといた方がいい。すぐ迷うぞ。迷っても、探さないということは覚えておいた方がいい」
悪魔の微笑みだ。ナジェルに残された道は、ただ一つだった。
「……分かったよ……。どうすれば良いんだ」
ぶすっとナジェルはいう。
「必要なのは、第六感だ。雑念を捨てろ。全神経を全身に集中させる」
ナジェルは目を閉じた。五分……十分……。いつまで経ってもナジェルは目を開けない。
「おい。寝てるんじゃないだろうな」
あからさまに怒気を含んだ声で、レイラはいう。
「……うーん……。起きてはいるけど……。……分からないんだ……」
レイラはため息をついた。
「独眼の豪剣士ともあろう者が、情けない。やはり、私が、貴様の全身を切り刻んでやる」
「!おいっ。そんなことをやったら、何よりも先に死んじまうだろ」
ジルフォートのあまりの怖さに、ナジェルは逃げ腰になる。
「第六感がないのか」
「それは考えられないな。第六感は剣技にも必要だ。誰よりも強いこいつが、第六感がないとは思わない」
ジルフォートは、剣を構えたまま答える。レイラは少し思案した後言った。
「ナジェル。おとなしくしろ。本当は使いたくないんだが仕方ない」
レイラは両手で印を組んだ。
「我が眼前の者に、我を使わすべし。応じよ」
レイラとナジェルが倒れた。ジルフォートは目を見張る。これは干渉魔法の中でも最も難しいとされる『人体干渉』ではないか。すぐにナジェルは起きあがった。
「……レイラ……」
「……。本当分かりにくいな。……。ここか」
ナジェルの体に入り込んだレイラ。迷うことなく掌に小刀を立てる。そこからは一滴も血が出なかった。
「解縛」
レイラはそう言うと、ナジェルの体が傾く。ナジェルは地に着く前に手を付いた。
レイラは頭を押さえ、ふらりと立ち上がった。
「大丈夫か」
「あぁ。何とかな」
ナジェルは一人パニックに陥っている。過去によほど嫌な目に遭ったらしい。
「そこがお前の無痛点だ。そこからは、本当に必要な量の血しか出てこない」
どうしてだろう。どうして、小刀を抜かないのだろう。掌に刺さった小刀を抜こうともせず、ギャアギャア騒いでいる姿はバカとしか言いようがない。ジルフォートが鞘に入ったままの大剣を、力任せに振り下ろした。勢い良く、ナジェルの首すじにはいる。バタリとナジェルが倒れた。
「……どれくらいたったら起きるのか」
「……すまん……。考えてなかった」
二人の間に、寒風が吹いた。
暗くなる前に寮に帰らなければならない。ぐっすり寝ているコタロウはそっちのけで、どうにかしてナジェルを起こそうと頑張る。今日中に呪具の制約を終わらしたいのだ。相変わらず、ナジェルの掌には小刀が刺さったままだった。血も出ずに、掌に刺さった小刀は、異様だ。まるで、掌から生えたように見える。
しばらくたってボロボロになったナジェルが、泣く泣く呪具の契約と四大元素との契約をさせられたことは言うまでもない。




