終焉3
地図になき国
上界と下界の狭間に存在するなり。死せる神々の復活の地であり、この世の最高神であるアテナにより治められている。故に、国交はなし。
彼の地、神々のみ入口を知る。また、神々の詞により入口を開く。詞知り、力あれども、神の血引かずんば、扉開くこと叶わず。我々は決してその入り口を開くことはないなり。その地、踏むことはないなり。
彼の国、名をルベリアと言う。
三日間ナジェルは眠り続けた。ピクリとも動かず、ただ眠り続けたのだ。そして、目覚めると開口一番にこう言った。
「ふわーあ。腹減ったぁ。なんか食い物ねぇ?」
カチンときたジルフォートが、剣をもってナジェルを追いかけ回す。それを諫めるのがセルフォードだ。レイラは本に熱中していて気づいておらず、コタロウはどこかへ行っていた。
「まあまあ、ジル。落ち着きなって。この三日間、飲まず食わずだったんだから、仕方ないよ」
「エルフは二、三年飲まず食わずでも平気な種族だ」
「そうだけどさ。ナジェルはまだ年若いんだから、成人したエルフと一緒にしたらいけないよ」
それでも、納得いかない顔をするジルフォートにセルフォードは言った。
「ジル、縛られたい?」
売れそうな笑顔も一緒だ。この調子なら、笑顔で人体干渉を行い、動け無くされたままほって置かれそうだ。
「えっ、遠慮する……」
ジルフォートは冷や汗をかきながら、首を横に振った。触らぬ神子に何とやらだ。
セルフォードは雨の当たらない場所に陣取り、野草のシチューを作った。色は気味の悪い緑色だが、背に腹は代えられないナジェルは口へ運ぶ。
「っ!うまっ!」
意外と美味なようである。ナジェルは次々に食べ始める。それを見て、ジルフォートも手を進めた。
「マジで旨いよ。太子は何でもできるんだな」
手を休めることなく言ったナジェルに、セルフォードは照れたように笑う。
「そんなことないよ。僕は、ジルみたいに行動力はないし……」
「天は二物を与えずって言うし、それだけできれば十分だって」
セルフォードは真っ赤になって俯いた。セルフォードは日頃から、ひどく劣等感を抱いていていた。比べる相手がジルフォートだったからかもしれないが、どんな時でも自分に自信が持てなかった。つまり、誉められ慣れていないのだ。
「ほう、意外だな。そんな難しい言葉、よく知っていたな」
ジルフォートは本気で驚いていた。
「酷いぞ、魔女。俺はそんなに馬鹿じゃない」
「では、その意味は?」
ジルフォートは意地悪く笑って言った。ナジェルは口ごもりながらも必死で答える。
「えっと……。それは……。神様は、一人にいくつもの“特別”を与えないって……」
まるで幼子のようだ。セルフォードは声を立てて笑う。
「マナアリアに入れたってことは、それだけの能力があるってことだよ。ジルは試験を受けてないから知らないかもしれないけど、ナジェルは受けたんだからね」
「っても、俺も実技だけだけどね」
三人は笑うしかなかった。だから、顔を見合わせ、ひたすら笑った。
いつの間にかレイラとコタロウもやってきた。そうすれば、話は必然的に次なる目的地のこととなる。
「でもさぁ、その封印の泉ってどこにあるんだよ」
ナジェルが尋ねると、そろって嫌そうな顔をした。訳がわからなく、ナジェルは首を傾げる。
「……地図になき国の奥だ」
「…地図になき国……ルベリアか。じゃあ、魔術師の里帰りも兼ねて行くか」
ナジェルは良いことを思い付いたとばかり、笑顔を魅せる。だが、周りの反応は違った。
「嫌だ」
「嫌だな」
「嫌だよね」
「嫌やねん」
そろって否定の言葉を吐き出す。異口同音とは正にこのこと。ナジェルは笑い出した。
「なんで嫌なんだよ。ルベリアの奥にあるんだろ。ルベリアを通らずしてどうやって行くんだよ」
「…………」
そう言われてしまえば、何も言えない。重い沈黙の中、ナジェルの笑い声だけが響いた。
「……あっ…」
しばらくして、セルフォードが何かを思いだしたように声を漏らす。一同の目がセルフォードに向いた。
「レイラ、泉へ続く道の入口ってどこにあるか知ってる?」
「……そう言えば、知らないな。コタロウは?」
「……あかん。わいも知らへん」
「あはは。結局は、あのお方のとこに行かないといけないんだ」
セルフォードは顔を引きつらせ、乾いた笑い声を上げる。レイラとジルフォートの顔から血の気が失せ、コタロウはあることを心に決めた。
「嫌なことは早く終わらせてしまおう。……コタロウ、本当に良いんだな」
レイラは立ち上がりながら言う。コタロウは頷いた。
「みんな、今からここに火を掛ける。これで見納めだ」
レイラの言葉に一同立ち上がった。コタロウはナジェルの肩に飛び乗る。
「我が聖なる血に属する、サラマンダーの使者よ。過去の戒めを焼き払え。闇の呪縛を焼き払え。応じよ」
一番にイヨの神殿に火が付いた。ナジェルも、ジルフォートも、セルフォードも、各々違う方向に向かって同じように唱えた。
「さらば、邪馬台国」
誰かが呟く。
こうして古の都は、炎に包まれた。それは、あまりにも綺麗だった。だが、あまりにも悲しかった。四人と一匹は涙を流しながら、その地を後にする。残り火は降り続くこの雨が消してくれるだろう。




